第3話 決意

269/12/11


 小柄な背丈にそぐわない大きなリュックを背負い、日本刀を肩にかけていた。シルシは戦車に乗り込み、緊張を殺す。そこにいままでのようなまったりとした空気はない。これから自分が基地のみんなに恩を返せるとはいえ、ここで死んで足を引っ張るわけにはいかない。私にできるであろうか。期待に応えられるだろうか。みんなの《標し》になれるだろうか。不安は尽きない。怖い。そう思いながらシルシは揺られていく。




 「そんな緊張するなよ~気楽にいこうぜ?」




 セルシワはいつもこういう時に声をかけてくれる。勇気づけてくれる。




 「ありがとうセルシワおじさん。ちょっと余裕なかったよ。」




 シルシはセルシワにとてもよく懐いた。基地にいればずっと一緒にいるぐらいだった。二か月の間に、基地のみんなとはとても強い絆で結ばれていたが、セルシワはほかの人よりも何倍にも強くなっていた。そんなセルシワに声をかけられたからこそ、シルシは冷静になれた。その日は途中で野宿し、翌朝に一気に攻め込むらしい。別班とは戦地で合流し、そのまま戦闘に入る。夕食を食べ、二人交代で夜の見張りを行う。夜には妖だけでなく、野生の獣なども活動している。とてもおいしいお肉になるのだが、人間には脅威なのだ。妖には獣を使役する輩がいるらしいが、人間には不可能である。シルシはゲルダという女性戦士とすることになった。お互い女の子同士だからとイアンが提案してくれたのだ。




 「ねぇシルシちゃん、ここの生活にはもう慣れた?みんないい人たちでしょ?」




 ゲルダも数年前にイアンに拾われた孤児だった。ゲルダとシルシは年もあまり離れていなかった。シルシは自分の年もわからなかったので16歳ということにしていた。




 「うん、みんなやさしい、ご飯もおいしいし!」




 ゲルダは安心したように良かった、とつぶやいた。しばらく女子会を楽しんで、特に何事もなく夜が明けていった。


 決戦の朝。シルシ達は別班と合流をしていた。シルシ達が40人の班なのに対し、魔法使いが30人ほど、前線で戦う兵士が120人ほどの大きな班だった。シルシは剣術のほうが長けていたので前線で戦う戦士扱いになった。進軍を続けていると、急に大きな隕石が頭上に現れた。それが開戦の合図となり、一気に騒々しくなった。妖のほうの数はシルシ達の10倍以上いるであろうか。全員が一目散に襲ってくる。そのうちの一匹がこちらを見て襲ってきた。怖くて体が動かない。手が震える。


 


 (来る...!避けれない......!!)




 シルシの目の前で閃光が巻き起こる。イアンが間一髪で防いでくれた。


 


 「ぼーっとしてんな!考えて行動している余裕はないんだよ!」




 シルシはハッとなった。そうだ、これは殺し合いなんだ。自分がやらないとやられるのはこっちだ。私がやらないと周りの人間が死んでしまうかもしれない。




 (でも、私が殺しなんてできないよ......相手が人でないにせよ、やることは人殺しと変わらないし......)


 


 そんなことを考えていると、真横で悲鳴が聞こえてきた。ゲルダが妖に襲われていた。周りにシルシ以外に人はいなかった。私がやるしかない。今やらないとゲルダは死んでしまう。考えている余裕はない。あいつをいまやる!シルシは勇気を振り絞り妖めがけて駆け出した。心臓が今まで聞いたことのない悲鳴を上げていた。刀の鞘を抜き、妖めがけて振りかざす。まるでスローモーションのような感覚に襲われ、ゆっくり刃が妖の首元を擦っていく。


 


 「お......おかあさ......」




 妖は最後の力を振り絞りそう言葉を発し、力なく倒れた。返り血が全身に付く。生温かい感触が触れる。殺した妖はシルシよりも幼い妖だった。シルシより幼い子もこうして戦いを仕掛け、戦いに敗れ、死んでいった。もし、私があの場で何も行動を起こさなかったらこの子は幸せな未来を過ごしていたのかもしれない。そう考えると少し複雑な気持ちになった。




 「ありがとうシルシちゃん。助かった...怖かった...」




 しかし結果的に、シルシは一人の命を救ったことになる。自分が妖を殺めてしまったことに病んでいたところに、イアンが走ってきた。




 「お前たち、大丈夫か?とりあえず戦車の中にはいって休んでいろ。それから...シルシ、よくやった、大変なこと背負わせてしまってすまない。」


 


 しばらく時間がたってから、イアンたちが戻ってきた。明らかに人数が減っている。朝まで一緒にいた仲間が今はいない。シルシはここに来る前からずっと疑問に思っていたことがあった。なぜ、被害が出るとわかっていながら戦争になんていくのだろうかと。根本から間違っていた。戦いが好きで戦地に向かう人がいるはずがないのだ。双方、お互いが自分たちの生活を守るために争っているのだ。戦いを拒否すれば一方的な蹂躙が起きるだけ、当たり前の話である。そんなことが一目でわかるほど全員が悲しみに染まっていた。


 そのまま基地に戻り、進軍はまた後日となった。基地につくと不安そうな子供たちの顔がはっきりと見えた。自分の親を見つけて安堵している子、いまだ見つけられず、おろおろしている子。そんな中、シルシの目には兵士にもうお父さんは帰ってこないと死を伝えられ大泣きしている子が見えた。シルシが初めてお風呂に入ったときにたくさん話をしてくれたノンノだった。ノンノは父親を心から尊敬していて、出発の朝にも帰ったら遊ぶ約束をしているのをシルシは見ていた。いままではっきりと映っていた視界が急にぼやけてきた。二度とこんな光景を見たくない、そうシルシは思い、強くなることを決心した。その日の夜、シルシはイアンのもとに訪れていた。


 


 「シルシ、無理をしなくてもいいんだぞ?お前には少し無理をさせすぎた。いくら模擬戦をしているからと言って、模擬と実践はまるで違う。無理をしてまで参加はしなくていい。」




 シルシは首を横に振った。それから決意を乗せ、イアンに自分に起きたことを話す。




 「イアンさん、私はできることならば妖を殺めたくないです。でも、今日まであんなに幸せそうな顔をしていたノンノが今まで見たことない顔で声で泣いてたんです。私は子供たちに二度とあんな顔をさせたくないんです。だからこれからも戦いには参加させていただきたいんです。」




 イアンは少し考えた後、参加することを認めてくれた。明日はまた出撃の日。新たな決意を胸に、シルシの意識は夢の中に落ちていく...


 


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