第四十四話 邂逅


「……クリスティナ、行くぞ」

「はい、主様」


 朝靄あさもやに紛れクリスティナを伴い暗い洞窟に入る。


 不意の遭遇でも対処出来るよう接近戦でも十分に戦えるクリスティナを前衛に据えた。


 洞窟の通路には明り取りのために等間隔に松明が配置されている。

 それでもまだ明瞭めいりょうに進路を見通せるというほどではないが、光魔法や魔導具マジックアイテムで光源を別に確保してもすぐに異変に気づかれるだけだ。

 暗闇に目を慣らしつつ先へと進む。


 うむ、取り敢えず即座に賊に遭遇することはなさそうだ。


「……ヒルデとシア殿の陽動が効いているようですね」

「入口前で派手に暴れ回れと指示しておいたからな。目立つことならヒルデガルドが適任だろう。サポート役にシアとその配下たちもつけたしな」

「ええ、ヒルデなら広く視界の効く屋外の方がいいでしょう。しかし……シア殿は良かったので?」


 監視部隊のシアを連れ出したことを懸念するクリスティナ。

 

「構わないだろう。彼女が魔法総省に報告しなければ監視を外し勝手に動いたことはバレやしない。そうでなくともシアは恐らく皇帝陛下の息がかかった人物。多少の無理は効く。……それよりここからはもっと声を潜めていくぞ。アシュバーン先生の偵察で構造は把握しているが、ここで賊に発見されると面倒だ」


 コクリと頷いたクリスティナと共に『流血冥狼ブラッドシャード』の根城のさらに奥を目指す。


 さて、アシュバーン先生はマユレリカを無事確保出来ただろうか。

 案内される場所によってはザギアスの暗殺も任せていたのだが……どうなったかな。






 暫く何事もなく進む。

 どうやら思いの外ヒルデガルドたちの陽動が上手くいっているようだ。

 ほとんどの賊が外に出たのか?

 一応陽動を行う彼女たちには弓隊紛いの連中には気をつけろと警告はしてある。

 まあ、シアもいるしな。

 甘い女だが流石に無法者の賊相手なら心配はいらない。


 さて、僕らの目指す先はザギアスのところだ。

 この洞窟の一番奥、アシュバーン先生でもあまりに警戒が厳しく近づけなかったところ。


 しかし、途中で僕たちの歩みは止まる。


「……主様」

「ん……」


 クリスティナの忠告に壁際に張り付き先の様子を覗う。

 洞窟内でも一際広い空間が広がっている。


「おらっ!」

「大人しくしろっ! 小娘共!」


 この声は……。


「あれはラパーナに変身したアシュバーン殿。背後には使用人のような女性もいますし、ここまで追い込まれたのでしょうか。賊相手に戦っているようですね」

「奥には大槌を持った大男と……あれか、腰に一振りの片手剣を下げた赤毛の男。あれがザギアス」

「――――フンっ」


 今回の首謀者ともいうべき相手を確認していると、ドタンと洞窟内部に響く乾いた音。

 見ればアシュバーン先生がマユレリカの使用人と思わしき女性たちを庇いながら、襲いかかってくる複数の賊相手に大立ち回りをしている。


 アシュバーン先生はヒルデガルドの乱暴な格闘術とは異なる体術を扱う。

 それは変身を解かなくても扱える力のいらない技術。

 相手の力を受け流し、利用するやわらかい体術。


 いまのは向かってきた賊の一人を地面に引き倒したようだな。


「ラパーナ、後はわたくしに任せて下さいまし! 黒蝿ムスカ!」

「…………はぁ?」


 ブンブンと蝿の羽音がここまで聞こえるようだった。

 マユレリカの周囲に現れる蝿の大群。

 あれはまさか魔力で作り出した蝿?


 蝿は瞬く間に地面に倒れていた賊の一人に群がるとその口から体内に侵入する。


「えー、なんでマユレリカが『蝿』の先天属性を使えるんだよ……」

「ど、どうされました、主様?」


 どうしたも何もない。

 無数の蝿が賊の腹を突き破り止めを指すのを眺めながら、目の前の光景を信じられない思いでいた。


 なんでだ?

 なんでマユレリカが忌避していた『蝿』の先天属性を使えるんだよ!


 物語ストーリーでの彼女はヴァニタスを仮初の婚約者であり、ただの男避けだと公言する我が強く、勝ち気な女だった。

 しかし、その先天属性たる『蝿』には強烈な忌避感と劣等感コンプレックスを持っていて、覚醒イベントというべき主人公とのある出来事が起こるまで公にしてこなかったはずだ。


 それがなんだ。

 監禁し追い詰められた結果なのか?

 物語ストーリーでは起きなかった誘拐事件だからか?


 自分は勿論、主人公すら関わっていなくとも世界は動く。

 僕はいまそれを強く実感していた。


 そして考える。

 マユレリカの劇的な変化は僕というイレギュラーが原因の一つになって起こされた可能性はかなり高いだろう。

 つまりただヴァニタスの中身が少しばかり変わっただけで、これほど大きな混沌変化が起きた。


 クク……面白いじゃないか。


 これで魔法学園まで赴くことになったらどうなるんだ?

 主人公に、ヒロインたちに、物語の中核を担う人物たちに関わったらどうなる?


 原作である小説『・・・・・・』をすべて記憶していない僕でも非常に気になる。


 というかやはり原作知識などほとんど役に立たないと理解出来た。

 登場人物の性格とどんな進路を選ぶ傾向にあるか分かればそれでいい。

 極論何も覚えていなくともいい。


 僕は僕の自由気ままに自分の進む道を歩むべきだと改めて悟った。


 そのうえで同時に少しばかりマユレリカに興味が沸いたのは事実だ。

 ただの仮初の婚約者だった彼女が、一人の個人へと印象が変化する。


 なんだ、あの女意外と面白いところもあるじゃないか。


「ハァ、ハァ……ハァ……」

「オーイ、お嬢様、もう魔力切れかぁ? 先天属性が『蝿』だなんて驚いたが後が続かねぇなぁ」

「く……このぉ! お行きなさい! 私の黒蝿ムスカ!」

「無駄だよ。――――血霧刺雨ちぎりしぐれ


 マユレリカの操る魔力で出来た蝿たちが、霧雨のような細く鋭い血の雨に貫かれ落ちていく。


 うむ、まだ蝿を上手く操作出来ないマユレリカではザギアスには手も足も出ないか。


「そんな……」

「ハッ、所詮動かない奴にしかそんなのろい蝿当らねぇよ! 血塊剣!」

「あっ!?」


 ザギアスの目前で空中に展開される血を塗り固めた剣。

 あれをマユレリカに向かって撃ち出すつもりか。


「【命令だ。クリスティナ、血に濡れた剣を叩き落とせ】」

「はい、主様!」

「なに!?」


 僕の『命令』を一身に受けたクリスティナが神速の剣技で血の剣を叩き落とす。

 ついで呆けていたザギアスに追加の斬撃。


 ……クリスティナの剣をああも簡単に躱すとはな。


「戻れ、クリスティナ」

「はい!」

「何者だ、お前!」

「貴方は……ヴァニタス・リンドブルム? どうしてこんなところに!」

「リンドブルム……リンドブルムだと!? 小僧! お前貴族か!」


 驚愕に顎が外れたような表情でこちらを見上げるマユレリカ。

 貴族と聞いた途端、血相を変えて睨みつけてくるザギアス。


 ここに僕たちは邂逅かいこうを果たした。

 決着をつける時が近づいているのを感じていた。










今日は時間に余裕がないため更新はこれだけの予定です。

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