第四十八話 二家の当主会談


 リンドブルム領ハーソムニア、エルンスト・ リンドブルムの屋敷。

 ここに侯爵家と伯爵家、爵位の異なる二家の当主が顔を合わせ話し合いの場を設けていた。


「で? 賊の根城死地に向かう息子を止められなかったと」

「ああ、『ヴァニタス自分が死んだとしても問題はない』と寧ろ『妹たちのどちらかを当主に据えるか、いずれ生まれるかもしれない末の弟妹ていまいを後継者にすればいい』とな」


 憂いの表情で自らの友リバロ・ランカフィールに息子ヴァニタスの突拍子もない言動を吐露するエルンスト。

 最近の彼には珍しく前までの気弱な一面の一端を、億面おくめんもなく晒す対面の相手リバロは、魔法学園在籍時からの古い知り合いであり、爵位を超えた関係性を結んだ得難い友であった。


 本来は爵位に裏打ちされた関係など、表向きはともかく裏では互いの家柄によって力関係が決まっているものだ。


 しかし、彼らは共に魔法学園では浮いた存在だった。


 エルンストは七家ある侯爵家で最も古く由緒正しい家柄でありながら、魔法にはいまいち才能のない気の弱い学生。

 魔法学園に通いながらも実技より学業を重んじる彼に近寄ろうとする者は少なく、また一部の成績の振るわない彼に取り入ろうとする者は多くはなかった。


 端的にいって学生時代のエルンストもまた舐められ落ちこぼれとして認識されていた。

 故に爵位はともかく利用価値は低いと評価され孤立していた。


 リバロは商人から成り上がった歴史の浅い家柄で、本人も一人娘のマユレリカほどではないが学生時代は奔放な部分が目立ち、周囲からは一歩避けられていた。

 

 そんな二人は不思議と馬が合った。

 気の弱いエルンストに一方的にリバロが話しかけ、時に共に鍛錬や勉学、遊行に励む関係。


 出会った当初こそリバロの強引な誘いを断れないだけだったエルンストだが、爵位も成績も気にしないリバロの態度に徐々に心を開いていった。


 だからこそ彼らは当主となった後も爵位に囚われずに友として過ごせる稀有な関係になったのだった。

 もっとも最近は学園の内外に悪い噂の広がる悪童ヴァニタスのこともあり、昔のように話しかけるリバロをエルンストが避けているような状態だったが。


 しかし、今回娘の身に起きた緊急事態にリンドブルム領を訪れたリバロは、爵位のうえでは格上となるエルンスト相手にも昔からの態度で気兼ねなく話を続けた。


「弟か、妹ね。まあ、お前の屋敷に滞在してない俺だってわかるからな」

「ん?」

「マユレリカが不思議がってたぞ。『わざわざわたくしだけでもと屋敷に泊めていただいたのは感謝の気持ちしかないのですけど……久し振りに会ったラヴィニア様が毎日のように疲れ切っていておかしいですわ! わたくしが話しかけても上の空なことが多くて、何故か首元をやたらと隠すんですのよ! ……もしやご病気ではないでしょうか? お父様からもラヴィニア様をお医者様に見ていただくようエルンスト様にお伝え下さいまし!』ってな。お前らもう少し自重しろ」

「自重か? 何故だ? 愛し合う二人、時には燃え上がることもあるだろう」

「いや、限度があるって話をしてんだよ! 母親のいないマユレリカはラヴィニアを母のように慕っていたんだぞ。だからヴァニタスに悪い噂があっても婚約破棄まではしなかった。たとえ俺とお前が勝手に決めた幼い頃からの婚約相手だとしても、母のように慕う人と離れるのが惜しくてなんとか従っていた。その慕う人物の様子が明らかにおかしいなら疑問に思うだろうよ! どうなってんの? ラヴィニアの奴俺に挨拶に来た時もお前しか見てなかったぞ? いつの間に新婚に戻ったんだこの野郎!」

「そうか? いつも通りだが……」

「このっ、とぼけた顔しやがって。大体なんだエルンスト、お前そんな欲望に忠実な奴だったか? 一体何がお前を変えたんだよ!」

「変えた……か。最近は会う人全員に同じことばかり言われるな。アシュバーン先生も私は昔と変わったと言われたが……そんなに違うか?」

「はぁ……自覚ないのか? まあ、理由なんて一つしか思い浮かばないけどな」


 この時リバロの脳裏に浮かんでいたのは一人の少年のこと。


 以前までは確実に悪童として名を馳せ、リンドブルム領内だけでなく魔法学園でも嫌われ、避けられていたはずの人物。

 彼の飲み込まれるような漆黒の瞳と目が合った時のこと。


「ヴァニタス……会ったのは一度か二度だが……あんなヤバいヤツだったか?」

「いや……ヴァニーとヴァニタスは違う。息子は……変わったんだ」

「そうか……おい、そんな顔すんな。深くは聞かねぇよ。……俺にもわかる。アイツは以前までの敵意剥き出しの乱暴者じゃねぇ。弟を亡くし何もかもに当たり散らしていた子供ガキじゃねぇ。もっと別の……なにかだ」

「そこは間違いないな。ヴァニタスは怪物だ」

「……父親に怪物呼ばわりされる息子なんて聞いたことねぇよ。でも……目が会った瞬間悟ったよ。あ、コイツは不用意に近づいたら飲み込まれる、ってな」


 ヴァニタスの第一声はなんの変哲もない挨拶だった。

 だが商人として幾人もの人を見てきたリバロにはわかった。


 これは下手に関わったら火傷では到底済まないと。


「しっかし、賊の討伐に侯爵家の貴族令息自らが赴くとはな。そりゃあ感謝してるぜ。生意気で気は強い娘だが、愛する家族を救ってくれたんだからな。だが、ともがらの騎士もつけず自らの奴隷とだけで、アシュバーン先生も協力してくれたらしいが、それでも味方側には死者も出さずに帰ってくるとは、な」

「『流血冥狼ブラッドシャード』。厄介な相手だった。推定BランクからAランク冒険者程度の実力をもつザギアスを筆頭に統率の取れた集団。マユレリカを人質に取られたこともそうだが、今回私たちは常に後手に回されていた。騎士団は大々的には動かせず、彼らの潜伏する根城の位置はわからない。探索しようにも時間は限られ、要求を飲んだとしても子供を盾にされる」

「貴族を襲撃する馬鹿は中々いねぇが、それでもその後の対応は向こうが上手だったな。以前から計画してたのか? 用意周到すぎる」

「その可能性もあるが、恐らくは偶然だろう。『流血冥狼ブラッドシャード』の生き残りをグスタフが手配して拷問したが、どうやらザギアスは貴族に強い恨みがあったらしい。それで以前からもし貴族を襲撃する機会があればと温めていた計画を今回実行に移したようだ」


 実際拷問で発覚した事実からはザギアスは今回の計画が成功するかは二の次だったという証言が取れていた。

 『流血冥狼ブラッドシャード』は貴族に強い恨みと執着のあるザギアスのカリスマ性で保たれていた集団。

 イサベルがマユレリカに語ったように貴族の都合に弄ばれた者たちも多数所属していた。


 貴族に痛手を負わせられればこの身はどうなっても構わない。

 彼らがそこまで覚悟していたかは不明だが、貴族を護衛する馬車の集団を見かけた時、ザギアスが後のことを考えず真っ先に襲いかかったのは言うまでもない。


 ちなみにだが、『流血冥狼ブラッドシャード』は小説の物語ストーリーには登場しない犯罪者たちだ。

 しかし、他領を追われリンドブルム領を流れ着いた彼らはまた別の事件を起こし、リンドブルム領騎士団団長のグスタフと相争い全滅することになる。

 その結果ザギアスは死亡。

 さらにグスタフも勝利こそすれ致命傷を負い亡くなることになる。


 物語ストーリーではヴァニタスの歯止めともなっていた彼がいなくなり、エルンストは息子の蛮行を相談する相手を失う。

 騎士団を統率していた実力者を失い領内は一時荒れ、ヴァニタスはさらに野放しになり、ますます調子づくことになる。


 つまり、今回のヴァニタスの無謀とも取れる行動は間接的にグスタフを救い、領地の荒廃をも救う結果になっていた。


 ……物語ストーリーの内容を詳しく知る者がいないため誰も知ることのない事実だが。


「その『流血冥狼ブラッドシャード』を壊滅に追い込んだお前の息子。……やはり怪物で間違いないな」

「だろ?」

「……なんでお前が自慢げなんだよ、まったく。さっきまで止められなかったってちょっと落ち込んでたんじゃねぇのかよ。……それにしても、偶然ってのは怖えぇな。一歩間違えればマユレリカは死んでいた。だが……護衛の騎士たちや使用人たちの大半が亡くなったのは残念だ。……むごいことしやがって」

「そのことだが……。本当にいいんだな。マユレリカが誘拐された事実を隠すことをしなくて」

「ああ……貴族の体裁は大事だ。マユレリカの今回の事件が知れ渡ればアイツは厳しい立場に置かれるだろう。だが……ランカフィール家は貴族でもあり、商人でもある。仲間の騎士や使用人たちに嘘をつき、死の理由を偽装し、無理矢理に誤魔化せば必ず信用を失う。それは誘拐された事実よりも重い。一族の恥だ」

「信用か……だがマユレリカは貴族としてだけでなく、一人の女性としても今後好奇な視線に晒され続けることになる。……いまなら私の力でなんとか出来る余地はある。いいのか?」

「ああ、マユレリカはそんなやわな娘じゃない。ま、俺も今回の事件が終わった後にアイツと直接会ってから思ったことだがな。……子供の成長は早い。見ていない内にあっという間に親の想像を飛び越えていきやがる」

「そうだな。……マユレリカの眼差しはリバロ、まるで君の奥方を見ているようだった」

「…………。それにな。別に貴族に執着する必要はねぇんだ。俺もあまり爵位がどうたらなんて言いたくねぇからな。最悪皇帝陛下に爵位を返上してただの商人に戻ってもいい。というかそうなれば賊に攫われた悲劇の令嬢も何かと都合がいいしな。賊に誘拐されたことで貴族社会を追放された悲劇のヒロイン。身一つで成り上がる彼女は隣に立つ貴方の助けを必要としている! ってな。マユレリカを柱として新たに商会を立ち上げるのも悪くない」

「フ、確かに君は貴族というより、根っからの商人だったな」

「だから隠さなくていい。ヴァニタスにもそう伝えてくれ。もっともあの怪物ならもうすでに察していそうで怖いけどな」

「わかっているのだろうな。だから私たちに何も言わない。隠せとも隠さなくてもいいとも。……マユレリカに興味が薄いだけかも知れないが。いや、そんなことはないか……ヴァニタスはマユレリカを真っ直ぐに見つめていた。あれは彼女を個人として認めている証拠だろう」


 重苦しい話にどちらともなく溜め息を吐く。

 タイミングを見計らってかメイド長のササラが二人に紅茶を注いだ。


「ん? おい、メイドとの距離感おかしいだろ! 近過ぎる!」

「そうか? これぐらい普通だ」


 すっと一歩下がりエルンストの側に控えるメイド長ササラ。

 しかし、彼女はリバロはともかくエルンストに紅茶を注ぐ時、確実に吐息のかかる位置にいた。


「お前マジなんなの? どうなったらあのラヴィニア一筋だったお前がこうなるんだよ。……これも怪物ヴァニタスの影響か? やっぱりアイツはヤベェ」


 昔のエルンストとのあまりの違いに戦慄せんりつするリバロ。


 この後ヴァニタスのとある発言に再び驚かされることを彼は知らない。











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