リベンジ  後編

神野さくらんぼ

後編


一方その頃の濱嶋綾人と言えば、貿易会社の業績悪化で専属パイロット契約を打ち切られ就職活動に必死だった。


   ****************


3ヶ月が経ち、ようやく新しく出来たLCC航空のパイロットに合格した。


<ごめんすっかり遅くなっちゃったけど ラストフライトおつかれさま! 今何してるの? 俺は色々あってやっと新しい職場見つけたとこ>


<おやすみ>

<おはよう>


<あれ?もしかして届いてない?>



<おはよーー!>

<お!!既読!!>


<<おはようございます>>

<良かったつながってた!笑なんだよ急にございますって>


<久しぶり!仕事変わってどお?元気にやってる?>

<<元気でやってます>>


<おいー笑 なんか変だぞ ま、元気ならよかった!>


<<あの。子供何歳だっけ>>

<なんで?子供は3歳だよ>



<<笑ごめんごめん久しぶりで そんなことより結婚してたなんて知らなかったよ。アウトじゃない?>>


<えー知らなかった?? そーいや改めて聞かれてはいなかったかもな。アウトってなんだよ>


<<奥さんとうまく行ってないとか?>>


<フツーだよフツー>


フツーなんだ…独身の同級生とこんなやりとりってあり?

新宿の車の中の出来事はアウトよね?


怒りと悲しみと絶望のまま綾人を責められずにいた。


<おはよう>

<<おはよう>>


<おやすみ>

<<おやすみ>>


何事もなかったかのように毎日のように交わされる挨拶。


綾人は仕事の大変さや達成感を教えてくれる。時には上司と行くお店や取引先への手土産の相談をされて、わたしはネットを駆使して情報を漁りセンスの良い物を伝えていた。


<美園は相変わらずセンスいいなあ助かるよ>


時にはわたしが悩み事を送ると夜中でもすぐに返事をくれたりした。

彼らしい口の悪さで。


でも彼の的確な言葉で悩みが悩みでなくなることが多かった。


<<綾人は悩みないの??奥さんと喧嘩とかしないわけ?>>


<悩みは特にないけど、昨日喧嘩した!体調悪いときにはみかんゼリー食べたいのに買ってこなかったから>


<<こどもかっ!!笑>>


スーパーでみかんゼリーを買って冷蔵庫に入れる。


結局綾人を手放せないのだ。


毎日のやりとりが私の精神安定剤になっている

好きな人とのやりとり。

相手は私であって私ではないのだけど…


<<ねえ綾人。ほぼ毎日のようにあなたとやりとりして奥さんは嫌じゃないかしら>>


<大丈夫だろ。俺にとっておまえとの時間は救いになってるんだ。仕事も頑張れる>


<<わたしもそうなんだけどね>>


<それよりさ、この前風邪引いた時みかんゼリーが買ってあってびっくりした笑

おまえのおかげで心に余裕ができて家での態度が良くなってるのかも>


そう。最近の綾人は機嫌がいい

そしてまたどんどん綾人を好きになる。

好きな人が目の前にいる。それだけで幸せなのだけど

彼の好きな人はわたしではない。

復讐のつもりが、そのタイミングを完全に失ってしまっていた。



綾人はわたしの初恋の人なのだ。

高校生の頃、廊下のロッカーにもたれて友達とケラケラ笑っている姿に一目惚れをした。

サッカー部のキャプテンで彼の周りにはいつも誰かがいた

わたしはわざとその廊下を通る事でしか近づけなかったし言葉を交わしたこともなかった。


それがあの同窓会の日。

受付で名札を探したのだけど見つからなくて困っていたら、なんと綾人の名札に重なってついていたらしく受付に戻しに来たところで会った。


「ごめんごめん麻生さん名札重なっちゃってたみたい」


私は無言で受け取ってしまった。

名前知ってたんだ。。。

顔知ってたんだ。。。


そのままなんの会話もできないまま同窓会は終わり。


その数ヶ月後、友達に誘われて行った大学のサッカー部の試合で偶然再会した。


「おー!!麻生さんじゃん!!俺の応援にきてくれたの??」


「濱嶋くんここの大学だったんだね知らなかった笑」


「あれ?大学一緒???全然知らなかったねー!これからはちゃんと俺を応援しろよ!」


そのまま試合の打ち上げに参加して、その後何回か大学で会って付き合うようになった。

大学で会ったのは決して偶然ではなく、さりげなく待ち伏せしていたのだ。

あの!あの!濱嶋くんと付き合えるなんて!!

夢のようだった。


彼はあの頃のまま無邪気な笑顔と口の悪さと。


そしてある日子供が出来たと分かって、そのまま入籍した。


私にしてみたらラッキーだった。

安全日と聞かれて嘘をついたのが当たったのかもしれない。

なんとしてもこのまま自分のものにしたかったのだ。


子供が3歳になる頃には彼は疲れていた


仕事の忙しさや子育てに奮闘している私の相手にも疲れてストレスが溜まっているのは分かっていた。


そんな頃私宛に宅配便が届いたのだ。


中にはパスワードの様な文字が書かれているメモとiPhoneが入っていた。


なぜそんな得体の知れないiPhoneを捨てなかったかというと、ふと触れたときに画面に映し出された写真が綾人の顔だったから。


パスワードを入れて画面を開く。

LINEのアイコンに4の数字。

無我夢中でWi-Fiにつないだ。

LINEを開くと、ここから未読の下に

<ごめんすっかり遅くなっちゃったけど、ラストフライトおつかれさま!今何してるの?俺は色々あってやっと新しい職場見つけたとこ!>


綾人の感情が少しずつ冷めていっていることを感じてはいたのだけど、ここまで明らかになると悲しみ、絶望、怒り、悲しみ…が無限ループでやってくる。 


そしてここからわたしの復讐が始まった。


iPhoneの送り主は竹内美園

同じ高校の同級生。

綾人と同じ中学からの富裕層組で高校から編入のわたしたちとは一目で違いがわかった。

LINEにはそんな彼女とのやり取りだけが残っている。


LINEの他にメモに残された日記もあった。

綾人との再会を詳しく書いてあり綾人の言葉に一喜一憂しているのも分かった。

そして美沙子とのランチで天国から地獄へ堕ちたことも手に取るように分かった。

彼女は悪くない、悪いのは綾人だ。


彼女はなんのためにこれを私に送ったのだろうか。

わたしに復讐をしたいから?

それともわたしに復讐をさせたいから?


彼女の連絡先は書いていなかったし、知ろうと思えばどうにかして知れるのだろうけどそうするつもりもなかった。

彼女もそれは分かっているのだろう


そのLINEを暗記するほど読み返してしたら

<おはよー!>


と新しいLINEが届いたので心臓が止まるかと思った


恐る恐る返信してみる


<<おはようございます>>


そこから奇妙なやりとりが始まった。


貴重な証拠を使ってどうにか復讐をしたかったのだが、どんどん綾人とのLINEにはまっていってしまった。


綾人の態度がつれなくて落ち込んでいる時は、それとは違う別の悩みを打ち明けて相談に乗ってもらい癒された。

綾人が風邪を引いた時に喧嘩した原因がみかんゼリーだと知った時は、笑ってしまった。

こうして綾人の悩みや仕事の大変さ最近食べた夕飯などが手に取るように分かるようになって、タイミングよく言葉をかけられるようになり、

冷めていた綾人の気持ちも少しずつ戻ってきているようにも感じた。

綾人も架空の竹内美園とのやりとりで癒され、わたしに優しくできるようになってると言っている。


これは復讐なのか。


自問自答しながらもこの関係をやめられずにいたある日


<なあ、会えないか?>と言ってきた。


<<なにどうしたの急に>>


<なあ、会えるよな!今日偶然美沙子に会って美園の話になって。>


<<どういうこと? わたしとのこと話したってこと?>>


<そんなことじゃないよ。 そうじゃなくて。そんなんじゃなくて>

< 美園は去年亡くなったって…>


<美沙子がそんな嘘をつく理由も分からなくて、何言ってんだよ俺連絡とってるよ!って言ったら。仕事の帰りに事故にあったんだよって。>


<おまえだれ?>


わたしは膝から崩れ落ちた。

凝視していたiPhoneに涙がこぼれ続けた

なんの涙なのか分からない…わからないまま止まらずに溢れてきた。


涙が乾いたころiPhoneを初期化した。




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リベンジ  後編 神野さくらんぼ @jinno_sakuranbo

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