006 もちろん、本体は愛妻の側に

 かなり、注目されながらシヴァとアカネが冒険者ギルドへ行くと、毎度のことながらギルド内は静まり返った。

 最初にシヴァで来た時は、こういったことはなかったが…アカネと一緒のこともあるのかもしれない。

 やはり、順番を譲られたので、すぐ順番になる。


「冒険者登録をお願いします」


 アカネがそう言うと、受付嬢は一瞬固まってから書類とペンをカウンターに出した。


「では、こちらにご記入下さい。全部書く必要はなく、公表していいものだけでいいですから」


「分かりました」


_______________________

名前:アカネ

年齢:23歳

出身地:

スキル:剣術

魔法:生活魔法

特技:料理

_______________________


「いや、料理は書かなくてもいいだろう」


「そうなの?パーティを組む時に料理出来る人を探してたら…」


「おれ以外とパーティは組まねぇから大丈夫」


「いやいや、ランクが違い過ぎるでしょ。そこそこはランクを上げたいし、それには護衛依頼も受けないとならないけど、ソロは厳しいし」


「その場合は信用出来るパーティを紹介するから大丈夫」


 シヴァは特技欄を錬金術で消した。インクは水が多いので水魔法でも出来たかもしれない。


「あれだけ可愛くて料理も出来るのに、何で冒険者…」


「っていうか、シヴァ様の恋人?」


「すごい仲良さそうだけど…何か意外…」


 こそこそとささやき声が聞こえる。

 朝のラッシュは避けて来たが、それなりに冒険者たちはいる。

 受付嬢は書類を受け取ると、慣れた仕草でギルドカードを作り、魔道具の上にそのカードを置き、アカネに魔力登録させた。


「はい、では、こちらがギルドカードになります。冒険者はFランクから始まり、依頼をこなすことでランクが上がります。詳しい話は必要でしょうか?」


 3×2cmのタグと言ってもいい小さいギルドカードだ。

 紐を通してペンダントにして着けているのが一般的だが、オシャレとは言い難い。ランクが上がっても素材が変わる程度である。SSランクでもルビーが埋め込まれてる程度だ。

 アカネはギルドカードに触れて、【チェンジ】でマジックバッグに収納する。マジックバッグに入れておけば落とす心配はない。


「はい。よろしくお願いします」


 受付嬢から丁寧に説明を受けられるのは初回だけなこともあり、アカネは楽しむつもりらしい。新しい発見があるかも、というのもあるか。

 言い慣れている受付嬢はすらすらと説明し、アカネは頷きながらちゃんと聞いていた。


 シヴァは暇なので、アカネが受けるのに手頃なFランク依頼はないかと掲示板を見に行く。既に目ぼしい依頼は剥がされてるが、今頃、掲示板を覗きに来る低ランクはほとんどいない。

 需要が高いダンジョンドロップの食材納品依頼がいくつかある。今日中に10階までは行けるだろうから、受けてもいいだろう。

 …お、来た来た。

 アリョーシャ冒険者ギルド、ギルドマスターリックのおなりだ。


「よぉ、シヴァ殿。久しぶりだな。今日はどうした?」


「妻の冒険者登録」


「……妻?」


「そう。家の事情で鍛えることが中々出来なかったんでな。アリョーシャなら初心者向けだろうと思って」


「……結婚したばかりか?」


「いや、六年前。何かおかしいのか?」


「…あーいや、まさか、結婚しているとは思ってなかったから驚いた。あの子か?」


「子供扱いするなって。二十三歳の立派な大人だぞ」


 色彩は薄いアカネだが、外国の人には他の日本人のように幼く見られるのは変わらない。この街でも背は低い方になってしまうこともあるのだろう。

 日本人としては童顔ではなく、どちらかと言えば「お姉さん系」なのだが、肌がすごく綺麗なこともあるかもしれない。


「それはすまん。しかし、中々意外なタイプだな」


 シヴァの妻だとどうしても派手なタイプを想像してしまうらしい。元の世界でも散々言われたのでスルー。

 説明を受け終わったアカネが受付嬢に会釈してから、こちらに来る。


「シヴァ、お知り合い?」


「ギルドマスターのリックだ。初めまして」


「初めまして。お話はかねがね。シヴァの妻のアカネと申します。しばらく、こちらでお世話になると思いますが、よろしくお願いします」


「これはご丁寧にどうも」


「そこまで丁寧な対応はいらんぞ。口調も」


「どうしても目上の人だとさ。元々誰にだってタメ口の誰かさんと違って」


「はいはい。…ああ、ついでに言っとくが、ダンジョンの側にドーム状の建物をおくが、それはでかいテントのようなものだから騒がんように」


 アカネ用の食器や生活雑貨も置いたので、アカネもドームハウスは見ており、はしゃいでいた。


「え、街中に泊まらないの?」


「大半は風呂ないし、いきなり泊まれる所にはシャワーもない所ばかりだぞ。食材が多く出るダンジョン側の街で、ここは領都で治安もそこそこいいから観光客も仕事で用事の客も多い」


「そうなんだ。じゃ、食事は街中ね」


「分かった」


「ああ、今、ダンジョン側に期間限定の店が出てるぞ。保存食だそうだが、その場でも食べられるようになってる、カップラーメンというものだ」


 リックがそう教えてくれるが、出してる店の店長当人に教えてくれなくてもいい。

 まぁ、『こおりやさん』店長であり、Cランク冒険者のアルとSSランク冒険者のシヴァと同一人物とは知らないからだが。


「知ってる」


「もう食べましたので」


 店では食べていないが、カップラーメン自体はアカネも食べていて褒められた。

 じゃ、依頼を見るから、とリックを仕事へ促し、シヴァはアカネと一緒に依頼を物色した。


「ダンジョンでの依頼ばかりじゃなくて、定番、薬草採取依頼も街の中での雑用依頼もあるんだね」


「薬草採取は受けたい?」


「やってみたいけど、後回しで。まずはレベルを上げて戦えるようにならないと。シヴァにずっとついててもらうワケにも行かないんだし」


「いや、いいぞ、それで。分身を出せるし」


 アカネについてるのはどちらだ、と分身と本気で戦いになりそうだが、主導権は当然ながら本体にある。

 アカネは苦笑した。


「…こら。ダメになりそうなんである程度突き放して下さい。そのために色々と保険かけてるんでしょ」


 それはそうだが、ダメになった方がシヴァにとっては喜ばしいかも、とも思うワケで。


「分かった」


 シヴァ頼りの現状が、依存心が少ないアカネには少々不本意だという気持ちも分かるので、仕方なく頷いた。


 強引に連れて来たのはシヴァで、それに関してはアカネも「連れて来ない方が怒る」とは言っていたが、出来れば色々と準備をしたかった、という気持ちも分かるのだ。

 自分がそうだったので。


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