第三十二話 魔法の訓練と輪を外れた彼女
「主様、行きますよ! ウォーターボール!」
クリスティナの水魔法が空中を駆け僕に迫る。
直撃すれば昏倒するかはともかくかなり痛いことは間違いない。
「――――
僕は掌握魔法の基礎の基礎を発動する。
右手の五指を握り締め、大気中の魔力を集束させる。
目前まで迫った水球を魔力を集束させた手で……弾いた。
「おお! 流石主様です!」
明後日の方向に飛んでいく水球。
うん、大分思った方向に弾き返せるようになった。
しかし、クリスティナは大袈裟に称賛してくれるけどこれは掌握魔法で出来ることのほんの一端でしかない。
だが、遅い歩みだとしても僕の掌握魔法は確実に進展していた。
「――――
「あー、もうそこが訳がわからないんじゃよ。なんでそうなんの? 大気中の魔力をどうやって集めてるんじゃ」
クリスティナたちが互いに模擬戦をして訓練している中、目の前で披露した掌握魔法の基本動作に、アシュバーン先生がお手上げとばかりに呆れ果てている。
そうか?
これは本当に基礎の基礎であってあまりのショボさに恥ずかしいぐらいなんだけど。
だって乱暴にいえば手をグーパーさせてるだけだし。
「大気中の魔力の集束は掌握魔法の基本ですよ。これが出来ないと話になりません」
「それが出来ないから、たとえ掌握魔法に着目してもみんな諦めるんじゃろうな〜。大体大気中の魔力を利用するから本人の魔力は雀の涙ほどしか使用しないなんてズルじゃろ」
「そうですか? 僕は寧ろ変身魔法の方がチートなんじゃないかと思いますけどね。体格差とかほとんど関係なく変身できて、多少の損傷ですら解けない変身ってなんなんですか?」
変身魔法こそ
アシュバーン先生の話では流石に
だって鳥に変身して空も飛べるんだぞ。
飛ぶ感覚を掴むのに何年も苦労したらしいけど、労力が霞むほどの成果だ。
高所からの偵察から万が一の緊急避難、場合によっては上空からの攻撃にも使えるだろう。
……こんな人を野放しに出来ない気持ちもわからなくもない。
まあしかし、僕ならわざわざ一箇所に封殺して恨みを買う必要はないと考えるけどね。
それに、アシュバーン先生が温厚で帝国のためを想える人だから封じ込めが成立しただけだ。
先生が本気ならいつでも抜け出せる。
……やはり皇帝陛下はアシュバーン先生に監視の目を掻い潜ることを許していたのかな。
「ふふ、仕方ないわ、ヴァニタスちゃん! わたしの変身魔法は誰にだって、何にだってなれるんですもの!!」
「それ……いい加減辞めませんか? 父上に見られでもしたらまた怒られますよ。前回もあの後呼び出されて地味に説教されたらしいじゃないですか。執事のユルゲンが『あの時の御当主様は本気でした。本気でアシュバーン先生のお食事をハム一枚に変更しようか悩んでいました』って言ってましたよ」
性懲りもなく母上に変身したアシュバーン先生。
うーん、相変わらず外見からでは判別がつかない。
「そうなんじゃよな〜。エルンストが勝手に妻の姿を真似られたのを怒るのはわかるんじゃが……食事の変更は酷くないかのう! ハム一枚って! それを目の前で本気で検討される気持ちったらないぞ! 食事は儂の数少ない楽しみなのに! 老人虐待じゃよ! 老人虐待!」
「……父上の怒りはそれだけ深かったということですよ。それにしても父上は僕から見ても随分変わりましたね。あんなに……その……自分の気持ちに正直でしたっけ?」
「いや、絶対お主の転生? とかいうヤツのせいじゃろ! エルンストはあんなかつての恩師の健康を損なわせるような男じゃなかったんじゃもん!」
「もんって、語尾が崩壊してますよ」
「崩壊もするじゃろ! 大体なんじゃあの虫でも観察するような目は! 石の裏に隠れるダンゴムシを『へ〜、こんなとこに隠れていたんだ。……無駄なのに』と無感情な眼差しで見る目じゃったぞ! 儂本当にハム一枚にされるかと思って怖かったんじゃよ!?」
母上に変身された時の父上は僕から見ても静かに激怒していたように感じられたからな。
でも結局食事は同じものが出ていたし、父上も冗談のつもりだったのだろう。
……いや、本気だったかも。
「ゴホンッ、まあこの話はもういいじゃろ」
「魔法の話だったのに脱線したのは先生でしょう……」
「それにしてもっ! いい加減先天属性を調べてみようと思わんのか? 調べるだけならそう手間でもなかろう。というか魔法学園入学時に皆調べるはずじゃろう。何故知らんままなのじゃ」
先天属性か……。
「そういえば掌握魔法にかまけてすっかり忘れていましたね」
いま聞かれて思い出したけど魔法学園入学時にも調べるんだよな。
確かヴァニタスは『俺は俺の鍛えたい魔法を学ぶ。素質など関係ない!』と拒否したような気がする。
ああ、そうだな、ヴァニタスの記憶でもそうなってる。
「自らの魔法を知るのも大事なことじゃろ! 別に儂ももう先天属性を優先して鍛えろとはいわんが調べるだけならタダじゃろて。というか貴族なら測定器ぐらい屋敷に置いてあるのではないかのう?」
「確かに……考えていませんでした。父上に聞かないとわからないですけど測定器なら屋敷にあるかもしれません」
「どうせじゃ、お主の三人娘も調べたらどうじゃ? クリスティナ嬢は……もしかしたらご両親がもう調べたかもしれんが、他の二人も調べた方が鍛錬には都合がいいじゃろ」
「そうですね。長期休暇の内になるべく早く調べておいた方がいいかもしれません」
長期休暇は後二週間程度だったはずだ。
全体で一ヶ月弱。
これは学園に通う生徒たちが広大な帝国でも実家に帰れるように配慮された結果、長期間になった。
取り敢えず
……そういえばヴァニタスの先天属性ってなんだっけ。
うん、確認しておいた方がいいな。
「じゃあ今度こそ掌握魔法の研究を続けるとしようかのう。まずは集束した魔力を使用した身体強化から――――」
時刻は夕方。
日も暮れ始め、肌寒い感覚が僕らを襲う。
すっかり長い間訓練と研究に没頭してしまった。
付き合ってくれたクリスティナたちも疲れがみえていて屋敷に帰る足取りも若干重い。
「しかし、アシュバーン先生の変身魔法はいつ見ても鮮やかですね。ラヴィニア様に変身してもまったく違和感がありませんよ」
「うん、お爺、スゴイ!」
「そ、そうかのう。儂ってやっぱりスゴイ? 良かったらアシュバーンちゃんと気軽に呼んで貰ってもいいんじゃよ?」
「あ、それは結構です」
「イヤ!」
「うぅ……そんなに拒否らんでも」
アシュバーン先生もすっかりクリスティナたちに慣れたな。
三人も魔法で悩みがあればたまには質問したりして交流しているみたいだし、屋敷で会えば挨拶もする。
関係は良好だ。
まあ、一人だけ上手く輪に入れない娘もいるけど……。
アシュバーン先生とは屋敷で別れ、それぞれの部屋に向かう。
しかし、僕は個別に与えられた部屋に戻ろうとする三人の内、終始どことなく暗かった彼女にあることを命じる。
「ラパーナ、今夜僕の部屋に来い。……意味はわかるな?」
「!?」
「っ!? 主様、それは!?」
ハッと顔を上げたラパーナの表情を僕は忘れることはないだろう。
彼女は絶望と諦観が入り混じり怯えきっていた。
今日は外せない用事があるので更新は一回のみです。
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