第四十三話 マユレリカの嚇怒


「ラパーナ、可愛い名前じゃないか。見たところ首輪はないようだけど、奴隷にでもされそうになったところを逃げてきたのかい」


 うっとりとした様子でイサベルが黒兎の獣人の女の子の頬を撫でる。

 ラパーナ……あんな小さい娘がなんでこんなところに。


「そうだねぇ……この黒く艷やかな毛並み。兎獣人は白いはずなに黒とはまた珍しいねぇ。アンタは高く売れそうだ。アハ、安心しな。アタシらがアンタに相応しいご主人様の元へ連れてってやるよ」


 わたくしたちだけでは飽き足らず、あんな小さい娘まで毒牙にかけようというの?


 思わずわたくしは叫んでいた。

 問いかけなければすまなかった。


「ま、待って下さいまし! 貴女たちはこんな小さい娘まで奴隷として売り払おうと言うのですか!?」

「そうだよ。アタシらは所詮賊の一人。お貴族様とは違うのさ。なんでも金に変えて、なんでも奪って生きていく。そうするしか生きていくすべをしらないんだから」

「だからって……こんな年端もいかない女の子を……」

「うるさいお嬢様だねぇ。ラパーナもそう思うだろ」

「…………」


 怯えるラパーナの瞳は……澄んでいた。

 こんな状況に動じていない?

 どんな経験をしたらあんな……何か辛いことでもあったの?


「…………そうだ。話があるといったね」

「…………」

「アンタの護衛の騎士たちだけど――――全員死んだよ」

「…………は?」


 全員……亡くなった?


「嘘……」


 口の端を釣り上げた彼女の発言が嘘なのか本当なのか判断がつかない。

 でも、あざけっていた。

 苦しむわたくしが心底嬉しいとたのしんでいた。


「ザギアス様と何か約束したみたいだけどねぇ。そんなのは所詮適当なその場しのぎさ。大体ザギアス様がお貴族様との約束なんか守る訳ないだろう」

「なんて……ことを……」

「それともう一つ……リリカだったっけ?」

「まさ、か」

「死んだよ。呆気なくね。『顔が痛い、痛い』って叫んでたけど、死ぬ時は早いね。ぽっくり逝っちまったよ」

「ああ! ああぁっ!!」

「どうだいお嬢様。自分の不運を嘆いてくれるかい? 貴族に生まれなければこんなことにならなくても済んだのにねぇ」

「あ、姐さん。勝手なことをしていいんですかい? お頭に怒られるんじゃ」

「いいんだよ。ちょっとくらい壊しておいた方がこの後の取り引きも上手くいくさ。そうだろ?」

「は、はぁ」


 リリカが死んだ?

 あのリリカが?

 いつもわたくしに屈託くったくなく笑いかけてくれたリリカが?


 親友で、家族で、掛け替えの無い存在だったリリカが?


「ああ! ああぁっ!」


 この時わたくしの何かが壊れたのかもしれない。


 誰のせい?


 こんな状況に陥ったのは誰のせい?


 誰が騎士たちを殺したの?

 誰が使用人たちを殺したの?


 わたくしの……せい?


 ――――違う。


 この理不尽はオマエたちのせいだ。


 わたくしにはずっと隠しておきたいことがあった。

 醜く恥になるからと秘していた事実があった。


 魔法学園では入学時に先天属性を調べる。

 わたくしは……調べて欲しくなかった。

 自らの秘密と直面することを避けた。


 ヴァニタス・リンドブルムが先天属性の測定を避けた時、わたくしは幸運だと思った。

 これでわたくしも測定しなくともいいと。


「――――黒蝿ムスカ


 耳障みみざわりな音がする。

 黒い羽虫がわたくしの周りを音を立てて飛翔する。


「な、なんだい!? それは!?」


 イサベルがわたくしにまとわりつく蝿の大群に狼狽ろうばいしている。

 でも、もう遅い。


 わたくしは度重なる死に直面して悟っていた。


 自分自身から避けていたのだと。

 自分の先天属性を無いものにしずっと秘してきた。


 先天属性『蝿』。

 醜くともわたくしに与えられた才能武器の一つを。

 

 そう、この蝿たちはわたくし自身。

 生き汚くとも、他者から蔑まれても構いはしない。


 魔力を振り絞る。

 ここですべてを出し切っても構わない覚悟で。

 でなければ……殺せない。


「お行きなさい」

「あ、あ、あ、ああっーーーー!!」

「あ、姐さん?」

「あ、やめ、あぐ……あ……苦、ひ……ぃ……」


 皮肉なものですわね。

 リリカが亡くなる前にわたくしがもっと早く行動に移せていれば。

 恐怖に支配されず、自分と向き合って歯向かう心を持てていれば。


 わたくしの蝿たちがイサベルの口から侵入し、彼女をお腹から食い破る。

 赤いドレスに彼女の血で華が咲いた。


「リリカ……ごめんなさい」

「あ、姐さん? クソ、姐さんの仇――――」

「行け」

「ああぁぁあああーーーー!」


 賊の汚い叫び声を聞きながらわたくしはいまはない友を嘆いていた。

 もう何度目かもわからない涙が乾いた頬をつたう。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 片膝をつく。


 長い監禁生活で体力が底をついていた。

 少し魔力を振り絞っただけなのに、こんなに……。


「あ……ラパーナ、ありがとうございますわ」


 そっとラパーナが脇を抱えて支えてくれる。

 こんな細腕で……なんて優しい娘なの。


「でも……助けないと。せめてこの娘たちだけは。ラパーナ、手伝っていただけますか?」

「…………」


 無口ながらも頷いて了承してくれた彼女の助けで、アンヴィーとローラの閉じ込められた檻を破壊していく。


 二人はいまだ呆けたままでしたが、わたくしが強く呼び掛けるとハッとしたように意識を取り戻しました。

 これでここから脱出出来る。


「ラパーナ、貴女も必ずここから逃してみせます。わたくしに……ついてきていただけますか?」

「…………はい」


 控えめに頷くラパーナにわたくしは決意を新たにする。

 絶対にこの娘たちを連れてここを脱出すると。


「さあ、行きますわよ! 必ず皆無事にここから脱出しましょう!」






「いや、儂いらなくね」

「ん、ラパーナ、何かおっしゃいましたか?」

「いえ……なんでもありません」


 変なラパーナ。

 でもきっと不安なのですわね。

 安心して下さいまし。

 貴女は必ずわたくしが守りますわ。











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