TS令嬢、追放先でオオカミを拾う③


「いただきます!」


日もとっぷり暮れたエイミス地方のとある山奥。小さな一軒家には、香ばしくて刺激的な匂いが立ち込める。


「少し前まで意識失ってた怪我人にこれはどうかと自分でも思ったけど…」


言いながら、俺は机を挟んで目の前に座るジュードを見る。


今日の夕飯はとっときのスパイスを使用したカレーうどん。クライドが潰したトマトを使用しているため、濃厚で美味しい。


「まああんなに動けるなら大丈夫だろ…あの後もめちゃくちゃ食べてたし」


クライドとその親衛隊を叩き返した後、俺が止めるのも聞かず、彼はありとあらゆる食材を貪り食っていた。今もカレーうどんをどんぶりから直接がつがつ食べるジュードはピンピンしている。


「頑丈だなお前…」


言いながらそっとフォークを持たせるが、一瞬で捨てられた。グビグビ飲むようにカレーとうどんを食べる彼に言いたいことはあるが、それを脇にそっと置いて俺は口を開く。


「その…今日は助かった」


クライドには散々馬鹿にされたが、俺はこの生活が好きだ。誰に迷惑をかけるでも、誰に指図されるでもない。自分が育てた食材、一から作った料理に囲まれて暮らすのは格別の体験だ。成り行きとは言えその生活を守ってくれた恩人に対し、冷たくするほど俺は薄情ではない。


「今日1日だけ居ていいぞ」

「あ?追い出す気か?」


俺の最大の恩情に対し不服そうな顔をするジュードの口周りは、盛大に汚れている。見るに堪えず拭こうと布巾を差し出すが、ジュードはそれを威嚇し振り払う。俺は呆れながら先を続けた。


「お前な、そもそも賞金首なんだからいつまでも置いとける訳ないだろ…」


怪我人を追い出すのは気が引けるが、回復直後にこれだけ食べ散らかす様を見せられては、助ける気も失せると言うものだ。


「クライドにもバレちゃったし、追っ手が来るのも時間の問題だぞ」


言いながら、俺は自作の箸でずるずるとうどんを啜る。今回もコシがあって滑らか。手間をかけたぶん、なかなかおいしくできたのではないか。


「…おい。足りねえ」

「え」


我が家で一番大きな器を空っぽにして、ジュードは言った。






「いない…」


翌日。朝目覚めると、離れにジュードの姿はなかった。昼になっても帰ってこないところを見ると、本格的に出ていってしまったんだろう。


「最後まで自由な奴だったなあ…」


彼が使っていた衣類やらシーツの類いやらを干し終わり、俺は朝から仕込んでおいた鶏の出汁と昨日とは違う生地を引っ張り出す。


「昼飯ぐらい食べていけば良いのに…」


二人分の為にいつもより多めのそれを見ていると、なんだかんだ少し寂しくも感じる。


(まあご飯食べて忘れよ…)


包丁を出して、生地を細く刻む。毎回どの幅で切るか悩むが、やっぱりちょっと太めぐらいが好きだ。スープとは別にお湯を沸かして、乗せる具材の準備をする。


「何だそれ」

「ラーメンだよラーメン。2日続けて麺類ってのも、独り暮らしの特権だよ、な…」


俺は何とはなしに答えて、ふと横を見る。


「わーっ!!」


そして煮たまごを抱え飛び上がった。


「お、お前。なんで戻ってきた!?捕まるぞ!」


ドコドコ鳴り響く胸を抑えてそう叫ぶ。そこに居たのはジュードであった。土埃に汚れた衣服に煙の匂い。明らかに何らかの戦闘をしてきた後だ。なんかちょっと血も付いているし。しかし本人はいたってピンピンしてるし、息の一つも乱れてない。どうやら返り血のようだ。


「俺に賞金かけてた奴はぶっ殺してきたから、もう指名手配されてねえ」

「ほ、本当に自由だな…」


知ってたけど。呆然とする俺を前に、ジュードは椅子にどかっと腰かける。


「え」


唖然とする俺に、彼はどこか期待した眼差しを向けてくる。


「飯」


椅子の隙間からはみ出た尻尾が、ぶんと揺れた。


と言うわけで自由を好む一匹狼が、しばらく我が家に棲み着くことになるのだが、この時の俺は知る由も無かった。

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