第120話 フィルムの街に帰還して過ごした最後の5日間

 若月は、グッッッ~とスカートの裾を握りしめ画面を見つめていた。


 この画面で見たことは、この街に来てから、マスター……丈二達と出会ってから、自分がここ数日で知りたいと思ったことがある程度詰まっているのかも知れないと、思考を巡らす。


「ここまで見てしまうと、分かったかもしれないっすけど、ジョジさんや黒猫がまだ若ちゃんにこの話を見せようとしなかった訳、あたし達が見せるべきだと思った訳は、ここにある感じっす。」


「そう……ですね。」


 結局のところ、丈二も八木もケレースも、そしてツブとバフォメットの悪魔も、自分を犠牲にすることで街を救うことが『女神』に謁見したことで、その思いが叶った訳だ。


 そして、この世界は地球との裏表以外にも『異世界』に神を介して繋がることが可能であって、その最たるものが、自分のご主人様となったこの『黒猫』の存在なのだ。


 その流浪の存在が、その存在意義を捨て「マリダ」という元主人を助けた。

 いや、ここまでのところ、助けたらしいということだ。


 チラッと黒猫のツブを見ても目を逸らされ、欠伸をしている。


 でも、そうか。

 今改めて、仇を取るような眼をしてあの森に向かっていった「チームみたらし団子」の面々の覚悟が分かる。


 あの猫の危険感知は何を差すのであろうか……確認せねばならない場所で、それが居場所を『フィルムの街』を守るのだ。


「ケレースさん。それでこの後の映像は流さないのですか……?」


 考えをまとめれてはいないのだけれど、少なくとも自分のご主人様となったこの愛すべき黒い猫の悪魔の覚悟を見届けたかった。


 ◇


「ここからの映像はないっす。というか『異世界間』の行き来の場面を記録として残すことは『理』に触れるっす。本来なら、これらの記憶すらも危ういんす。」


「そう……ですか。残念です。」


「まぁ、でもどうなったかくらいなら僕が教えてやるにょ。」


 ツブ猫が珍しくも丁寧に最後の顛末を話し出す。




 ※ ※ ※


 フィルムの街に戻った丈二達は、まず今回の被害者となった組合職員のふたりの亡骸を神殿に納める。


 これ以上の死者への冒涜をネクロテイマーであるゼアス・ピオンにさせないこと、また、遺族への追悼の念を込め、神殿がその神格的な立場で送り出させるためであった。


 神官長は、神殿長にすべての顛末を伝え、バフォメットについてどう扱うべきか協議に入る。

 併せて……マリダを一時の安静のため、清める許可を貰う。


 許可を経た神官長はマリダのことを、『孫』であり弟子であるベンジーにすべてを託す。


 神殿は、持てる力を注ぎ清められたマリダを、月桂樹の葉を入れ、蔦で編んだ長いロープを全身に施して、彼女の家に送り届けた。

 

 彼女の延命を担うことを引き受けたベンジーは「バフォメットの魔核」を、ツブ猫と八木とケレースの力を借りてタリスマンとして装備して臨むこととなった。


 それは、バフォメットの申し出で、「自らの分体の悪意を抑え込むのに力を貸したい」とあったからに他ならないが、ベンジー自身も与えられた5日の内、残り4日を結界で抑えるだけの魔力がないことを自覚しており、律儀な男は無言で魔核に頭を下げて頼んだプライドの先にある決断。


 移動中の抑え込みもバフォメットの魔核が担っており、こと祖母マリダについての功績が誰よりもあったのは、その呪いの元凶となるこの悪魔であったことを考えると、ベンジーはきっと複雑な思いで、彼に頭を下げたのは容易に想像がつく。


 マリダとツブ猫、そしてベンジーは、お互いがお互いを思うことで、そこからの3日間を、邪魔されることなく、ゆっくりと穏やかに過ごすことが出来た。



 ※ ※ ※


 一方、その3日の間に、丈二達は領主と組合と顛末を報告を交えて話し合いを密にする。


 そこで話し合われたこと、それは当然、領主の息子ラスルトの正体であり、その最後も含まれる。


 あの事件を起こし、帝国に逃げ応した頃から繋がりを持ち続けているゼアス・ピオン……。

 領主としても思い出したくもないあの事件が、懸念をした……してしまったとおり、忌々しいピオン家の呪いのように、ラスルトまで彼の狂乱に魅了されていた。


 そして、自らのスキルを彼に差し出すために、命とともに死を選んだという事実。


 領主は、その話を聞いたとき、激しく嘔吐した。

 そこで1時間程の小休止となったのだが、それで持ち直して話し合いを再開させたところは、領主として、フィルムの街の守り手として、流石であったと言わざる得ない。


 とはいえ、ジアス・ピオンの目的は『悪魔の力』を手にすること。その先は自分がうんざりとしたこの街フィルムの滅亡と、ゆくゆくは王国の滅亡。


 その為のマリダへの「マーキング」であるのだが、それは、『女神の力』で回避が可能であり、彼の目的は一時だが数日後には潰えることになる。


 ここで、問題となったのは「悪魔バフォメット」をどうするのか、ということとなる。

 ここから、丈二とカットレイ、そして神官長までもが、バフォメットを敢えて復活させ、共存することを提案する。


 この街が最も栄えたころから、悪魔を封じてきている領主の家の者として、彼はなかなか首を縦に振らなかったが、「万科辞典」の検索能力と通信力、そして全員がONにした「交渉術」と、彼らが得意とする情報スキルを最大限に活用したチームプレイ。


 特に、神官長の歴戦の知識が加わったことは、領主に対しては絶大の力を発揮する。


 まずは、マリダを救うために、街一丸となって彼女を送り出すこと。

 そして、その後に「悪魔バフォメットの魔核の意思」をカットレイに憑依させて、どうすることが最良であるか、交渉の席を設けることで話は落ち着いた。




 ※ ※ ※

 

 尚、この話し合いの後の、丈二達の会話については、彼ら自身の契約の中でのやり取りのため、映像として残っているようだ。


 ここで、女神ケレースは、その後の話を丁寧にしてくれているツブ猫に一言断りを入れて、その映像を若月に見せてくれる。


 ◇


『なぁ、八木君よお……。』

『どした?』


『良くわからんが、今日俺達は勝ったんだよな?』

『ん。結果的に勝ち……なんじゃね? 』


『ゼアスについては、今後俺達も頑張るにせよ、街の問題だし、そっちはいいのだけれど。』

『マリダさんかぁー。』


『そだなぁー。何かあの黒猫が報われないかなーって思ってな。それでな、軍手でまだ耳栓出来るんだけど……。』

『お? 何か悪巧みのときのじょっちゃんの声色だなぁ。』


『実は……』(ごにょごにょ)


 その会話の映像を見ながら、若月は自然と「ふふふ」と微笑んでしまう。


 「この人達らしい悪戯だな~」と、若月は思いながら、「この映像をケレースが自分に見せるということは、きっと、そういうことなんだろう」と、久しぶりに胸が躍る思いになる。


 同じくスッキリしなかった「マリダを救うための対価」について、この、ちょっとした『悪戯』が成功したときのことを思い浮かべる若月の、それまで沈んでいた瞳の輝きは、何時もの少女らしいキラキラした輝きに戻っている。


 その瞳の奥にあるそれを見て、黒猫の悪魔も女神ケレースも「御し難い」と、優しい目をして笑顔を見せる。


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