第五十二話 最愛のものを奪われた日


 それはすべてを奪われた日。


 一人の少年が嘆き絶叫し世界を呪った日。


「ヴァニタス・リンドブルム! 俺と決闘しろ!」

「決闘……だと? お前如きド平民が?」


 帝都に存在する魔法学園の一室で二人の少年が言い争っていた。

 求めるは決闘。

 互いの同意の元に譲れないものを賭け争う神聖なる儀式。


「そうだ! クリスティナさんを奴隷から解放しろ!」

「ハッ、何馬鹿なことを言ってやがる。俺の奴隷だぞ? 俺だけの奴隷だ。解放なんてする訳ないだろ」

「だから決闘するんだ! 俺が勝ったら彼女を奴隷から解放して自由にしろ!」

「……お前が負けたらどうする気だ? まさか、こっちにだけ賭けさせて自分はリスクを負わないなんて、言わないよなぁ?」


 人形のような容姿の少年が顔を醜く歪ませて黒髪の少年に問う。


 彼は勝利を確信していた。

 絶対にこんな貧しい平民に負けることはないと。


 だからこそ問うた。

 お前は何を賭けるんだと。


 決闘を申し込んできたもう一人の少年、魔法学園に編入以来何かと楯突たてついてきた目障りな少年を破滅させるために。


「なら……俺は退学する」

「へぇ……」

「もし負けたら俺は魔法学園を去る! それでいいだろ? ヴァニタス・リンドブルム!」


 目論見もくろみ通りだった。

 少年は間髪入れずに了承する。


「いいぜ、やってやってもいい。だが……」


 人形のような少年は決闘に際し一つの条件を提示した。

 悪意に醜く口の端を吊り上げて。


「――――は? 俺に、彼女と戦えって言うのか。クリスティナさんと戦え、と……?」

「ああ、嫌ならいいんだぜ? だが決闘は代理を立てることが認められてる。俺の代わりにクリスティナに戦わせるだけだ。あ? やっぱり止めるのか? この腰抜けが!」

「ヴァニタスっ……お前、どこまで腐って……」

「おいおい、いくら魔法学園が貴族と平民の平等を謳っているからって暴言は困るなぁ。もっとお行儀よくしてくれないと」

「ヴァニタスっ……!」


 一方は余裕とあざけりの笑みを浮かべ、一方は不条理ふじょうりに怒りをにじませていた。


「クリスティナさん……俺は……」

「…………」

「あなたと戦います。あなたをヴァニタスの魔の手から救い出すために」

「でも……」

「これから俺はあなたを傷つける。でも、それはあなたをあの悪童ヴァニタスから、奴隷から解放し救い出すためなんです。どうか決闘力づく以外の手段を思いつかない俺を許して下さい」






 決闘の噂は瞬く間に学園中を駆け巡った。


 学園屈指の問題児と季節外れの時期に学園に通うことになった編入生の戦い。

 注目を集めるのは当然だった。


 舞台となる屋外訓練場には多数の生徒が詰め掛けていた。


「ヴァニタス・リンドブルムと編入生の決闘だってよ。なんでも編入生の方から決闘を申し込んだらしいぜ」

「決闘なんて生死を問わない戦いでしょ。滅多に行われるもんでもないし。学園内の序列を競う戦いとは違う。まったく……男子はよくこんなのに興奮出来るわよね」

「いやだってあのヴァニタスだぜ? 我が侭な貴族の中でもクズ中のクズ。……期待しちゃうだろ、編入生には」

「まあ、ね。遠目で見る分には貴族らしく容姿は整ってるんだけど……あの性格は最悪なのよね。平民の生徒への当たりも強いし、帝都では理不尽な横暴振りで有名だもん」

「どっちが勝つと思う? おれは編入生に賭けるぜ」

「なら……わたしも編入生に一票」

「オイ、賭けになんないじゃねぇか!」

「だって……勝って欲しいじゃん。あんな横暴な貴族になんて負けて欲しくない。それに、勝てばあの奴隷の女の人も解放されるんでしょ? わたしあの人が帝都の街中で暴力を振るわれてる姿見ちゃったんだよね。だから……勝って解放されて欲しいな」


 多数の観客の見守る中決闘は始まった。


 騎士然きしぜんとした流麗りゅうれいな剣技を扱うクリスティナ。

 荒削りながらもがむしゃらに真っ直ぐに戦う編入生。


 両者譲らずの決戦。


 戦いは熾烈しれつを極めていた。


「どうしたド平民! 防戦一方だなぁ! 亀のように守ることしか出来ねぇのか!」

「ヴァニタスっ!」

「…………余所見を、しないで下さい」

「くっ……クリスティナさん」

「ド平民! これはお前が申し込んできた決闘だろうがぁ! 逃げるな!」


 人形のような少年から心無い言葉が飛ぶ。


 黒髪の少年は苦戦していた。

 奴隷の少女クリスティナは彼よりも実力が上だった。


「くっ、強化ブースト! クリスティナさん。俺はあなたを――――」

「【命令だ。クリスティナ。そのド平民をぶちのめしてやれ】」

「ヴァニタス! オマエ、クリスティナさんに無理矢理っ!」

「ごめんなさい、私は……主様の『命令』に逆らえないんです。――――水麗鷲プルクラアクアイーグル


 魔力で作り出された水のわしが黒髪の少年を襲う。


 両翼を羽撃はばたかせた鷲は咄嗟に避けようとした彼の後を追いかけ飛翔する。


「ぐああっ!!」

「ハハハハハッ、ド平民! お前は地面に伏せてる姿が一番似合ってるぞ!」


 地に倒れ伏した黒髪の少年。

 だが彼は諦めてなどいなかった。

 傷つき這いつくばらせられたとしても、その瞳は熱を失っていなかった。


 立ち上がる。

 満身創痍まんしんそういの体を引き摺り剣の切っ先を杖にしながらも。


 そして叫んだ。


 多数の生徒で溢れ返った訓練所に、断固たる決意と不退転の覚悟が籠められた宣誓が響き渡る。


「俺は……勝つ! 勝ってあなたを救い出す! そのためなら何だってやってやる! ――――限界超越強化リミットブレイク!!」


 少年は手を伸ばす。

 奴隷へと囚われた少女クリスティナへ。

 たとえ彼女を傷つけ決闘ののちに嫌われることになったとしても、必ず救い出すのだと心に決めて。


「ヴァニタス! 俺の、勝ちだ!」


 その一途な願いは叶った。






 雨が降っていた。


 土砂降りの雨が少年の激しい悲しみを表すように。


「ウソ、だ……」


 最後に地に伏せていたのは人形のような少年ただ一人だった。

 訓練所には彼の側に控える二人の奴隷の少女以外はもう誰もいなかった。


 いつも『主様』と言ってついてきてくれた少女は勝者に連れられこの場を去っていた。

 残されたのは彼女の首から外され雨雫あめしずくに濡れる真紅の首輪だけ。


「ぐぅ……クソっ、クソ、クソ、クソ、クソっ! なんで負けた! なんで負ける! 平民だぞ! クリスティナだったんだぞ! なんで、なんで負けたんだ!!」


 すべてを吐き出す絶叫だった。

 少年は項垂うなだれ地面を拳で叩きつける。

 血が流れるのもいとわなかった。


 それほど我を忘れていた。


 失ってはいけないものだと悟っていたから。

 どうしても欠けてはいけないものを失い発狂していた。


「あああああああっ! あのド平民がぁ! なんで! なんでだよぉ!!」

「主……大丈夫?」

「うるさいっ! 俺に触れるな!」

「主……?」

「ヒルデガルドぉ……お前も俺を馬鹿にしてるんだろ! 俺が、俺があんな決闘を受けたから間抜けにもクリスティナを失ったんだと!」

「そんな、こと……」

「俺がっ、俺が馬鹿だったからアイツを失ったんだとさげすんでいるんだろ! なあ! ラパーナ! お前だって!」

「ヒィ!」


 心にヒビが入っていた。

 決して癒えることのないヒビ。


 弟を失った時と同等、いやもしかしたらそれ以上かも知れない衝撃。


 絶望の中で彼は叫ぶ。


「アンヘルーーーー!!! 絶対に! 絶対に! お前は許さない! 見ていろ! 俺から最愛のものクリスティナを奪ったお前を俺は絶対に許さない!!」






 これはあり得たかも知れない未来。

 しかし、ヴァニタス・リンドブルムの中身が変質したいまとなっては未確定となった未来。











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