情報

 目を開けると小鳥のさえずる声が聞こえてきた。レオナは上半身を起こす。レクスはすーすーと寝息を立てていた。起こさないようにそっとベッドから出る。ダスティンの姿はどこにもない。

 脱出ルートを探しに行ったのだろう。

 朝食を食べてから、レクスの分も作ろうとして考える。

 昨夜の様子を見ると、自分の料理は大分不評らしいからだ。

 

 どうしようかと考えて、結局レクスの分も作っておいた。ないよりはましだろうという考えだ。身支度をすませて、レオナは家を出た。

 

 街路を歩きつつ、レオナは表通りから裏通りへと移動する。人気のない通路を4,5分ほど歩いたころだろうか。ついに目的地へとたどり着いた。

 レオナの前には見るからにさびれた店が立っていた。看板はところどころ塗装が剥がれ落ちて、なんと字が書いてあるのか読めない。廃墟といっても差し支えない外観である。


 ドアを開けて店に入る。その瞬間、ほこりが舞い上がった。虫がかさかさと動くのが見える。


「モレドさん、いるー?」


 レオナが声を上げると、カウンターのおくからのっそりと煙草を口にくわえた男が出てきた。歳は四十代ぐらいだろうか。世の中の酸いも甘いも甘いもしったどこか退廃的な雰囲気をまとっている。


「なんだレオナか」

 

 モレドは露骨にがっかりとした声をもらした。モレドはダスティンと同じく放浪人で禁止区の人間ではない。

 レオナとモレドが出会ったのは一年程前だったろうか。レオナが客としてモレドを誘ったのではあるが、説教をされたのだ。うっとうしいと思ったが、どうやらモレドには幼い娘がいるらしく年頃の娘がそういうことをするのが嫌だったようだ。

 

 それだけならレオナとモレドの関係はそこで途切れたのだが、彼は外の世界にやけに詳しかった。放浪人と気づいたのはそのときで、レオナは放浪人と会うのは初めてだったので彼からよく外の世界についての話をねだった。

 レオナがこの禁止区から強く出たいと思うようになったのは、彼が原因だった。


「わたしで悪かったね。ところでルカちゃんとは連絡とってるの?」


 ルカとはモレドの娘の名前である。その名を言った瞬間、モレドが苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「こんな場所にいるのに、連絡なんてとれるわけがないだろう。で、用件はなんだ?

世間話をしにきたわけじゃないだろう」


 モレドが顎をしゃくる。どうやらこちらの考えはお見通しのようだ。レオナとしては、話が早くて助かるが。


「――情報を教えてほしい」


 表向きは雑貨屋を営んでいるモレドの裏の顔が情報屋だった。禁止区内でもそれを知るのはわずかでレオナがそれを知ったのは偶然といってもいい。情報屋としての腕は確かのようで、この禁止区では一番の情報通とされている。


「やはり用事はそれか。お代は?」


 レオナは紙幣をカウンターの台に置いた。それをモレドはさっと素早く手に取り、


「どんな情報が知りたい?」

「子供連れてる大人の男の素性が知りたい。わかる?」

「子供連れの大人……ね。悪いが知らないな」


 レオナはがっくりと肩を落とした。ここに来れば何らかの情報が手に入ると思っていたのだが。空振りだったか。

 気落ちするレオナに、


「あー、だがそれと関係あるかは知らんがどでかい情報ならあるぜ」

「どでかい情報?」

「聞いてくか?」


 こくり、とレオナは頷く。


「教団区に研究所があるらしいんだが、その研究所から重要なものが盗まれたらしい。で、教団はそれを血眼になって探しているようだ」

「重要なものってなに?」

「そこまではわからない。なんでもゲオタヤの今後の行く末を左右するほどの大事なものらしいがな。盗んだ奴はいまだ捕まってないらしい」


 モレドの言ったことを考えていると、


「俺の情報は役に立ちそうか?」

「うん、ありがとう」


 気のない声で返事をして店から出ようとしたときに、


「あんまりヤバい橋は渡らないほうがいいと思うぞ。まだ若いんだ。この禁止区はくそったれた場所だが、ここで幸せを見つけるのも一つの人生だとは思うぞ、俺は。命あっての物種だ。脱出に失敗して助かったのは運が良かっただけだ」


 モレドの声を聞いて――レオナは身を翻してモレドに詰め寄る。


「な、なんで、あんたがそのこと知ってるの!?」


 レオナがこの禁止区から脱出しようとしていることは誰にも話していない。ダスティンとレクスがあのことを人に話すとも思えない。なら、モレドはどうしてこのことを知っているのだ。


「ははっ、わかりやすいリアクションだなあ、レオナ。一つ忠告しておいてやる。教団兵の前でそんな反応をするなよ。一発で捕まるぞ」

「そっ、そんなことわかってるよ」

「なら、いいが。俺は情報屋だ。なんでも知ってるんだよ」


 にやり、と口をゆがめてモレドは笑いながらカウンターの奥へと消えていった。


 レオナはモレドをぽかんとして、見送ることしかできなかった。

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