TS令嬢、追放先から都に戻る①
その日の目覚めは最高に悪かった。
「う、うーん…」
呻き声をあげながら、寝苦しさに身を捩る。暑いし狭いし、なんだか硬い。無理やり寝ようと寝返りを打ったところで、ごちんと何かに当たった。
(なんだ…?)
額を抑えながら、のろのろ目を開ける。
「おい。動くな」
目の前にあったのは鋭い眼光。その後続くウゥーと言う唸り声。
「わっ!わーっ!!」
「うるせえ」
「最悪だ…」
俺はがっくりとカウンターに肘をつく。寝不足と疲労で気分は最悪だ。
「トーリ。聞いたよ。男と同棲を始めたんだって?」
「え…?」
ジュードが棲み着いて早一ヶ月。しょっちゅう喧嘩もするし何かと不服そうな顔を見せる彼だが、出ていく様子もなく未だ家にいる。どうやら懐かれたらしい。俺としてもジュードが家にいるのは不本意な状況ではあるものの、家のことを手伝わせたり実りすぎた食材の消費をさせたりと、なんやかんやうまくやっているのが現状だ。
「あー…」
だがこの状況を言葉で表した時、“男と同棲”よりもふさわしい言葉があるわけで。
「しつけのなってないペットを飼ってるみたいなものだよ…」
ベッドの中で殆ど裸のジュードと対面した今朝。どうやら夜中に俺の布団に潜り込んで来たようなのだが、理由はなんと「寒いから」だった。なら服を着ろ。
「あんた…やるね」
何か勘違いしているおばちゃんを置いて、俺は扉を開け外に出る。
「ウー…」
「ジュード。よそんちの犬と喧嘩するな」
庭先で、郵便局で飼われている犬と睨み合っていたジュードを回収する。
「今週の分受け取ったから帰るぞ」
そう話す俺の手には郵便物。生きている以上、何かしらの便りは届くと言うものだ。が、さすがに山奥にまでは配達してはもらえない。俺宛の郵便物はすべて局留めを依頼しており、一週間に一度纏めて取りに来る必要がある。歩きながら、ぺらぺらと手元の手紙類を捲る。
「ああ、出版されたのか」
厚めの荷は俺の連載する記事が載る雑誌だろう。先日編集長が「元令嬢が山奥で半獣人と禁断の同棲生活エッセイ…!?売れるに違いない!」と意気揚々としていたと又聞きしたことを思い出す。
「どいつもこいつも何を期待してんだ…」
呆れながら、引き続き郵便物の中身を見る。他は一週間分の新聞と広告、何通かの手紙に主に国外で買える香辛料等の品物。
「あ…」
不意に、郵便物の隙間からぽろりと紙が落ちる。見れば全く同じ葉書が二通。それを拾い、何とはなしにひっくり返した瞬間、びしりと固まった。
「っ…!」
「はあ…」
ため息をつく俺の足元には小さなトランク。納屋の奥に眠っていたのを引っ張り出した。殆ど新品みたいな色のタイヤはすんなり動く。それもその筈。俺がこいつを使ったのは一度きり。
俺がこの場所から、追放された時だ。
「まさかまた戻ってくることになろうとは…」
俺のぼやきは雑踏に消える。辺りを見回せば多くの人でごった返した駅のホームが目に入った。俺が乗ってきた汽車が、高らかに汽笛を鳴らす。
ラフォン王国三大主要都市の一角・クイーンビー。国内最大級の人口と技術の高さを誇る。
「ここの景色はすぐ変わるなあ…」
街を見ながらぼやく。知らない派手な建物が立ち並び、通りすぎる人々も忙しない。目まぐるしさに頭がクラクラする。
「「エレン!」」
構内を歩き出した瞬間、呼び止められて足を止めた。振り向いた際に声の主に気付き、ぎょっと息を呑む。
「む、迎えに来なくて大丈夫だって手紙に書いただろ!何かあったらどうすんだよ」
「だって本当に来るかどうか分からないでしょう?」
返ってきたのは女性の声。続けて、俺を咎めるように指摘が入る。
「あんたのことだもん。すっぽかす可能性もあるでしょうが」
「す、すっぽかさねえよ…」
俺はまごまごと口を動かす。都会の景色はいつも慣れない。しかし今は何よりも、目の前に光景に戸惑いながら俺は続ける。
「に、妊娠おめでとう…」
届いた葉書二枚に書かれていたのは妊娠報告。そして俺の目の前には、ぽっこり膨らんだお腹が二つ。
「「ありがとう」」
そして視線を上げれば殆ど同じ顔が二つ。片方は微笑んで、片方は睨む。エイプリルとスカーレット。この世界の、俺の双子の姉だった。
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