世代交代


 親方は木工製品の職人であったが、生活を鮮やかに彩る芸術家であり、野心的な商人でもあった。彼は小さな木工家がどうやって生き残って行くかいつも考えていて、色々なアイデアを試していた。私たちは素晴らしい採寸技術を持っていた。ミリ単位も寸分違わない技術だ。だから住宅の改修に同行してそこらへん中を採寸し、ちょうどよい家具を提案することを始めた。


 私達2人は、粗末な事務所訪れてその作業をすることになった。事務所は2階にあったが階段は見当たらず、エレベーターで上がった。部屋に入ると、愛想良くはないが不快でもない事務的な対応をされた。時間まで待つことになったのだが、手持ち無沙汰なのでブラブラと部屋と廊下を彷徨っていた。


 あることに気が付いた。そこの社長は人を殺していた。見たわけでもないがそうわかったのだ。

 手洗いから戻って来た親方はすれ違いざまに囁く。

「おい、やっぱりここは変だぞ。エレベーターはどこを選んでも、行き先には止まれませんと案内が流れる。」

 私もふらつき何かを探していた。見知らぬ中年の男が向こうからよろめきながら近づいて来た。私は彼に声をかけ、事務所のさらに奥にぼんやりと見える、こちらを手招きする人の方を指し、そちらへ向かう様に言った。彼はきっと戻らない。ああ、彼はきっと何日も彷徨っていたのだろう。そして今の私の様に、自分よりも前に来た不幸な者を手招きする人のもとへ送っていたのだ。


 この役割はきっと順番なのだ。ここへ迷い混んだ人間は、あの手招きする先に待つ者の手先となる。次第に体力は尽き、意識は薄れ、自己を見失い言われるがまま動く人形となり、自分が送り込んだ先へと送られて行く。私にはそれがわかったが抗えなかった。いや抗わなかった。


 目の前の光景には霧がかかっている。生命の記憶は死の恐怖から逃れる術を知っているが、その必要はないのだ。見えなくとも、この想像力さえあれば怖くないのだ。

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繋がれた日々 たつろう @tatsuroooo3

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