第十八話 『変幻』アシュバーン・ダントンは自由へと誘われる


「僕も詳しく調べていませんが、アシュバーン先生の推察通りだと思いますよ。多分ですが僕の先天属性は『掌握』ではないでしょうね。あまりにも習熟が遅過ぎる」


 ヴァニタスは儂の問いにさも簡単な風に答えた。

 軽くどこかに散歩にでも行くかのように何一つ気負いもせず。


「なら何故この魔法に拘る。儂の見立てではお主にはセンスがある。エルンストもお主の行く先を心配しておる。いまからでも遅くない。お主本来の最も得意な魔法を学んでいくべきではないのか」

「……先生は我慢出来ますか?」

「なに?」

「過去一人だけしか習得出来ていない未知数みちすうな魔法。先人たちの挫折の果てに習得に挑戦する者すらいない盲点もうてんとなった魔法。まだ誰もその真価を知らない、いま現在は誰のものでもない魔法。アシュバーン先生、貴方は……目の前に転がっている宝石を我慢出来ますか?」


 漆黒の瞳が儂を射抜く。

 あと少し手を伸ばせば手に入るかもしれないものが、他人のものになっていくことがオマエには耐えられるのかと。


「……我慢でき――――」

「嘘だ」


 我慢出来るとそう言うつもりじゃった。

 しかし、間髪入れずに見抜かれた本心に動きが止まってしまった。


「先生の変身魔法。今日ちょっと聞きかじった程度ですが……あまりに危険だ」

「…………」

「母上に変身されわかりました。あれは騙される。本物と見紛う変身。なるほど素晴らしい研鑽です。しかし、権力者にとってこれ程恐ろしいものはない。いつか自分に取って変わられるのですからね」

「…………」

「変身魔法を簡単に見破る方法があったらすみません。僕の見当違いですが――――」

「間違っておらん。儂の変身魔法を見破れる奴など極少数じゃろう。といっても姿形でなく足運びや当人との思い出など持ち出されたらすぐにバレるじゃろうが」

「ですがそれも事前に調査しておけば問題はなくなる」

「…………」

「……アシュバーン先生、もう少し自由に生きてみませんか?」

「なんじゃと?」


 予想外の提案、ヴァニタス、お主何を考えて……。


「先生は……我慢することに慣れてしまっているだけです。他人のために、他人の心の安寧のためだけに先生は耐え忍んでいる。見知らぬ誰かが不安にならないよう一人堪えている」

「……儂はそんな殊勝なジジイじゃないぞ」

「本来それほど研鑽してきた力なら称賛されるべきなのに、いま先生は不自由だ。自分の思い通りにならないことの多さに息が詰まっている。僕にはそう見えます」

「む……」

「先生はもっと自由になっていいのではないですか? 自分のために手に入れた力を思うまま振る舞って何が悪いんです? 先生が我慢する必要などどこにもない」

「自由……」


 悪魔の誘いじゃった。

 儂を楽で安易な道にいざなう決して惑わされてはいけない甘い誘い。


 しかし、儂には……。


「じゃがどうしろと? 儂の扱う魔法は危険視されておる。皇帝陛下はともかく周りの高官共は儂が動くことに黙っていてはくれんじゃろうて。エルンストがどんな交渉をしたかわからんが本来儂はここに来ることすら叶わんのじゃぞ」

「なら死んだことにしましょう」

「はぁ……?」

「死んでしまえば何者でもなくなる。監視もなくなります」

「…………」

「先生は権力になど興味ないのでしょう? 魔法総省を引退してどこか領地や爵位を貰おうとは思わなかったのでしょう?」

「そうじゃ、儂は魔法使いであることに誇りは持っていても権力など特に欲しいとは思わん」

「なら捨ててしまえばいい。帝国にそれほどの貢献をしたのに隠居生活すら制限される。何もそこまで義理立てする必要はないのでは?」

「お主……すごいことを言い出すのう」


 だが実際の儂の心は高鳴っていた。

 心の臓がバクバクと音をたて痛いほどじゃった。


 そうじゃ、何故考えなかった。


 誰にでもなれるということは何処にでもいけるということに。


「そもそもです。先生の変身魔法ならもっと色々なことが出来るのに帝国の貴族たちは何を考えているんですか? 行動を制限するのではなくもっと有効に活用するためにバンバン使うべきでしょう。それこそ他国には誤情報を流すか、影武者でもたててそいつを目立つところに置いておけばいいんです。変身魔法なんて明らかに有能な魔法の使い手をただ腐らせて置くだなんて勿体無い」

「お主、ホントめちゃくちゃ言っておるけど自覚あるのかのう」

「……まあ、ともかく実際に死んだことにするにしてももう少し手順を煮詰める必要があるでしょう。いまも監視されているでしょうし、どうせ死んだことにするならきちんとしておくべきです。それに出来れば皇帝陛下の真意も知りたい」

「陛下の?」

「変身魔法の使い手を引退させる? 僕ならさっき言ったようにこき使いますよ。馬車馬の如く働かせます。当然貢献に応じて褒賞は与えますが僕でもそうする。皇帝陛下はアシュバーン先生に引退して欲しかったのでは? 引退し余生を穏やかに過ごして欲しかった。もしくは政争から隔離したかったのでは?」

「むむ……確かに陛下には引退の際に労いの言葉をかけていただいた。引退先が皇帝陛下の直轄地に決まった時、『元気なのはいいが、あまり俺の直轄地から抜け出すなよ』と」

「抜け出すなとは反対の意味なのでは? 暗に抜け出しても罰しないと言っていたのでは?」

「……否定はできん。じゃが邪推が過ぎるじゃろ」


 しかし、陛下ならあり得る。


 身内にも敵の多い皇帝陛下は安易に隙を晒せん。

 だからこそ時に回りくどい言い方をすることもある。


 そうじゃったのか?

 儂を自由にするために寧ろ直轄地に押し込めておったのか?


「……聞いても良いか? お主一体何者なんじゃ?」


 もう儂はこの子供が普通だとは感じていなかった。

 まあ、最初から化け物だとは思っておったがまさか儂の生き方まで変えようとするとは。


「ヴァニタス、ヴァニタス・リンドブルム。いまはまだそれだけの男の子です」


 嘘じゃろう。

 もう儂にもわかるぞ。


 儂を自由へと誘うわらべ

 悪童?

 そんな生易しいものじゃないわい。

 この子はそう、悪魔じゃ。


 しかし、儂は悪魔の誘惑に乗り手を取った。

 自由への渇望がいままでの生き方を上回った。


「ヴァニタス、これからよろしく頼むぞ」

「ええ、アシュバーン先生。講師の件、僕からも改めてお願いします」

「いまさらじゃな」

「いまさらです」


 二人してニヤリと笑い握手を交わす。


 進む道が不確かなことが寧ろ楽しみだった。











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