第七十三話 宮廷魔法師第二席ハベルメシア・サリトリーブ


 宮廷魔法師とは何か。


 ルアンドール帝国においてそれは皇帝によって任命された飛び抜けた実力者たちの集団のことを指す。


 第一席、筆頭から第十二席まで。

 計十二席の中には空席も存在するが、彼ら、彼女らは魔法使いとしての実力が他を圧倒する者たちである。


 宮廷魔法師に選ばれる者は身分を問われない。

 出自や種族も不問であり、元Sランク冒険者から各国を旅する流浪の民、魔法研究だけに人生を注ぎ込んだ者など経歴も様々である。


 それ故彼らの大半は個人主義の自由人で構成されており、貴族と同等の特権も与えられていることから、要請がなければ皇帝以外の命令を聞くことは滅多にない。


 また、上位であるほど魔法使いとしての実力とこれまで帝国に貢献してきた実績は高く、帝国にとって重要な人物となっており、有する権力も相応に大きいものとなっている。

 下位六位は伯爵相当、上位六位に至っては侯爵以上、公爵未満の特権が与えられている。


 そう、上位六位圏内の宮廷魔法師たちはヴァニタスの生家、リンドブルム侯爵家と同等、もしくはそれを上回る権力を有している。

 





「アンヘル〜〜! 久し振り〜〜!! 元気だったぁ?」

「し、師匠!? どうしてここに?」


 僕も、イルザも、レクトールも、そして、呼び掛けられた当人であるはずのアンヘルも驚きに目を見開いていた。


 何だ……この女。

 主人公面に師匠と呼ばれた人物。


 白金に輝く透明感あるプラチナブロンドは腰まで伸び、瞳は薄紫色の宝石のような色合い。

 身に纏うのは金糸の刺繍ししゅうの施された艷やかな銀のローブ。


 見た目二十代前半と若く容姿自体は美しいのだが、主人公面に接する態度はかなり親しげなもので、ちょこまかと動く度にコロコロと表情が変化する。


 コイツが師匠?

 もしかして主人公面アンヘルの後ろ楯の人物か?

 ……思い出せない。

 こんなやつ物語ストーリーに出てきていたか?


 師匠とやらは医務室の入口で鉢合わせた僕とイルザ、ついでに主人公面の側で看病していただろうレクトールを無視して、感激した様子で寝台の上のアンヘルに抱きついていた。


「負けちゃったけどよく頑張ったね〜」

「し、師匠、どうしてここに?」

「え〜〜、弟子の晴れ舞台なんだもん。観戦しに来るのは当然でしょ〜?」

「で、でも」


 困惑するアンヘルを他所に師匠とやらは好き勝手動いていた。

 傷口の心配をしながら簡易な服を大胆にめくってみたり、医務室の壁に立てかけてあった砕けた剣を手に取っては、あははと笑ったり。

 ……せわしないやつだな。


「お前は……」

「むむ〜〜、君誰? ああ、わたしのアンヘルと決闘していた人形みたいな少年かぁ! さっきはスゴイ戦いだったね! ねぇねぇ、あの手を握って魔力を集めるやつって何なの? 何であれだけで大気中の魔力が集められるの? 魔力が尽きないのもおかしいよね! だって連発していたあの魔法たちはほとんど君の保有魔力を超えた魔法でしょ。ねえ、どうやってるの?」


 怒涛の質問攻めだった。

 ちょっと関心をこちらに向けたかと思えばこれか。


「…………」


 しかし、僕が不審な人物を前に口を閉ざしていると、ふと我に帰ったのか主人公面の師匠は恥ずかしそうに佇まいを直す。


「あはは、ごめんごめん。久し振りにアンヘルに会ってテンションが上がっちゃった。……自己紹介がまだだったね。わたしはハベルメシア・サリトリーブ。宮廷魔法師第二席。気軽にハーベちゃん! って呼んでくれてもいいよ。よろしくね」

「え? 宮廷、魔法師? 師匠が?」


 主人公面、何故お前が驚く。

 師匠というなら素性くらい把握しているだろ?

 ……把握してないな。

 顎が外れそうなほど驚いている。


 しかし……宮廷魔法師、しかも第二席だと?


「まさか……“無窮無限”のハベルメシア!?」

「え? わたしって有名? 照れるなぁ〜」


 隣のイルザが驚愕の声をあげる。


 ハベルメシア・サリトリーブ。

 単に思い出せていないだけかもしれないが、僕の物語ストーリーの記憶の中には彼女の情報はない。


 しかし、屋敷で読んだ書籍には彼女の詳細も乗っていた。

 確か、五つの先天属性を持つという宮廷魔法師の中でも唯一のハーフエルフだったはず。


 宮廷魔法師上位六位は侯爵家に準ずる、またはそれを上回る権力の持ち主。


 まさか主人公面の師匠がこんな大物とは……。


「それで? 君たちは?」

「……ヴァニタス、ヴァニタス・リンドブルム。リンドブルム侯爵家の嫡男」

「シドニア男爵家の一人娘。バニオス・シドニアの娘イルザです」

「……レクトール……平民、です」


 ハベルメシアはウンウンと頷きながら僕たちの名前を聞き入っていた。

 しかし、視線は僕へと固定されている。


「へ〜、侯爵家、ね」


 ポツリと漏らした言葉は不吉な響きを孕んでいた。


「ねぇねぇ、ヴァニタス君」

「……なんだ」

「決闘での結果はもう出ちゃったけど、あれさ――――無効にしてくれない?」

「あ?」


 嫌な予感は的中した。

 ここで結果を覆そうというのか。


「だから無しにして? お願い?」


 コイツっ……。

 口調はお願いだが実際は強制だ。

 まさかこんな強引に迫ってくるとは。


「……あの決闘は僕と主人公面の間の合意の元で行われたもの。しかも、魔法誓約書で互いに敗北した時の条件を取り決めている。それを後からしゃしゃり出てきて無効にしろと?」

「ん、主人公面? ああ、わたしのアンヘルのこと? そうそう無効にして。魔法誓約書は両者の合意があれば破棄できるし。それにさ。君侯爵家の人間ってだけで皇帝陛下から直接爵位を賜った訳じゃないでしょ? ならさ。私が上じゃない? ね、お願い、いいでしょ」


 コイツっ……。

 僕がハベルメシアとかいう女に苛つきを覚えていると慌てた様子でアンヘルが口を挟んでくる。


「し、師匠! ちょっと待って下さい!」

「ん? どうして?」

「師匠が宮廷魔法師だったのは……驚きましたけど、それはまた後で聞きます。それより! 決闘の結果を覆すなんて……それは駄目です!」

「え〜〜、でもせっかく魔法学園に編入出来たのに負けたら退学だったんでしょ。しかもアンヘルが勝っても得るものはほとんどなかったって聞いたよ。そんな不公平な契約無くしちゃった方がいいじゃん」

「それでも、です。俺はヴァニタスくんに負けたんです。……何もかも。これ以上彼に、彼らに迷惑を掛けたくありません。俺は魔法学園を――――」

「だ〜め、それ以上は言わせないよ。これは師匠命令」


 それでも口を開こうとするアンヘルを強引に黙らせるとハベルメシアはこちらに向き直る。


「でもさ。わたしもヴァニタス君には悪いと思ってるんだよ。結果が出た後に横槍を入れてるのは確かだし」


 ハベルメシアの態度には確かに申し訳なさそうな雰囲気はある。

 だが、彼女の薄紫色の瞳は自分の希望が必ず叶うと疑っていなかった。


 リンドブルム侯爵家より力を持った相手。

 ……どうするべきか。


「だからさ。何かアンヘルの退学の代わりにして欲しいこととかない? わたしほら宮廷魔法師だし。大概のことは出来るよ。帝都の大図書館の秘密部屋に案内するとか、大闘技場に特等席を用意するとか。なんなら皇帝陛下に謁見するとかも出来ちゃうよ」

「皇帝陛下か……」

「そうそう、貴族なら皇帝陛下に謁見するなんて名誉なことだよね。もしかしたら陛下から何かお言葉をたまわれるかもしれないよ。何だったら陛下が君の願いを叶えてくれるかもしれない。うん、いいんじゃない? それがいいよ。じゃあ陛下への謁見でいいよね。わたしのアンヘルの退学の代わりに――――」

「皇帝陛下にはもう会った」

「――――え?」


 どうするべきか?

 決まってる。

 力が上の相手だから屈するのか?

 唯々諾々いいだくだくと相手の望むまま頷くのか?


 馬鹿な。

 そんなことあり得ない。


 それに、寧ろこれはチャンスだ。

 僕と主人公面の決闘は正当なもの。

 その結果を権力で覆すそうとするコイツに代償を払ってもらう好機チャンス


「ならお前が僕の奴隷になれ」

「え?」

「お前が主人公面の身代わりになればいい」

「いや〜、奴隷だなんて冗談はやめて欲しいな〜。だってわたしこう見えて宮廷魔法師だよ。しかも第二……席。え、それ本気で言ってる」

「本気だ」


 僕の望みを変えさせるんだろ?


 なら主人公面アンヘルの退学に見合う代償を払え。


 愛弟子のためだ。


 出来ないとは言わせないぞ。











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