【書籍二巻発売中】無慈悲な悪役貴族に転生した僕は掌握魔法を駆使して魔法世界の頂点に立つ〜ヒロインなんていないと諦めていたら向こうから勝手に寄ってきました〜

びゃくし

第一話 暗く深い沼の底から


「ん……あ……」


 目覚めた時、僕はベッドの上で天井を眺めていた。

 正確には天蓋付きのベッドの天井。


 体は重く意思に反して思うがままに動かせない。

 なんとか瞳は開けているけど光が眩く突き刺さり目眩すらする。


「ヴァニタス……坊ちゃま……」

「う」


 ベッドの傍らで誰かを呼ぶ震えた声。

 幾ばくか歳を重ねた重厚な声には何故か聞き覚えがあった。


「ヴァ、ヴァニタス坊ちゃまがお目覚めになられた! ああ、何たることだ! き、君、早くドミニク先生をお呼びしてくれ! ああ、奥様と旦那様にもこのことをお伝えしないと!」


 部屋の隅に控えていたメイドに即座に指示をだす初老の執事。

 それをぼんやりと眺めながら僕は呼ぶ。


「爺や」

「はっ! ……何の御用でしょうか、坊ちゃま」


 坊ちゃまか、僕が聞きたいのはそこじゃない。


「僕は誰だ」

「誰……そんなまさか高熱でお記憶が!?」

「誰と聞いている」

「は、はい! リンドブルム侯爵家の嫡男ヴァニタス・リンドブルム様でございます!」

「…………」


 ヴァニタス・リンドブルム。

 知っている。

 あの『・・・・・・』の小説の中に出てくる悪役の一人。


「?」

「ど、どうかなさいましたか?」

「……何でもない」


 いまだ訳が分からないといった顔を浮かべる爺や、ユルゲンをよそに、にわかに慌ただしくなるベッド周り。


 あっという間に駆けつけた老医師が……年齢の割に歩くの早っ。

 体温と脈を測り、軽い触診を続けると『特に問題はございません』と結果を教えてくれる。


 そこからは本当に目まぐるしく事態は動いた。


「ああ、ヴァニーちゃん! 良かった目が覚めたのね! 心配したのよ!」

「ヴァニー、お前は三日三晩も高熱にうなされていたのだぞ。……よく耐えきった」


 唐突に激しい音をたて扉が開く。

 現れたのは金のあでやかな髪に琥珀色の瞳の女性。

 ベッドに縋りつくようにして涙声でヴァニタスぼくの無事を喜ぶ母上ラヴィニア・リンドブルム。


 母上から遅れること数分。

 屋敷の中を走ってきたのだろう、僅かに乱れた呼吸を僕に悟らせまいと平静を装う男性。


 銀の髪は短く丁寧に切り揃えられ力強い濃灰色の瞳。

 整った顔立ちはまさに貴族らしい隙のなさを窺わせる。

 彼こそこの侯爵家の当主であり父上エルンスト・リンドブルム。


 生死の境を彷徨っていた息子が目覚めたからか母上と父上は安堵の表情を浮かべていた。

 少なくともこの時の僕にはそう見えていた。


 それから療養に要したのは三日。

 念の為に安静にと、ただベッドでドミニク医師の診察を受ける日々だったがようやく事態を整理できてきた。


 僕は転生した。


 小説『・・・・・・』に登場する悪役の一人、極悪非道の無慈悲な貴族令息ヴァニタス・リンドブルムに。

 何故転生したのか理由は不明だ。

 そもそも小説のタイトルも思い出せない。

 それどころか自分の前世たる者の素性すら一切記憶にない。

 高校生? サラリーマン? それとも教師?

 だが、どれもしっくりこないような違和感。


 かろうじて思い出せるのはこことは違う世界に生きていたことぐらい。

 後は朧気ながら小説の主人公の名前ぐらいか、確かヒロインも複数いたと思う。


 ……まあいい、重要なことなら後からでも思い出すだろう。


 それよりヴァニタス・リンドブルムが辿る最後の結末だけはよく覚えている。

 奴隷を多数従え、暴虐の限りを尽くしたヴァニタスぼくは自らのしてきたことの報いを受けさせられる。


 奴隷の首輪を嵌められ、意に背く善行をさせられたのち、血反吐を吐きながら絶叫する。

 それでも奴隷は自害など許されない。

 暗く孤独な鉱山で衰弱するまで働かせられ死を迎えるだけだ。

 

 ああ、そうだ。

 名前も思い出せないあの小説を読んでいる途中、友人にヴァニタスぼくの最期をネタバレされたんだった。

 あれはマジでムカついた。

 それで途中で読むのを辞めたんだった。

 

 だから余計に記憶が朧気なのか?

 

 療養中の三日間多少の事件はあったが、そんなことばかり考え続けていた。


 そして今日。

 久々に皆で食事を取ろうとの母上の提案で同じ食卓に座った両親と僕。

 母上が一方的に話す内容に父上と僕で適当に相槌を返し、療養中とは異なるしっかりとした味付けの料理に舌鼓を打つ。


 美味〜、なにコレ。

 ちょっと料理長。

 部屋の隅で縮こまってないでもっと自信を持ってよ。


 ……さて、食事も終わり本題はここからだ。

 僕は上品に口元をナプキンで拭い料理長へと労いの言葉を伝えている両親に声を掛ける。


「父上、母上。お話があります」


 なるべく真剣な声を出してみたが成功しただろうか。

 

「ヴァニー……なに、を……」

「ヴァニーちゃん? どうしたの? お腹痛い?」


 父上は流石だな。

 空気が変わったのをすぐに察知した。


 母上、お腹は別に痛くありません。

 寧ろ前世でも食べたことがないだろう豪華な食事に興奮してました。


「ヴァ、ヴァニー、話なら後でゆっくり聞こう。いまは――――」


 父上すみません……逃がすつもりはないのです。


「僕は……貴方たちの息子であるヴァニタス・リンドブルムではない」


 固まる両親。

 そうだ。

 僕は貴方たちの知るヴァニタス・リンドブルムじゃない。


 暗い沼の底から得たいの知れないものが現れた――――それが僕だ。











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