これからのこと
入浴を済ませたレオナは二人に食事を振舞うことにした。ぱぱっと手早く料理を済ませて、テーブルに作った料理を乗せる。
「お腹すいてるでしょ、どうぞ」
笑顔を浮かべるレオナに対して、ダスティンは憮然とした表情をしている。ダスティンは風呂上りだからかフードから顔を晒している。
年齢は三十台前半ぐらいだろうか。吊り上がった眼は研ぎ澄まされた真剣と思わせる迫力があった。
「……これを食えというのか?」
「ん? 当たり前じゃん?」
何を当たり前のことをというようにレオナは答える。
ダスティンは目を細めて目の前の料理と呼ばれる異形の物体を眺めた。素材がぐちゃぐちゃで何が何だかわからない物体に、得体のしれない紫色のぐつぐつとしたものが振りかけられている。これは調味料的なものなのだろうか。
これは凶獣の餌ではないのか。
浮かんだ疑問をダスティンは打ち消す。栄養を取らねばならないことはわかっている。しかし――逡巡の末、ダスティンはそれを口にいれる。
「どう? おいしい?」
「……貴様の存在は俺が責任をもって駆逐せねばならないという覚悟が決まった」
「そんなにダメなの!」
レオナはショックを受けていた。結構自信はあったのだが。
「レクス、どう?」
「……お、おいしい、よ」
上げた口角は引きつり、目には涙が浮かんでいる。無理をして言っているのは明らかだった。
そ、そんなにダメなんだ。
レオナはがっくりと肩を落とした。
二人が気を遣ってくれたのか、それとも腹が減っていたのかはわからないが料理はすべて空になっていた。食器の後片付けをして、あとは寝るだけとなった。
そのタイミングでレオナはダスティンに声をかけた。
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」
ダスティンは何も答えない。無視しているのか、あえて何も言葉を発しないのかはわからない。が、レオナは後者と判断して言葉を続けることにする。
「あなたたちは何者なの? どうしてここから逃げようとしているの?」
レオナの問いかけにダスティンはまるで聞こえていないかのように宙を見ている。どうやら答える気はないようだ。
まいったな、と思う。一番知りたいことを答えてくれないらしい。
「じゃあさ、あのバズって人が言ってた適応器て何なの? なんか腕輪がぴかって光ってたけど」
ダスティンはレオナが言葉を終えたタイミングで何かを投げてきた。レオナがそれを掴む。それは、まさにレオナが言っていたバズの腕輪だった。
「それを装着して、力を使うよう意識してみろ」
言われたとおりに、レオナは腕輪を腕につけて、いつもの要領で意識を集中してみる。すると、まるで脳に電流が走ったような衝撃がやってきた。それが全身に伝わっていき、レオナの体にはかつてないほどの力がみなぎってきていた。
「す、すごい! なにこれ!」
「適応器は人間の脳に働きかけることによって、身体能力の向上を促進させることができる。その結果、人間は凶獣と渡り合えるほどの力を得ることができるようになった。教団兵は全員が適応器を身に着けているから並の人間では歯が立たん」
「な、なるほどね」
よくわからないけど、強くなるってことだろう。レオナはそう認識した。でも、気になることが一つあった。
「あれ、でも、教団兵が並の人間で歯が立たないっていうけど、わたしは五人倒せたんだけど」
「それは貴様が隔世者だからだ」
「その隔世者ってなんなの?」
ダスティンは無言だ。待っていても答えてくれる気配はなさそうだ。
「貴様の力は幼いころから使えたのか」
「うん、スクールに通ってた頃だから十歳ぐらいから使えたかな」
「誰かにそのことを言ったりは?」
「してないよ」
「賢明な判断だ。忠告しておく、その力を教団兵に見せるな。もし、見せるようなことがあれば貴様は二度とまともな生活を送れるなくなるぞ」
ダスティンの言葉にレオナはうなずく。
ばれたら面倒なことになりそうだな、と思った自分の勘は正しかったようだ。しかし、こんな忠告をしてくれるとは意外と優しいところもあるのだろうか。
「……質問は終わりか?」
「あと一つだけいい? 明日からあんたたちはどうするの?」
「ここから脱出する場所を探す」
「その傷で?」
レオナの指摘にダスティンの目が細められた。
余計なことを聞くな、という思いが目にこもっていた。が、レオナはずっと気になっていたのだ。ダスティンの脇腹のあたりの服がかすかに血に滲んでいることに。
教団兵との闘いで追った傷ではないだろう。おそらく以前から、その傷はあったはずだ。
「ここでゆっくりしていけば? わたしは禁止区内じゃそれなりにお金を稼いでるほうだから、生活のことは心配しなくていいよ。それに、脱出する場所もすぐに見つけられるもんでもないでしょ? その間に休む場所も必要なんじゃない?」
「いいのか?」
「あんたらは命の恩人だからね。それぐらいのことはしなきゃね」
命の恩人ではあるが、殺されかけたことも間違いない。が、それは口にしない。
ダスティンは壁にもたれかかり、目をつむる。ベッドで寝れば、とレオナは言うが答えは返ってこない。いつでも気を抜かないように臨戦態勢ということなのだろう。
「レクス、わたしたちはこっちで寝ようか」
「あ、……ありがとう」
遠慮がちにおずおずというレクスの顔を見て――
ふいに、お母さんという声が頭に響いた。
まだ十歳ほどの自分。ベッドに寝ている母。その顔は蒼白で痩せこけて、もう命は長くない。そんな母に自分はすがっていて。
「どうした、の?」
その声ではっとレオナは現実に引き戻される。
「うん……何でもない」
レクスの手を取ってレオナはベッドに入り込んで横になる。
母のことを考えるなんて何年ぶりだろう。もう長らく考えたこともなかったのに。レクスを見ていたせいだろうか。
しかし、妙なことになったな、とレオナは思う。もとはこの禁止区から脱出する予定だったのになぜ見知らぬ二人と家で寝ることになったのだろうか。
ダスティンは肝心なことを話してくれない。おそらく、レオナに彼から話すことは絶対にないだろう。
それならば。自分で調べるしかないだろう。
まどろむ意識の中でレオナはそんなことを考えていた。
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