第118話 僕の半身がその役目担うにょ

『女神ども、すまないにょ。恐らくは僕だけは、その『理』の外にょ。だからその役目を僕が担えないかにょ。お願いにょ……ばあちゃんを助けたいにょ。』


 聞こえてくる黒猫の悪魔の声―――。


『どういうことっすか? この世界に生あるものが何故この部屋の……おかあさまの力を超えて話しかけてくるんすか?』


 ケレースには皆目見当もつかない事態にたじろう。


『まさか……あなたは?』


 その女神オプスの言葉と驚き、不本意ではあったが女神ケレースは展開を見守ることにする。


 ◇


『そうにょ。記憶が曖昧だけど、恐らくあっちの世界の生まれ変わりにょ。』


『!? やはりあの時の……子供の?』


『記憶が薄くて「そう」とは答えれないにょ。でも、女神のお前がそう思うならきっとそうにょ。』


 恐らくは「あっちの世界」の人間の生まれ変わりという黒猫。

 確かに彼には前世の人間の記憶が……子供の頃の僅かな記憶が残っている。


 ある意味『異世界転生』なのだが、それは丈二達の地球からではなく、先程女神オプスの言った「世界樹」で繋がる世界から。


 そして、正確にはそれは人間の子供ではなく『精霊の子』。


 色々な世界を渡り歩くことが出来る稀有な旅人の精霊。


 地球では、悪魔ビュレットとして西洋で知られる存在であったと同時に、沖縄地方で言われる『ギジムナーの精霊』も彼であり、そこでの記憶は混濁して、「海の見える家」の子供の頃の記憶として定着しているに過ぎなかった。


 ある世界では、世界樹を守る精霊として。

 ある世界では、『桜』が頭に咲く動物たちの守り神として。


 ある世界では、ソロモン王がが封印した72人の王達の首領として。

 ある世界では、悪戯好きな海の精霊として。


 そして、この世界では『黒猫の悪魔』として、彼は存在してきた。


 彼自身も彼の記憶の混濁に左右されているにせよ、自分の存在理由くらいは魂に刻まれており、ある意味で女神オプスが提示した条件に当てはまることを知っている。


 だから、自分になら女神ケレースの分体に代わり、マリダを『異世界に転移』させて見守ることが可能であると思い女神達に声を掛けている。


 ―――それに、今の自分は悪魔だ。


『僕は悪魔で精霊にょ。この世界の聖霊ではないにせよ、お前達と同じように意思も身体も『分体』になれるにょ。だから!!』


 そのひとことで、女神オプスの思考は新たな可能性に気が付き、それが実現可能か模索する。


 ◇


『なるほど、それなら……可能性はありますね。ただ……。』

『何にょ?』


『あちらの世界に行くのは「あなたの半分」を要求します。』

『半分? にょ?』


『ええ、あなたの記憶も力も全てふたつに分けどちらも分体ではなくなる。そう、永久に分かれる存在で、元には戻りません。ある意味で『神々』の力を持つあなたの存在は、この世界では『永遠に悪魔』で、あちらの世界では『永遠に精霊』です。それでも構いませんか?』


『そんなのでいいなら……それで、ばぁちゃんが救えるならそれで構わないにょ!』


『ツブ猫、よく考えるっすよ。おかあさまのこの条件……半分のお前は、永遠にマリダと会えないことを意味するし、残りの半分は、人間の……そして老婆の余生10年余りの為にあちらに残ることになるっすよ? それに……。』

 

 女神ケレースのは、母である女神オプスを見る。


『ええ……、あちらの世界では永遠に与えられる『精霊』としての仕事があなたを待っています。それは、あの老人が余生を過ごした後もずっと続きます。更に……。』


 女神オプスは、この優しい悪魔を考え言葉を詰まらす。


『更に……あなたの半分が行く世界と、あなたが守りたい人が行く世界は『別の異世界』です―――。』


『にょ! 見守れるって言っていたじゃないかにょ!!!』


『それは、ケレースが行った場合です。あなたの場合は、あなたのいく世界世界に親和性が強いのです。そちらに依存される代わりに、その世界の『世界樹』が別の世界の『世界樹』を介して、彼女をそちらに送り届けるイメージ……といえば分かって貰えるでしょうか。』


『でも……それじゃ、ばあちゃんはどうやって生きて行くにょ。』


『それは、同じ世界に行けたとしても、あなたが出来ることはかわりませんよ。でも安心なさい。彼女の行く世界は―――『桜』が頭に咲く動物のいる世界です。』


『にょ!! なら……あいつが、あいつが居る世界かにょ!?』


『この会話で少しづつ思い出してきたようですね。そうです。あの方なら……と私は思っています。』


『あの……犬……いや狼なら確かに……にょ。』


 マリダの余生は見守れない。だけれど、それならばと黒猫の悪魔は決心する。

 そして、「あいつ」の居る世界にと、配慮してくれた地母神の優しさに感謝する。


『う……えっぐ……うぇっぐ……地母神女神オプス。その優しさに感謝するにょ。』


 救える道が見え、事が切れたかのように泣きじゃくりながら、黒猫の悪魔は、女神にお礼を先に伝える。

 そして覚悟の言葉を口にし、女神に誓約をする。


『―――僕が、僕の半身がその役目担うにょ!!!!!』


 

 その瞬間―――黒猫の止まっていた意識以外の時間が再び動き出す世界。


 ※ ※ ※


 目を開けると、苦しんでいるマリダの姿が目に映る。

 ゆっくりと感じられる時間の流れ……。

 そして、困惑している丈二達、一蓮托生の脳内会議の面々の顔。


 黒猫の悪魔ツブリーナは感じる……地母神女神オプスとのみ繋がっているパスを。

 

 脳内会議で繰り広げられている「何が起きたのか」を話し合っている慌らだしい声を掻き消すように、女神オプスの声が聞こえてくる。


『黒猫の悪魔よ。5日だけ時間を与えます。この者たちの記憶を消して彼女を異世界に向かわすことは出来ません。それは、彼女も然りです。十二分に説明をして、憂いなくこの世界から旅立つように努めなさい。きっと……それが、残された者を救うことに繋がります。』


 まさに悪魔に降りる神託の言葉―――。

 その『歪』な繋がりにお互い少しだけむず痒い。だから黒猫は敬意を示し、女神は旅立ちの為の配慮をする。


『地母神よ。別れの時間を作ってくれて感謝するにょ。』


『彼女の……マリダの苦痛は、彼の弟子ベンジーに相談することを進めます。彼ならその苦痛を5日程度なら和らげることが出来ます。』


『何から何まで……すまないにょ。』


 突然泣きじゃくる黒猫に、丈二達は驚く。


 苦痛の中で彼を心配するマリダの顔を愛おしそうに見つめる黒猫。

 そして彼は、同じくこの時間軸に戻って憔悴をしている女神ケレースの分体に助けられながら、ゆっくりと……ゆっくりと、そして『理』以外を誤魔化すことなく全てを説明したのであった。

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