第2話 出会い

高い針葉樹は背の高い番人のように、張りつめて体が固まった少女を見張っている。息が荒くなった少女は、白い霧が喘ぎ声とともに口から激しく出ている。目を大きく開き、呆然と立ち尽くしている少女は、木に凭れかかっている金髪の少年を見つめている。

黒服に包まれている少年は目を閉じたまま、石のようにじっとしている。体格から見ると、少女と同じ十代後半の年齢らしい。深くかぶったキャップの下に青ざめた頬と紫色の唇が窺われ、顔に点在する小傷以外に、右側の目の下に何らかの鋭利なものに掠られた深い傷が見えた。そこから流れた血は既に乾いたため、一縷の血痕が残っている。

しかし少女を慄かせたのは少年のやつれた顔ではない。

黒いキャップに縫いつけられた銀色の紋章。

歯を見せて皮肉な笑いを見せつけるスカル、スワスティカを爪で掴んでいる鷹。

日常に突如に現れた異変に、どうしていいか見当もつかない少女は、冷や汗をかいて突っ立っている。

その間に一つ気づいたことがあった。

それは薄い霧がおぼろげに少年の口のあたりに漂っていることだ。

身をかがめて近づくと、少年の体が微かに動いているのに気づいた。

そして、ズボンの右腿部分が破られ、血塗れの布で締められたのが見えた。

おそらくシャツの袖を引き裂いて、傷口を締め付けたのだろう。

布は既に真っ赤になってしまったということは、血がまだ完全に止まっていない

少年の肩を触って軽く揺らすと、少年は何の反応もなく、力が抜けたように横に倒れた。

既に大量に出血して気を失ったと、少女は思った。

肝心な問題は残っている。

これからどうする。

町に行って助けを求めるには時間的に間に合いそうにない。

戦争を遠ざけて暮らしている少女の中には、ある声が思考の波に乗って繰り返し響いていた。

ほっておくべきだ。

自分には関係ない。

ドイツ兵を助ける義理はどこにもない。

どうせはもう助からない。

自分には何もできない。

決意したように少女は立ち上がり、どっしりした足取りで少年兵から離れていく。

これは一番簡単だ。

見なかったふりをして、家に戻って寝れば、明日は忘れるだろう。

そうして自分を慰めながら、少女は足取りを早めた。

しかし離せば離すほど心には不安が膨らんできた。胸が押さえつけられている感じがした。振り返ると、横に倒れた少年は段々と雪に沈んで、呑まれていくように見える。


三十分後、元の登り道に戻った少女は汗をかき、右肩に巻いたロープを喘ぎながら必死に引っ張っている。少女が住んでいるところまでは先ほどの川辺からほとんど上り坂のため、大変さは更に数倍上がっている気がした。何百回も登っている坂とあって、汗一つかかずに登りきることができるはずの少女は、今日はやけに重い荷物を運んでいるゆえ、汗が雨のように顔から降り落ちていく。顔に紅潮が現れ、吐息がどんどん重くなっていく少女は、口から濃い霧を吐きながら振り向いた。橇に載せられた少年は落ちかけそうな、手足が橇から放り出される様子にため息をついた。少年は血がももの傷から流れ落ち、雪にぼつぼつと血痕を残している。日が暮れるのを見て、少女がそわそわし始めた。少年の青ざめた顔も少女を催促するようにすら見えてくる。

体力が限界に来ているように感じて、腕の筋肉が痛いほど疲れている。絶望感を覚えている少女は涙を湛え、仲間外れの子供のように俯いている。黒い乱流のような渦に付きまとわされる感覚をし、何もかも諦めたい気持ちになってしまう少女。

その瞬間に、彼女に囁くような声が脳裏に響いた。

この世の中に唯一無二の、世界が終わろうとも決して忘れられない声音。

遠い記憶が蘇ったかのように少女は目の周りが微かに動いた。

澄んだ空気の中に微弱だが、ジャズのような歌声が流れ始めた。

唇を僅か開いた少女が目を閉じて、目を瞑ったまま再び力を入れて歩き始めた。


暫くの間、少女の視野には暗闇しかなかったが、徐々に景色が見えてきた。

目に見えるのは、両側の建物に挟まれた長い階段。

頭を上げて、丘の上まで続く階段の果てに、二人の大人が手を振って呼び掛ける姿が見えた。階段を挟んだレンガ造りの民家は様々な色と形を持ち、風情ある眺めをなしている。各家の玄関口に飾られた鉢植えの花は少女を励ますように色あざやかに咲いてくれている。荒い息をして、少女が顔の汗を拭いて一歩一歩と上がっていく。どれほど昇ったか忘れそうになるとたん、二つ大きく温かい手が自分の手を握った。


手にかかった重量が減るのを感じて、少女が目を開けた。長い坂が終わり、平地に入った。足を急いで、森の先にある明かりを目指して歩き出した。


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それは湖に面した小さな二階建ての石造りの家だった。外壁は土色と濃い茶色の岩石が何層にも重ねられてできており、青いとんがり屋根に小さな煙突が飛び出して、穏やかな色合いに上品な雰囲気を見せているどっしりとした建物だった。

日はすでに暮れ始めている。凍った湖面には夕日が燃えているように姿を広げ、細長い湖は白に染まった森にぎっしりと囲まれている。対岸までの幅がせいぜい百メートルしかないこじんまりした湖に見えるが、横を見ると湖岸は果てが見えないほど延々と伸びていく。少女が位置する建物の前にある短い桟橋以外、目に見えるところには人工物が一つも見えない。まさしく人里離れた秘境。

少女は建物の湖に面した正面玄関の近くに橇を置き、少年兵の両肩を抱いて屋内に引きずった。少年兵を一旦扉の近くに寝かせ、そして慌ただしく一階の部屋から厚い布団と枕を取り出し、リビングルームに敷いて少年兵を上に乗せた。血痕が扉からずるずると伸びてきた。

木製の家具と壁に囲まれたリビングルームに夕日が差し込み、薄暗い空間に一縷の光が少年の体を照らしている。それだけでは明かりが足りないと、少女は灯油ランプに火をつけ、少年の傍に据えた。

「どうしよう。まず。。。救急箱だ。どこにあるのか」

緊張のあまりに声が震える少女は、医療用品の入った棚へ駆け込んでばりばりと漁った後、少年兵の元へと戻って傍に跪いていた。

昔は救護の基本を村長に教わって動物に実践した経験もあったが、生の人間に行うのは初めてなので、少女の手に震えが止まらないでいる。

腿の傷に巻かれた布を外し、変色した血が緩まった切れ目から湧いてくる。心臓がどきどきする少女は、アルコールを入れた瓶を取り出して、包帯を濡らし消毒しようと思った途端に、手の震えによってアルコールが切れ目に溢れてしまった。

「ああああ、しまった」と慌ただしく包帯で拭おうとしている瞬間、

少年はいつもの微弱な息が途切れ、かれた喘ぎ声を出した。

今までずっとじっとして、死体のように倒れていた少年は初めて大きな反応をした。目の前にいるのは、物体ではなく、大切な命だと痛感した少女は、深呼吸して息を整え、村長に教わったことを冷静に整理し、再び治療に当たった。


暖炉に燃え立つ火から温もりがじわじわと伝わり、少女は火かき棒で薪を突きながら、その温もりで心にある不安を鎮めようとしている。

同じ温もりを受けている少年は静かに暖炉の傍らで眠っている。

床には血に染めた包帯、開けっ放しの小瓶と針がバラバラに散らばっている。

下敷きとして二階の部屋から分厚い布団を持ってきて少年を乗せたのだ。

先ほど手当てをしていた一時間は少女にとって一日のように長く感じた。

手が震えながら、細心に裂傷の裂け目を一針一針縫い、薬を塗って包帯を巻いた。

心細い気持ちで手当てをしたから、終わった際の疲労感はただものではなかった。

薪の調整を終えて、少女が振り向いて少年を見やった。

頬に僅かな赤みが現れた少年を見て、少女は安堵の吐息を洩らしながら、近くにあるソファチェアに体を沈めた。頭がいっぱいで、様々な思いが浮かび上がったが、疲れ切った少女は睡魔に襲われて、考える間もなく深い眠りに陥った。


その後の三日間、少年は目を開けることはなかった。少年を動かさないまま暖炉のそばに寝かせていた。暖炉に薪を入れることを常に心掛けて、こまめに少年の額に触れて熱が出たかの確認もした。抗菌薬を注射したが、予断を許さないのは変わりがない。水分の摂取は唇を小さくあけて水を入れていた。

日に日に少年の顔色が良くなって、呼吸も大分落ち着いてきた。少年を何日間も見守っていた少女はようやく肩の力をぬいて、ほっと息をつくことができた。いつ起きるかわからないが、とりあえず危険な状況を脱しているようだ。

ソファの上にかけている少年のジャケットとキャップを見て、帽章のスケルトンは依然として皮肉な笑いで見返し、ジャケットの襟にある「黒地に銀の重ね稲妻」が無言に鳴っている。その二つのエンブレムはナチス親衛隊の象徴。ナチスの侵略を受けた国の人にとって死神の象徴と言っても過言ではない親衛隊は、ナチスに反抗意識を持つ人間を逮捕し、厳しい拷問にかけると言われている。運のいい人は協力者になれるが、ほとんどの人は今後一生青空を見上げることができないまま、薄暗い牢屋で朽ち果ててしまう。

なぜここに親衛隊の人間がいるのか。

ため息をついて、自分の選択を再び疑いはじめた。

少年の腰に巻かれたベルトを外した時、金属の重みを感じた。ベルトにかけたホルスターに拳銃がかかっていた。黒い銃身と模様付きの木製グリップ。コンパクトなサイズで少女でも片手で持ち上げられる重さ。

この銃で人を殺したかも。

と考えると手が震えはじめた。

嫌な思いを振り払おうと、リビングルームにある蓄音機を据えた棚の引き出しに収めた。少年の正体がわかるまで、そのまましまっておこうと思っている。

ちらっと壁にかけたカレンダーを見て、少年を取り入れてから既に三日が経過した。少年を橇に載せるために、缶詰などの食料品を入れた箱を道中に残したことを思い出した。時間を作って回収しに行かないと思った途端、ふっとすごく大事なことが頭をよぎった。

思わずあーと声を出して立ち上がった。


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翌日の昼近く、居ても立ってもいられないという焦燥感に駆られ、少女は何回も一階の部屋に入って、少年の寝姿を眺めた。二階の部屋も空いているが、少年を自室がある二階まで入れるのはさすがに気が引ける。

先日町に行っていた時、町長が今日の日付に訪ねるという約束をしてくれた。朝出発すれば、正午前に到着するはずだと思って、事前準備をしておいた。家を一回くまわく回って、血痕と泥をすっきり掃除したが、少女はそれでも悪戯で何かを壊した子供のようにリビングルームで右往左往している。一階の部屋に行って少年のぐっすりと寝ている姿を確認すると、何の声も出さないでお願いと、心の中で叫ぶ。

遂に扉のほうからどんどんどんの叩き声が聞こえてきた。

「はい、ちょっと待てください」

冷静を装い、ゆったりとした足取りを取って少女が扉へ向かう。

扉の向こうに立っているのは、厚いコートに包まれる町長、ローランド。

長い道のりを歩いて、町から訪れてきた町長は布の袋を担いで荒い鼻息をしている。

少女は作り笑いをして、「お疲れ様。早く入ってください」と言いながら町長を案内した。無理に笑おうとする少女はあまりの緊張で顔がひきつってしまった。

ローランドはコートと中折れ帽を脱いで綺麗に整えた灰色の顎ヒゲと短髪を見せた。目尻まで伸びてきたシワが年を物語って、素朴なシャツとベストを身にまとっても、高貴な印象を人に与える老紳士だ。少し不穏な足取りで緩やかにリビングルームへ移動しつつ、疲れを見せないために元気な声で挨拶した。

「レアちゃん。こんにちは、元気ですか」

「うん。。いつものように元気ですよ。ちょっと待ってお茶を入れるから」

とまた慌ただしく台所へ駆けつけて、お湯を沸かしはじめた。

外に身に沁みた寒気を払おうと、ローランドは暖炉に屈んで両手を炎に向けた。くたびれた姿はどうにも町を司る男に見えない。長年ドイツの支配下に置かれていたベルギーでは、徴兵、物資徴用とゲリラ対策などに追われている政府関係者の日々が想像以上に辛かった。

「歩いてきたのは大変でしょう。車を使ってもいいのに」

「大丈夫だ。朝の訓練だと思っている。年を取ったとは言え、鍛錬を疎かにするのは感心しないからだ。それに今年は雪が特に厚いので、こんな高いところじゃ車がなかなか通れないのだ」

二人はその後、キッチンのテーブルを挟んで座った。少女はティーポットを持ち上げ、二つのコップに紅茶を入れた後、一つを町長に差し出した。二人はしばらく沈黙のまま紅茶を啜っていた。

町長のローランドと初めて会ったのは三年前だった。町の中心にある立派な別荘で車から降りた少女を優しい笑顔で迎えた。その時、妻がまだ生きていたローランドは、年をとったとしても頑健な体を持ち、いつも明るく振る舞うような男だった。今の彼には僅かな生気の欠片が残っているが、体と精神の衰えを感じさせられた、やや老衰した男だ。少女は紅茶を啜りながら、しげしげと村長のほうへ目を向け顔色を伺った。

「今日はなんだか落ち着かないですね。レアちゃんは」

心配そうな顔をしている村長はふっと話を切り出した。

「いや。あの、ちょっと疲れただけです。朝から掃除をしていたので」

適当な理由をつけて誤魔化して、レアという少女は顔を引きつらせて愛想笑いを見せた。隣の部屋に眠っている少年のことで心乱れているのはもちろん、ローランドとの関係がややこしくなったのも一部の原因だ。

長く付き合って来たローランドとは、この一年間において心を開いて話すことがどうしてもうまくできなかった。最初はそうではなかった。町にいる僅かな知り合いの一人として、ローランドとは長い会話をし、親しくさせてもらっていた。よく近くの森に遠足に出て、森の中で生きるコツ、食べられるもの、危ないところなどを教えてもらった。うまく掴めなかったが釣りもしてみた。しかし、時が流れて、ほとんどの時間一人で山小屋にいる少女の心には変化があった。たまに言葉が途切れて、無言のまま向き合っていることもあった。

「そうですか。シャレーをいつも綺麗にしてくれているね。だが、壊れた、朽ちたところはさすがレアちゃんも直せないでしょう。うちのバカ息子に来てなんとかしてもらたいが」

ため息をついて、額に手を当てて俯いた。フランス語圏において、このような山小屋はシャレーと呼ばれ、都市生活の喧騒から逃れる憩いの場として人々に親しまれている。

「実家に戻ったのに、何もせずにただ家に引きこもって酒を飲むばかりだ。私のような年寄りにはいい迷惑な話だ。まったく」

「大丈夫ですよ。水漏れがそれほど厳しくないし、発電機の件も暫く灯油ランプで凌げるから。フランクさんにもいろんな事情があるはず」

言い直した風な返事にローランドは気にせず話を続けた。

「町周辺の道路はな。ドイツ軍とアメリカ軍の戦いでほぼ封鎖となっている状況なのに、あんな真似をするのは町長の息子としてはみっともないことだ」

少女が難しい顔をして目を伏せた。ローランドは自分が怖い顔をしていることに気づき、表情をふっと変えてレアに向き直った。

「ごめんね。つまらない話をばかりして」

村長が立ち上がって、外の様子を確認するかのように窓辺に行った。

外は雪景色が広がり、空からちらちらと雪が舞い降りた。村長が暫く空を観察してから、灰色の湖に視線を送った。そして背を向けたままこれから言いたいことを口にした。

「前も話したが、レアちゃん。本当にここを離れないのかい?もう身を隠す必要がなくなったと思う。私の力では、君を安全な町に送り届けるぐらいはできるのさ」

レアが何かを考えているように、お茶の入ったコップを見つめた。コップから湯気が立って空気の中に薄まっていく。

「ありがとう。。。しかし、お父さんが戦争が終わる時に迎えに来るって言っていた。私はここで待ちたい」

落ち着かない態度とは違い、レアの穏やかに放たれた言葉には揺るぎが感じられなかった。

「レアちゃん。。。」

振り向いて、何を言おうとする村長は、唇を僅かに動かして閉じた。ため息をついて、口ぶりを変えた。

「そうだな。必ず来るさ。ソロモンのやつは。そして、皆で私の家で宴をしよう。レアちゃん、もう少し耐えてな」

窓から離れて机に近づき、励むように村長がレアの肩を大きな手で触れた。


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その夜、また同じ夢を見た。

金色に染められた木々から紅葉が飄々と、ゆらゆらと舞い落ちて、褐色の髪に触れる。目の前に映されるのは、満面の笑みで母と手を繋いで、車の傍に待ち構えている父の姿。シャレーの扉から飛び出し、車に駆け付けるレアは、その手をもう一度触りたくて、涙がでるほど夢見た。

しかし、いくら駆けても、近づけようと、金色に満ちた森が無限に伸びていくかのように、父母の姿も遠ざかっていて、やがて模糊たる視野に消えていく。涙が止まらなかった。ひざまずいているレアは、涙がこぼれて地面に落ちた。地面を覆っている紅葉が萎び、灰色となって、世界が色褪せていく。


目を開けると、視界に入っているのは同じ暗闇に包まれる一人の部屋。目に滲んだ涙を拭い、レアはベッドから立ち上がり、窓を通して湖の向こう側の森を眺めた。月光が湖面を鏡のように照らしても、森は依然としてその明かりを拒否するように暗かった。レアは暗闇が不思議なものだとずっと思っている。一見、なにもないように見えるが、深く見つめると何かがうろついているように見え始める。そこに巣くう暗闇はいつものように深かった。

一年目の時はレアがその森を眺めると恐怖がのしかかり、ベッドに身を隠して涙を流すような様だったが、時間がたつにつれて、その暗闇とともに生きる術を身に付けていた。ベッドの縁に座るレアは、夢のことを回想した。三年間この森に暮らしているレアは父母が迎えに来る夢を何度も見てきた。だが、今日みたいに深刻で、リアルな体験はいままでなかった。レアにも良くわからないのだ。なぜ森に巣くう暗闇が再び襲い掛かったことを。


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それから何日も経った。具体的には少年と出会ってからもう一週間が過ぎていた。普段は毎日出かけるレアがこの間少年のお世話で忙しかったので、ほとんど外出することがなかった。少年は意識が依然としてはっきりしていない様子だが、たまに口から微弱な声が聞こえて、手足が僅かに動くこともあった。温めた牛乳とお粥をちょっぴり口に入れて、反射的に喉が動きそれを飲んだ。

少年が良くなるのは嬉しい気持ちがなくはない。それと同時に、起きた時のことに不安をも感じた。おとなしい子犬みたいに眠っている少年が、突然豹変する光景を想像すると、やけに冷や汗が出てきた。

レアが引き出しにしまい込んだ拳銃を取り出し、コートの内ポケットに収めて、肌身離さず持ち歩いているようになった。いざという時、威嚇ぐらいになると思っていた。撃ち方が分からないうえ、人に向けて撃つなんて想像すらしなかった。


今日の朝も同じく早起きした。体が怠く精神的にもまだ疲れているが、最近見続けてきた変な夢のせいでどうしてもうまく寝れなかった。朝のシャレーが冷たい空気に包まれている。弱い光が差し込んで、リビングルームが薄い青色に見えている。厚いコートを着ているレアは小走りで暖炉に近づき、途切れた火を再び起こしてみた途端。

どこかの扉がゆっくりと開けられて、金属が軋む音がした。方角から少年が寝ている部屋のことが分かる。レアの背筋が寒くなった。体と唇が緊張で震えている。

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