凶獣

 風がレオナの髪を薙いでゆく。廃棄区の上層にレオナはやってきていた。階段を結構な高さ上がったからか、見晴らしは悪くない。傍にはレオナが運んできた教団兵の死体が転がっている。

 隣にはレクスがいる。眠たいのかさきほどからうつらうつら、と舟を漕いでいる。その姿が何となく微笑ましくて、レオナはじっと見ていた。


 かんかん、と鉄の階段を上がってくる音がしてダスティンが姿を現した。両手に教団兵とレオナを裏切った男を抱えている。死体をどさり、とダスティンは落とした。


「女、貴様、男二人を抱えて息も切らしていない。もしや、隔世者か?」


 レオナは首をひねる。隔世者とは何のことなのか。バズも同じことを言っていた。おそらく自分のこの不思議な能力と関係しているのだろうが。


「……知らなそうだな。まあいい」


 ダスティンは息を吐き、バズの腕から腕輪を外した。


「死体をここまで運んできたのはいいけど、これからどうするの?」

「下を見てみろ」


 下、と首をかしげて言われたとおりに下を見て――レオナはぎょっとした。

 上層の下から見る景色は森林が広がっており、その中に明らかに異彩を放つ生物がいた。四つ足で歩き体毛に覆われたそれは狼に酷似している。違うのは夜でも赤く輝く目だ。


「あれって、凶獣?」

「そうだ。ここはゲオタヤの外壁近くだからな。凶獣がうろうろしている。だから」


 ダスティンは教団兵の死体を次々と放り投げた。


「死体は凶獣が処理してくれるというわけだ」

「なるほどね。で、あんたらはこれからどうするの?」

「ここで寝る」

「は?」


 レオナは思わず間の抜けた声をあげた。


「冗談でしょ?」

「俺は冗談を言わん」

「いやいやいや、正気?」


 ここは廃棄区画だ。禁止区のあらゆるゴミがここに送られてくるわけで、その匂いと言ったら半端ない。少々、慣れてはきたもののここで一夜を過ごすなど常軌を逸しているとしか思えない。


「気にしなければ問題あるまい」

「そういう問題じゃないから」


 レオナは額に手を当てた。


「じゃあさ、わたしの家に来る? 寝るところはあるし」

「断る」

「即答かよ」

「貴様に借りを作るなぞごめんだ。関わりたくもない」


 それはこちらのセリフだ、という言葉を飲み込む。この様子だとダスティンはレオナの言うことを聞きそうにない。なら、


「レクスもここで寝かす気? あんたはいいかもしれないけど、子供をこんな場所で寝かせるなんて正気とは思えないけど」

「む」


 ダスティンは考え込むように顎に手をあてた。時間は流れて――


「世話になる」


 ものすごく嫌そうな声でそう言った。


 我が家に帰った瞬間、レオナは温かな気持ちが広がった。本当はもう帰ってくる予定はなかったが、そのことは置いといても今日は何度か死にかけた。自分の住まう場所に返ってきただけで、生きているという実感がわいてきた。

 

 レオナに続いてダスティンがぶすっとした表情で、レクスがおずおずと申し訳なさそうに入ってきた。

 ダスティンは家に入るなり、その場で足踏みし考え込むように手を当てている。


「ん? どうしたの?」

「……いや、なんでもない。それより、貴様の両親は?」


 なんとなくダスティンの様子が気になったが追及はしない。どうせ、答えないだろうし。


「父さんのことは知らない。多分、どっかで野垂れ死んでるんじゃない? 母さんは六年前にゴバニーで死んだ」

「……悪かった」

「別にいいよ。禁止区じゃ親が死んでるなんて珍しいことじゃないから」


 それよりもレオナには早急に解決するべき問題があった。それは、


「わたしたち臭くない?」


 あんな不衛生な場所にいたのだ。匂わないわけがない。おまけに服がべとべとして気持ちが悪い。


「臭いのは貴様だけだ」

「失礼な。これでもわたしはフローラルな女ですー。さて、お風呂に入るとして全員一緒でいい?」


 ダスティンは憮然として、レクスは顔を赤くしている。

 かわいい反応だなー、などと思っていると。


「却下だ」


 ダスティンがレオナの言葉を斬り捨てた。


「なぁにぃー? もしかして、恥ずかしいとか?」


 レオナがからかうと、ダスティンからとてつもない殺気が放たれる。


「はいはい、ごめんなさい」


 両手をあげて、レオナは謝罪する。


「俺とレクスが先に入る。貴様は最後だ」


 吐き捨てるように言って、ダスティンはレクスを抱えて風呂場の入るほうへと向かっていった。その姿を見送りながら、


「一緒に入ったほうが手間が少ないんだけどなー、まあ仕方ないか」


 レオナは肩をすくめて、ソファーに座った。


 


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