第百七十話 尽きない悩み


「――――死ね」

「っ!? 高強化ハイブースト!」


 突然の奇襲だった。


 森の中心部から聞こえる爆発音のようなものに、そこかしこから立ち昇る多数の狼煙のろし

 何事かと混乱する俺たちに、何処からともなく現れた黒い装束の集団が襲いかかってきた。


「くっ……このっ!」

「アンヘル君! 大丈夫か! ぐうぅ、こちらにも!?」


 同じ班であるテオバルトくんが咄嗟とっさに駆けつけてこようとしてくれたけど、それも簡単に妨害される。

 学園の生徒とも明らかに違う彼らは、悪意を持って俺たちを傷つけようとしていた。


「ぐっ……オイ! メガネ! とっととテメェの魔法で防御陣を敷け!」

「わかってる! ミエリ君はこっちに!」

「は、はい」

「カルロ君はアンヘル君の援護を頼む! ボクたちを守れ――――石人形ストーンゴーレム!」


 あの日、上級生に絡まれていた女子生徒――――教室でも時々ポツリポツリと話しかけてくれるようになったミエリさんを守りながら、大盾とハルバードを構えたテオバルトくんが自身の先天属性の魔法を発動する。


 彼の真横に出現したのは二体の石人形たち。

 角張った石の両腕を組み、守りを固め、背後で杖を必死に握りしめるミエリさんの盾となる。


「ぐっ……」


 それにしても、この黒装束の人たち、動きに全然無駄がない。


 速さも勿論目で追うのがやっとだし、気配すら碌に察知できない一撃離脱の動きは、どうしても防御に手一杯になってしまう。


 いまはテオバルトくんたちが文字通り盾となって引き付けてくれているからなんとかなっているけど、このまま続けばこちらが不利になるのは確実だ。

 なんとか少しでも反撃してこの状況を切り抜けないと。


「――――」

「くっ……」


 急所のみを的確に突く迅速の動き。

 これに対応するには――――。


「――――知覚強化センスブースト


 感覚を強化し研ぎ澄ます。

 知覚出来る情報をさらに広げる。


 こっちか!


「――――ッ!?」


 死角から無言で襲いかかってくる刺客に向き直る。


 師匠から贈られた剣はヴァニタスくんに砕かれた時からいまだ直せていない。

 いま手に握っているのは踏破授業のために急造で用意した武器。


 いままでの衝突から、この剣で打ち合えばどうしても競り負けてしまうのはわかっていた。


 なら!

 

「――――武装強化ウェポンブースト! でやぁ!!」

「ぐっ……そんなナマクラに魔力で強化したこちらの武器が弾かれる、だと!? チッ」


 投げナイフ!?

 黒装束の短剣を上手く弾き返したと思ったら、後ろに飛び退いてからの返礼。


 咄嗟に身をよじって回避行動を取ろうとするも、勢いに乗ったナイフはすでにギリギリまで迫っていた。


「させねぇよ! ――――盗賊鴎とうぞくかもめ、奪い取れ!」


 すんでのところでカルロくんの魔法が、くちばしでナイフを掠め盗ってくれる。


「ありがとう、カルロくん、助かった!」

「いちいち礼なんていらねぇよ! それより臆病女、いい加減オタオタしてねぇでぶっ放せ」

「う、うん」

「ミエリ君! 頼む!」

「は、はい! 行きます! ――――花風の砲門!」


 カルロくんの激励に意を決したミエリさんが、杖を前方に翳して『花風』魔法を放つ。

 桃色の花弁混じりの風の砲撃は、地面へとぶつかると辺りに強烈な風を拡散された。


 よし、直撃こそしていないけどこれで彼らの体勢は崩れた。


「たあっ!」


 テオバルトくんが守り、ミエリさんが面を攻撃し乱す。

 さらに、カルロくんがみんなのサポートに回ってくれるお陰で、突発的に始まった戦いは俺たちの優位に進みつつあった。


 そうして、襲ってきた黒装束の彼らを気絶させ戦闘不能にさせた時、何処からともなく姿を現したのは、背後に部下を引き連れた彼らのリーダーらしき男。


「クソッ、せっかく倒したってのにここでおかわりの登場かよ」

「……カルロ君、軽口は謹んでくれ」

「チッ、わーってるよ」


 同じ装束に身を包んでいるけど、雰囲気から察せられるものがある。


 ……この人、強い。


 多分限界超越強化リミットブレイクまでは必要ないだろうけど、勝つためには多少の負傷は織り込まないといけないかもしれない。


「……我らの同志を三人も倒すとはな。いくら子供とはいえルアンドール帝国の選ばれし者たち、侮れないか。……だが気絶ですませるとは、まだまだ殺し合いには慣れていないと見える」


 ……殺し合い。

 そう、これは殺し合いだった。


 明らかに彼らには悪意が……殺意があった。


「何で、何でこんなことをするんだ!?」


 突然襲いかかってきた相手の仲間に質問なんていまさらだけど、どうしても聞かずにはいられなかった。


 何故こんなことを?

 俺たちが襲われる理由なんてないはずだ!


「ゼンフッド帝立魔法学園の生徒。我らの敵め、やれ、殺せ」


 ……答えを期待していた訳ではない。

 しかし、案の定彼らは質問なんて意にも介さなかった。


 手に凶器を携え、一斉に襲いかかってくる彼らに、迎撃のため身構える。


 でも、その必要はなかった。


「――――すまないが生徒彼らを殺させる訳にはいかないな。これも頼まれた仕事なのでね」

「え……?」


 リーダーらしき男の背後。

 いつの間にか黒髪の女性が立っていた。


 いや、それだけじゃない。

 他の黒装束の人たちの背後にも、いつの間にか見知らぬ人たちが立っている。


 次の瞬間、意識を失ったかのように地面へと力なく倒れていく黒装束の彼ら。

 それはリーダーらしき男も例外ではなかった。


 一瞬だった。

 知覚を強化しているはずなのに何をしたかほとんどわからなかった。


「貴族も平民ももはや関係なしか……子供相手にここまでするとはな。国家間を暗躍する秘密結社といえど己の目的のためならば矜持きょうじもない、か」


 ……殺したの?

 いやでも倒れた黒装束の人たちはまだ息をしているようだし、最後は小声だったけど魔法を発動していたようにも見えた。

 首筋に当てた指先から放たれた紫の閃光のようなもの……アレで気絶させたのか……?


 突然現れた女性。

 彼女は青紫の冷たい瞳で倒れた黒装束たちを見下ろしていた。


「あ、あなたは……?」

「ん? ああ、先程は中々いい動きだった。私は……いや名乗るほどの者ではない」


 怪しさでいえばこの人たちも黒装束の人たちと変わらなかった。

 実際テオバルトくんとカルロくんはいまだ警戒を解いていない。


 でも……俺にはなんとなく信用できるように思えた。

 だって俺たちを見る彼女の目は……ねぎらっているようで優しかったから。


「あの、助けてくれてありがとうございました。それで、この人たちは一体……」

「すまないが詮索は要らない。問答もな。時間がないんだ。他の生徒の元にもコイツらの仲間が向かっている」

「こ、こんな連中が他のみんなのところにも!?」


 さっきの狼煙のろしはそういうことだったの?


 でも、目の前の戦闘に夢中で気づかなかったけど、改めて集中すれば森のそこかしこから戦闘音のような激しい音が響いていた。

 本当にこんなことが森全体で……?


「ああ、だからお前たちには私の部下を何名か護衛につける。この森から早急に離脱しろ」

「……隊長、コイツらは?」

「そうだな。生徒たちの目がないところで…………始末しておけ」


 離脱……?

 でもこの森にはまだ他に学園の生徒たちがたくさん残っているはずじゃ……。

 

「あの! 他の生徒たちは……!」

「心配は無用だ。すでに手を回してある。時間の差はあれ、彼らの元にも助けは向かわせる」

「でも、まだ助けられていない生徒は……いるんですよね?」

「ああ、だが問題はない。我らはこのために準備してきた。……正確には準備させられてきた、か」

「でもこの広い森で救助するなら人手は少しでも必要ですよね。だったら……俺も連れて行ってくれませんか?」

「……生徒のお前を? 駄目だ。許可出来ない。我々はこれから教員たちの集う拠点へと向かう。敵の数や実力を考えれば恐らく向こうは激戦地となっているだろう。……そんなところに子供を連れていく訳にはいかない」


 考える余地すらない拒絶。

 でも、俺は……。


「アンヘル君、君は……」

「ごめん、テオバルトくん、先に避難してて。俺……行くよ」

「ッ! まったく君はいつもいつも! 危険なのはさっきの戦闘ですでにわかっているじゃないか!」

「ごめん、でも………みんなを助けに行きたいんだ」

「いや……だから……もう少しよく考えてだな。……君の実力が僕たちより飛び抜けているのはわかっているつもりだ。先程の戦闘でもボクたちはただ守りを固めていただけで実際にあの連中を倒したのは君だ」

「…………」

「確かに君ならボクたちという足手まといがいなければもっと実力を発揮出来るだろう。だが、言葉は悪いがこちらの方々だって僕らを助けてはくれたとはいえ、本当に信用出来るかはわからないんだぞ。それを……」

「…………ごめん」


 ただひたすら謝る。

 だって……もう決めたんだ。


 困っている人がいる。

 それもこんな悪意を持った人たちに苦しめられている人がいる。


 なら助けないと。


 幸いまだ魔力も体力も十分残っている。

 それに、まだ足りないことだらけの俺だけど戦闘でなら……役に立てるはず。

 それなら、こんな俺でも少しでも力になれるなら……行かなくちゃ。


 やがてテオバルトくんは呆れたように溜め息を吐くと、不承不承ふしょうぶしょうという態度のままこちらに向き直る。


「君は、だから謝罪して貰ってもだな。……はぁ、わかったよ。ミエリ君は僕とカルロ君に任せてくれ」

「なんでオレがお守りされなくちゃならねぇんだよ」


 引き留めようとしてくれるテオバルトくんには悪いけど……ごめん、ううん、ありがとう。


「……連れて行くとは言っていないぞ」

「ごめんなさい。迷惑かもしれませんが……勝手について行きます」

「だがな。子供の手を借りるほど我々は腐っていないつもりだ」

「……お願いします。力になりたいんです」

「とはいえ、いや、やはり駄目……ん? アンヘル……だと? もしやお前、ヴァニタス殿の……」


 ヴァニタスくん?

 なんでヴァニタスくんが?

 ……知り合い、なのかな。


「……わかっているのか。これは殺し合いなんだぞ」

「はい……でも俺は助けたい。助けられる場所にいるのに、助けを求めてる人がいるのに力を尽くさないなんてしたくないんです」

「戦いは感情だけでなんとかなるものではない。それに――――」

「隊長、そろそろ……」

「ッ、ああ、わかってる。くっ……時間がないか」

「…………」

「はぁ……その顔、言っても聞きそうにないな。それどころかここで止めても一人で勝手な行動を取りそうでもある。ああ、もうまったく! なんで私はこういう子供にいつもいつも困らせられるんだ! はぁ……ここでゴネられて変な行動をされるよりはマシ、か」

「…………」

「……いいな。実力不足なら途中で無理矢理にでも離脱させるからな」

「はい、お願いします!」

「……まったく……はぁ、強情な奴だ」

「隊長が甘いだけかと……」

「余計なことはいわなくていい! ……くっ、これでまたヴァニタス殿にからかわれる……」

「あの、それであなたのことはなんて呼べば……」

「そうだな。……名無しでいい」


 そうして、名無しさんとその部下の人たちと共に、森に散らばっていた生徒たちを助けつつ、先生たちのいる本拠点へと向かう。

 そこには……。


「!? レクトール! 良かった無事だったんだね」

「アンヘル! お前なんでここに!」

「なんでって……名無しさんに。あれ?」


 いつの間にか並走していたはずの名無しさんたちはいなくなっていた。

 違った。

 よく見れば黒装束の人たちを捕縛するべくすでに動き出していた。


「オレたちの班は本拠点に近かったからな。森の様子が変だったし、取り敢えず状況を知るために急いでここまで来たんだ。だけど、なんだアレ、フロロ先生の魔法……なのか?」


 目の前に広がっていたのはフロロ先生を中心としたおどろおどろしい沼。

 数多の魔物を飲み込み溶かす沼は、普段は生徒相手にもオドオドとしていたフロロ先生からは想像もつかないものだった。


「すげぇ、な」

「……うん」


 沼はフロロ先生を中心に動かない。

 それでも向かってくる魔物たちを際限さいげんなく飲み込んでいく。


 でも、フロロ先生も辛そうだ。

 段々と顔色が悪くなるフロロ先生からは、この状況がまだどちらに転ぶかわからなかった。


「くっ……こんな時に新手かよ」


 レクトールの視線の先。

 丘陵地帯の小高い丘の上に、黒い点のようなものが見えた。


 徐々に近づいてくるそれ。

 次第に人型のナニカだと気づく。


「――――は?」

「レクトール?」


 それは体中に文字の書かれた紙のようなものを貼り付けた魔物だった。

 見たことはないけどアンデッドと呼ばれる穢れた魔物の一種だろうそれ。


 レクトールはそれを視界に入れた途端、驚愕に目を見開いていた。


「は? 何で、何でここに……アレが……」

「レクトール? ……どうしたの?」

「馬鹿、な。こんなところにいるはずがない! いるはずがないんだ!」


 これほどまでに取り乱すレクトールははじめて見た。

 そこにいたのはいつもの気遣いのできる友だちの姿ではなかった。

 明らかにレクトールは我を失っていた。


「落ち着いて、レクトール!」

「なんで……なんでアイツらがここにいるんだよ! アイツらは……いや、ならあのは? いるのか、ここに……?」

「――――レクトール!」


 その後、取り乱していまにも飛び出して行きそうだったレクトールをなんとか押し留め、落ち着かせてから俺たちも加勢した。


 といってもできたことは少ない。

 新手のアンデッドは、ある人の助言で助けに来てくれたというリズ先輩の魔法であらかた一掃され、魔物たちもフロロ先生の魔法で半壊状態だった。

 黒装束の人たちは名無しさんの部下の人たちと騎士たちの力もあり、次々と捕えられた。


 踏破授業を狙った襲撃事件はこうして終わりを迎えた。


 危機は去り、でも、残念ながら騎士たちには死者が出てしまった。 

 後日、生徒に死者が出なかったのは不幸中の幸いだとリズ先輩は悲しそうに教えてくれた。


 ……俺も同じ気持ちだった。


 自分の無力さ加減が嫌になる。

 もっと力があればと願わずにはいられない。


 ……でもやはり気がかりなのはレクトールのこと。


 なんであの魔物を見てあんなに取り乱したんだ?

 俺に関わるなって何だったんだ?


 ……わからない。


 いや、知らないんだ。

 俺はレクトールのことを……何も知らない。






「――――ねぇ聞いてるの? ねぇアンヘルってば!」

「あ、はいすみません。師匠」


 気づけば師匠に心配そうに顔を覗き込まれていた。


「……ねぇ、何か悩みでもあるの?」

「いえ、何でも……何でもありません」

「そ、でもなんかあったらいってよ。いつでもいいからさ」

「……はい」

「でさぁ〜、ヴァニタスくんったらさぁ。ホンッと困っちゃうんだけど――――」

「…………はぁ……」


 レクトールのことは心配だけど、いまはどうしたらいいのかもわからない。


 いつも俺だけが助けられていた。


 レクトール、いま何処にいるんだ。

 あの時強引にでも話を聞き出していれば……。


 もどかしい想いだけがつのっていた。


「でもでも、ヴァニタスくんってばわたしの魅力にメ、メロメロなんだよね〜。だってさ。わたしはもう奴隷じゃないのに、朝起こしに来いだなんて。それにそれに、じゅ、順番だって……えへへ、困っちゃうよね〜」


 ……それにしても、この惚気話のろけばなし、一体何時間続くんだろう……。











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