第八話 悪夢はいずれ醒める


 息子の顔をした彼が私たちに自分を殺せと提案してくる。

 悪夢だ。

 息子を亡くしてしまったばかりの私たちに畳み掛けるように訪れる見たくもない現実ゆめ


 漆黒の瞳が私たちを射抜く。

 嘘は許されない、本心を曝け出せと訴えかけてくる。


 彼はヴァニーと同じだ。

 心に空いた空虚な穴をなにか別のもので埋めようと必死になっている。


「エル、わたし……」


 ラヴィニアにはきっとヴァニーと同じ顔をした彼を傷つけられない。

 私が選ぶべきだ。

 この怪物ヴァニタスを野放しにするべきか、討つべきか。


 ……だが、私は。


「一つ……聞いていいかい」

「なんでしょう、父上」

「何故それを宣言する? 何故これから悪行を行うかもしれないと私たちに伝える? 君は息子ヴァニーの振りをすれば良かった。真実を伝えずただそっくりそのままヴァニーを乗っ取れば良かった。多少の違和感はあってもヴァニーから距離を取っていた私たちなら十分に誤魔化せたはずだ」

「…………」

「そうすれば私たちは騙されたまま、少なくともこんな辛い気持ちを味わうことはなかった! ヴァニーがいなくなってしまったことを目の前に突きつけられることはなかった!」


 気づけば彼を激しく糾弾していた。

 そうだ、何故私たちを苦しめる。

 何故これほど苦悩させる。


 だが、私はただ浅はかだっただけなのかもしれない。


 彼は――――無言で佇んでいた。


 さざなみも感情を揺らさず、私の心からの叫びを一心に受け止めていた。

 視線が合う。

 彼は逸らさなかった。

 それが当然であるかのように。


 私はまだ彼を見くびっていたんだ。


 まさか本気でここで私たちに殺されてもいいと考えているなんて……。


 その時以降の私の思考は言葉に表すのは難しい。


 ただ……誠実に写ったんだ。


 私たちに真実を話し、想いを打ち明ける機会を作ってくれた彼が。


 思うがままに生きる。


 ヴァニーも確かに思うまま生きていたのだろう。

 欲望の赴くまま、弟を亡くした虚しさを暴力でもって埋めた。

 もしかしたら誰かが止めてくれるのを待っていたのかもしれない。

 でも誰も手を差し伸べてくれなかったから止まれなかったのかもしれない。


 ただの親の妄想だ。 

 ヴァニーの被害にあった奴隷たちや領民たち、屋敷のメイドたちには言い訳のしようもない。


 しかし、そのヴァニーと彼は少し違うように思う。

 

 宣言された内容は酷いものだ。

 まるで自分の歩く道を邪魔するなと言わんばかりの横暴ぶり。

 ああ、確かにヴァニーと彼はその点では相違ない。

 でも違うんだ。


 彼は私たちに選択肢をくれた。

 自らの道を選ぶチャンスを与えた。

 

 たとえ自らの立場が不利になろうと私たちに真正面から立ち向かった。


「……わかった」

「エル……」

「私たちの愛する息子ヴァニーの皮を被った誠実なる怪物ヴァニタス。君の行く末を私たちに見せてくれ」


 悪夢は続く。

 息子ヴァニーは消え去り怪物ヴァニタスとなった。


 だが私たちに不退転の意思で向き合った彼に不思議な魅力を感じていた。

 その先を見たいと願ってしまった。


 悪夢はいずれ醒める。


 だが……まだもう少しだけ怪物の夢に浸っていたい気分だった。


 

 



 作中でヴァニタス・リンドブルムの父エルンスト・リンドブルムは、気弱で息子にも逆らえない意志の弱い当主だった。


 侯爵家七家の中、最も古く由緒正しい家系を誇る名家な割に暴走する息子一人諌められないことから、爵位の低い他家からも見下され侮られるだけの人物。

 故にこそ小説に名前も記されないほどのその他大勢の一人だった。


 だがここに変化があった。

 

 怪物ヴァニタスは彼をある意味魅了した。

 あるがまま征く道を指し示したヴァニタスは、彼を息子ヴァニーを亡くしても未来を見てみたいと期待させた。


 それは一種の憧れ。


 有象無象など気にしないと言い放つ姿に、自らを投影していた。

 己の抑圧された感情を解き放っていいんだと気づきを得た。


 次にエルンスト・リンドブルムと出会った人物は驚くことになるだろう。

 話が違うと。

 怪物に魅了された者もまた怪物となる。

 世界はまだそのことを知らない。












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