出会い2

 レオナと少年は無言で歩き続けていた。少年から言葉を発する気配はない。


「ねえ、お家どこかわかる?」


 無言。


「お母さんかお父さんはどこにいるか知らない?」


 無言。


 困った。もし、待ち合わせをしていたならばレオナは余計なことをしたことになる。しかし、あのまま放っておくわけにもいかなかった。入れ違いになった可能性もあるが、とはいえ今更戻るのも。


 それに、レオナには緊急の用事があった。まずはこれを対処しなければ。そわそわしつつ、視線を彷徨わせていると――公園を見つけた。


 ぱっと顔を輝かせるレオナ。


「いい? あそこに椅子があるでしょ? そこに座って待ってて。すぐ戻るからさ」


 言い終わるや否や、レオナはそそくさとトイレへと向かう。そして、トイレへと盛大な吐しゃ物をぶちまけた。何もかもが限界だった。


「ふぎゃあああああああああああああああああ!」


 トイレの床に倒れ伏して、両手で腹を抱えてのたうち回るレオナ。

 全身が熱い。特に喉と胃は灼熱の業火に焼かれているかのようなひどい激痛が絶え間なく襲ってきていた。

 

 誰よ! あんな飲み物を考えた奴は! 絶対に正気の沙汰じゃない! 狂ってる!


 どのぐらいのたうち回っただろうか。ほんの少しだけ落ち着いてきた。これ以上、少年を待たせるわけにはいかない。立ち上がり、レオナは激しく息を吐いていたが呼吸を落ち着ける。


 よし、と気持ちを落ち着けてトイレから出た。少年は言いつけたとおりにベンチにちょこん、と座っていた。

 

 少年の隣に腰かけて、レオナは今後のことを考える。

 自宅に連れて行くのがベストだが、レオナは明日ここから脱出する身。自分がいなくなった後、少年の行き場所がない。カレルとポポリンに見てもらおうかとも考えるが、預けて自分だけいなくなるのはあまりにも無責任すぎやしないだろうか。

 

 いっそのこと、自分と一緒に一般区に脱出させるか。浮かんだ考えにレオナは苦笑する。ありえない。あの男も納得しないだろう。


 となれば、一番の選択肢は、


「教団に行ってみる?」


 こういうケースの場合教団兵に預けるのがおそらく一番いいのだろう。レオナとしては教団兵なぞ関わりたくもないが、この際わがままは言っていられない。

 そう結論付けて、少年の顔を見た瞬間。


 少年はがたがたと体を震わせた。顔は蒼白になり顔が恐怖でひきつっている。そして、レオナに懇願するように顔を真横に強く振る。


「わかった。教団には行かないから」


 答えを聞いた瞬間、少年はほっとしたかのように全身の緊張をといた。


 驚いた。まさか、こんなに過剰に反応するとは思ってもみなかった。よほど、教団にひどい目にでもあわされたのかもしれない。

 そうなってくると、もはや打つ手がない。

 しばし、考えて――仕方ない。気は進まないが、もう一度あの酒場に向かってみよう。現状、この少年に関することはあの酒場にいたということぐらいしかない。

 

 レオナは立ち上がって、少年の手をとろうとして。

 気づいた。少年の視線がどこか一点に注がれていることに。

 レオナは少年の視線の先へと目を向けた。

 そこには、一人の男が立っていた。全身をフードで覆っているので、顔は見えない。禁止区ではそんなに珍しい格好でもないが、男のまとう雰囲気はどうにも刺々しい気がした。


 少年はその男をじっと凝視しており、男も動く気配がない。


「えっと、知り合い?」


 こくり、と頷く少年。父親、ではない気がする。どういう関係なのだろう、この二人は。いや、詮索することではないのか。

 それよりも、レオナは男に言いたいことがあった。


「あんた、この子の保護者? 子供をあんなところに置いたらだめでしょ。もっと他に場所があったんじゃないの」


 文句を言ってやろうと、レオナが男に近づいたときだ。男の右手が腰へとのびた。フードの下には鞘のようなもの見えて――


 レオナの首が宙を舞った。


 首と胴体が切り離されて、レオナは不思議な気持ちでそれを見ていて。

 

「――えっ」


 レオナははっと我に返った。男は腰に手を添えたままの姿勢だ。レオナは慌てて、自分の首を触る。つながっている。だが、確かに自分の首が切断されたことは覚えている。今のは一体。


 男に目線を向けて、


「ひっ」


 レオナはひきつった声を上げた。男の目はまるで爬虫類のように無機質で感情を感じさせない目だ。

 おそらくさっきの現象は、こいつの殺気にあてられたのだ。レオナは本能的にそれを悟った。

 

 その場に崩れ落ちる。

 

 駄目だ。こいつは明らかにやばい奴だ。絶対に関わっちゃいけないタイプの人間。レオナなぞ赤子をひねるように簡単に殺されてしまう。逃げようと思うが、足が震えて動いてくれない。

 絶望的な気分で男から視線を外せずにいると、


「ダメ、だよ。……この人、助けてくれた。いい人」


 たどたどしい言葉で少年が男に言った。


 喋れたんだ、とレオナはこの状況でのんきなことをことを考えた。


「そうか」

 

 男はそれだけを言って、レオナに背を向けた。


「行くぞ、レクス」


 男は少年――レクスの手を引いて、歩いていく。レクスは公園から出るときに、ぺこり、とレオナにお辞儀をした。


 二人が立ち去ってからも、レオナはその場にじっとしていた。完全に酔いは醒めていた。

 何だったのだろう、あの二人は。まるで狐にでも化かされたような気分だ。

 

 ぼんやりとしていたが、レオナは意を決したように立ち上がった。どこか釈然としないが、レクスの連れは見つかったのだ。これでよしとしよう。

 それよりも、自分のことだ。明日は大仕事なのだ。そのことに集中しなければ。


 ばいばい、レクス。


 心の中でレクスに別れを告げて、レオナは自宅へと歩を進めた。

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