第七話 空虚なる心の先


「答えは簡単です。僕には何もない。この心には空虚が広がっている。――――違う。何も思い出せなくても、何の思い入れがなくてもこの世界は……面白い」

「面白……い?」

「僕の前世に魔法はなかった。これは記憶がなくとも断言できる。何故ならこんなに楽しいことはないからだ。魔力を操作することは難解で思い通りにいかないことばかり。でも、こうやって努力の先に結実するものがある」


 父上の目の前で右手の五指を広げ――――。


「それ、は……」

「掌握魔法。通常の魔法は体内魔力を使うだけだが、掌握魔法は体外の大気中に漂う魔力を操る。いまこの握りしめた手の内には大気中から集めた魔力が一纏まりとなって握られている」

「ば、かな……習得したのか? この短期間で! 古の魔法を!? 誰もが既存の魔法との差異から習得を諦めた魔法を!?」

「いまはまだこの魔力の使い道は多くない。ただ魔力の塊として投げつける程度。しかし、いずれ僕はこの魔法を極めてみせる」


 掌握魔法、ちょっとしたデモンストレーションのつもりで父上の前で使ってみたが、やはり魔力の集束だけだと味気ないな。

 魔法書にはもっと色々な使い方が書いてあっただけに他にも披露したかったけど、残念ながらこの先はまだまだだ。


「掌握魔法なんて魔法総省の者だって習得している者などいないはずだぞ。習得者などヴァニタス・アーミタイルしか聞いたこともない。それをたった十五歳の子供が……」


 そんなに動揺するほどかな?

 掌握魔法を見た途端劇的に動揺する父上。

 寧ろ掌握魔法の基礎の基礎だからちょっと恥ずかしいまでもあったんだけど。


 さて、見せたいものは見せた。

 何を成すか。

 後は父上と母上にその答えを伝えておかないとな。


「僕はある意味ヴァニタスと同じだ。ヴァニタス・リンドブルム、先程の話では弟を亡くした悲しみから暴走し続けていた孤独な少年。胸に空いた空虚な穴を他人への暴力でしか解決できなかった男。だが、そうだとしてもいままで行ってきた悪行がそれで終わる訳ではないが」

「ああ、それはわかっているよ。ヴァニーは許されないことをした」

「そのうえで言おう。僕は彼と同じく思うがままに生きる」

「――――は?」「え?」


 父上も母上も僕が何を言い始めたのか理解できていない。

 だが、それでいい。

 そのまま聞いていてくれ、僕の宣誓を。


「ヴァニタスが行った悪行? 転生した僕には関係ない。悪評がたとうが、糾弾されようがそれは僕とは無関係。心が動かされるようなことがあれば干渉するかもしれないが特にこちらから何か改善しようとは思わない。それに、ヴァニタス同様気に入ったものがあれば無理矢理手に入れることもあるだろう。奴隷だって今後増やすかもしれない。貴族らしく自分の配下も欲しい。優秀で僕の気持ちを汲んでくれる配下なら身分は問わない。ああそうそうヴァニタスの奴隷は僕のものだ。僕の自由にさせて貰う」


 一息に伝えたがまだ二人とも固まったままだな。


「僕だって死にたい訳じゃない。時に理不尽な暴力をふるうこともあるだろう。死の運命に抗うため父上と母上から見たら慮外の行動を取る可能性もある」

「…………」

「止めたければ止めればいい。いまならまだ間に合うだろう。僕というもう一人の怪物ヴァニタスを世に放つのが怖いなら……ここで殺せばいい」

「私たちにそれを言うのか……息子の顔をした誰かを討てと」

「貴方たちには権利がある。僕は図らずもヴァニタス・リンドブルムに転生した。貴方たちは言及しなかったがヴァニタスは僕が殺した可能性もある」

「!? それ、は」

「一度だけだ。一度だけこの僕を討つチャンスを与える。……こんな機会は今後訪れないぞ」


 まあ、いざという時は多少の抵抗はさせて貰うが……できれば傷つけたくはない。

 さあ、互いに顔を見合わせた二人は何を選択する?

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