第2話 疑鬼
XXXX/12/XX
入り口は見渡す限りの雪に包まれていた。どうやらここは防空壕のような造りになっているようだった。息が白くなり、音が遠くまで延びずに吸収されていく。今から30年前、妖を絶滅させるために王国団が全兵力を用いて交戦状態に入った、《人妖事変》が起きた。その影響で、いくつもの国が滅び、難民や餓死者をたくさん出した。少女が目を覚ましたこの国も例外ではなく、戦地と化していた。四六時中戦車の爆撃音や銃声音が響き、もはや住める地とは言えなかった。そんな戦地を少女は進む。歩く度に足にずきずきと痛みが広がる。
しばらく進んでいると、遠くから何かがこちらに向かってくるのが見えた。
「おい、そこの小娘。大丈夫か?そこで何してる!?」
少女が出会ったのは二人組の人類種だった。話しかけてきたのがイアンという青年だった。背には身にそぐわない大きな槍を二本構えていた。もう一人はユセヴァというらしい。ユセヴァはとても大柄な体つきをしていた。大きなバッグを背負い、はち切れんばかりに拳銃やライフル銃、両端には大きなスナイパーを装備していた。二人とも頑丈な装備を身にまとい、禍々しいオーラを放っていた。
「とりあえず、俺たちの基地に案内するよ。休んでいくといい。」
イアンが快く招待してくれたので、少女はついていくことにした。イアンが案内してくれた基地は少女がいたところからあまり離れていない場所にあった。外からは何も見えず、何か呪文のような言葉をつぶやくと入り口が現れた。イアンが言うには簡易魔法の類らしい。基地につくと、イアンの仲間が快く歓迎してくれた。どうやら兵士だけでなく、女性や子供もいるようだった。
「狭いところでごめんね~今ご飯作ってるから先にお風呂入ってきて?」
初めてのお風呂だった。何をすればいいのかわからず立ち尽くしていると、ノンノという少女が一緒に入って教えてくれた。
「おねーちゃんはどこから来たの?」
ノンノがじっとこちらを見ながら聞いてくる。そういえば私はどこから来たのだろうか。今まで疑問にも思わなかったことだった。
「......わからない...きっとずっと遠いところから来たんだ」
お風呂をたっぷり堪能した後、少女は喉から手が出るほど欲していた食料を得ることができた。基地のお姉さんたちは、《おかゆ》というものを作ってくれた。口に入れた途端、稲妻が走る感覚を覚えた。食事とは、こんなにおいしいものだったのか。温かくて食べやすい。少女は我を忘れてがっついていると、イアンが訪ねてきた。
「勢いで連れてきちまったけどお前さん名前は?」
「.........」
名前......?少女には断片的にしか記憶がなかった。自分が何者なのかすらわからないのだ。イアンとの間に長い沈黙が続いた。すると、イアンが沈黙を破って申し訳なさそうに聞いてきた。
「お前、もしかして記憶がないのか?今がどんな状況なのかも知らないのか」
少女はこくりと頷く。イアンたちは顔を合わせ、事細かく説明してくれた。今は269年、妖を撲滅し、人類種のセカイを創るため、妖の王国を攻め込んだのが《人妖事変》だと。その争いが30年に続いている。今いるこの国も、一か月前から交戦状態に入ったらしい。敵味方両者ともに甚大な被害を出しながら、沢山の武器、魔法、それに、少数の人や妖が使える能力と呼ばれる力を使って戦っているらしいのだ。
「記憶もないならまずは名前が欲しいよな。俺が名付けてもいいか?」
少女に異論はない。是非にとお願いした。
「そうだなぁ...《シルシ》なんてどうだ?俺たちは生まれてからずっと妖と戦ってきた。お前には人類種の《標し》になってほしいんだ。俺たち人類が迷わないように、そんな願いを込めて...どうだ?」
少女、もといシルシは、心の底から感謝を述べた。それから、自分を助けてくれたこの基地に、全力で恩返しするため、イアンとともに人妖事変に参戦することを決めた。イアンたちは全力で止めてきたが、あきらめずに説得したら、しぶしぶ了承してくれた。兵士の中の一人で薬の製造をしているセルシワという大柄の男がシルシに話しかけてきた。
「戦争に行くんだ、お前にいいものをやろう。少数しか扱えない能力ってやつだ。能力にも何種類かあってな、先天的に持つ能力、それからあとからつけられるものがある。今からシルシに授けるのは後者のほうだな。あとから授けるものも相性があるからな。こればっかりは運だ。ガハハハ!!」
幸運を祈るよ。そういってセルシワは小さなカプセルを差し出し、飲むように言った。勇気を振り絞って飲んでみる。違和感はない。その場では何も変化は起こらなかった。その後、二か月は療養期間として基地でゆっくりと過ごした。違和感にはすぐに気づいた。記憶の消去が一切起こらなかった。一週間前の夕食はもちろん、寝た時間まですべて忘れずに思い出せた。ただ、もともとの記憶は戻らなかった。セル
シワには、外れくじ引いたな!と笑われてしまった。こればっかりは仕方ない。それにシルシにはもう一つ習得したものがある。療養期間中、基地一番の魔法使いにほぼすべての魔法を教わった。飲み込みは早いが、技の威力はひどかった。魔力操作の根本からできていないらしい。だが、外に出て戦う分には十分な強さには成長することができた。
毎日の日課として、朝に魔力操作の練習をしていると、イアンから呼び出された。
「魔力操作も慣れてきたし、そろそろシルシも俺たちと一緒に前線に行くぞ。これから俺たちは別班と合流し、奴らの根城を潰す。いそいで準備をしてこい」
「わかりました!!」
シルシは心の底から歓喜した。遂に...遂に...!!役に立つことができる!!恩を返す時が来た!!初の出陣に心躍らせながらシルシは荷造りを始めた。
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