第117話 女神の提案と『異世界』
女神ケレースの分体は、本体との接触は許されなかった。
本体との接触により、お互いの意識共有が許されるのであるが、『八木』という地球での相方……契約者を普通に愛してしまっており、この世界から見れば対の世界である地球を管理する者神サートゥルヌスから固く禁じられていたのである。
それを受け、女神オプスは一時的に『箱庭』の管理を担い、本体のケレースは聖霊の地で羽を伸ばしていた。
「分体のあたしは、大丈夫っすかね……。頑張るっすよ。」
女神からしたら瞬きをする瞬間である数か月が、少しだけ長いと考える女神ケレース。
丈二に驚かされて、八木に好感を持ち、悪戯を通してこっそり応援して来たけれど、この件についてはアンタッチャブル。
何せ、『箱庭』には関係のない母である女神ケレースの世界の住人の出来事。
自分の権能が及ぶ「ゲスト」は、関わりのあるだけの唯の傍観者。
「まぁ、曲者と悪魔の『歪』な組み合わせが繋がっているっすから、何とかなるっすよね。ジョジさん。」
風の聖霊ノトス……先の戦いで自分の身を挺して丈二を守った賢狼サニーが、今は帰還している彼女の本体を膝の上に置き抱き着きながら、彼女は自分の『分体』達の女神との交渉の行く末がどうなるのか、祈る思いで待つ。
しかしながら、彼女の思いのひとつ、丈二や八木達の謁見への参戦は叶わないのであるが。
※ ※ ※
長い大理石の石畳が続く回廊を、何時ものお道化た様子は微塵もなく”キリッ”とした面立ちで歩き進める女神ケレースの分体。
女神オプス、自分の母親の待つ黄金の扉の前に着く。
そしてゆっくりと開かれる扉―――。
始まる母との交渉。
「おかあさま、ただいまっす!」
「良く戻りましたね……と言いたいところですが……。まさか貴方がわたくしの世界で起きた事象に干渉してくるとは思いませんでした。」
「そっすよね。覚悟は『全員』して来てるっすよ?」
「そうですか……。」
分体とはいえ、自分の娘の命を懸けたその表情に、女神オプスは複雑な表情を浮かべる。
「もし悪魔が関わっていなかったら、あたしも関りを持つことすら出来なかったっすけどね。」
「そうです……ね。」
「悪魔……おかあさまの短い短い眠りの時間に現れる闇の住人。その住民が住み世界は、この世界のバランスを取る陰の世界―――す。」
「そうね。その世界を司るのも、またわたくし。」
「その表と裏のおかあさまと、正反対の善悪が今ジョジさんの周りで起こっている事態っす。」
「なるほど。貴方はそこを突いて、わたしくしにあの黒猫の悪魔の涙を笑顔に変えろ――と、言うことですか?」
厳しい顔をケレースに向ける女神オプス。
「そっすね……それが出来ないのも分かっているつもりで来ているっす。所詮は人が起こした自分の力を行使した結果でしかないっすからね。」
「はぁ……でも、わたくしの子達が心がなくて、寝ているときのわたくしの子達が熱い思いを持つこの『歪』な状況でもあるのは確か。それは、『理』を外れますものね。」
「あたしがおかあさまと交渉するには、そこしかないっすから。」
「それに……暁丈二。彼を絡めてくるところが、狡猾になりましたね。」
「おかあさま? それを口に……。」
「大丈夫です。この部屋に入ってから「万科辞典」のパスは切れていますよ。」
そう言うと、深く瞑想のように意識を落とし、暫し沈黙を貫く女神オプス。
恐る恐るその顔を覗くケレースは、彼女の地母神としての慈愛ある表情に安堵する。
◇
女神オプスが沈黙を貫き体感的に1時間程過ぎただろうか……。
手に汗が滲み、額には汗の粒が溜まっていることがわかるケレース。
「ふぅぅぅ……」と、大きく息を吐き女神オプスが目を開ける。
「お待たせしましたね。結論から言うと、可能性は見えました。」
「それじゃあ?」
「幸運だったのは、皮肉にも『悪魔』です。この『悪魔』という発想は、この世界の成り立ち『地球における人々の発想』によるものです。その『理』は理解出来ますね?」
「はいっす。マナとは地球の人々の想い、願望、理想から生まれた概念。だから、この世界は地球人の考えるある意味理想の異世界。それが、大きな『理』のひとつ。」
「そうです。だから……。」
女神オプスは、ケレースに提案をする。
地母神として繋がりのある『異世界』には、『悪魔』という概念が異なる。
従って、マリダを『異世界転移』させれば、その呪いは消える。
そして、当然なのだけれど、所詮は人間であるゼアス・ピオンがどうのこうの出来る次元ではない。
その条件は、その繋がりのある者―――即ち、それが考えられる人物、地母神の一端である女神ケレースの分体が、マリダが生きている間、彼女を見守り管理しすること。
『世界樹』……が、神格化している世界の繋がりを活用した『異世界転移』。
その可能性……というか、それは『分体』としての覚悟を問われている。
その場合、八木との契約は違う世界に行くことでノーリスクで破棄されるが、彼とは恐らく時間軸の関係で一生会えなくなる。
要は、それを受け入れてまで、その老人を助けるかどうか―――なのである。
◇
命を懸ける覚悟は持ってきた、ある意味全員で誓った一蓮托生。
だが、自分だけ居なくなることを想定していなかったケレースは結果迷う。
それは、自分の為ではなく八木の為である。
自分が居なくなったとして、契約が破棄されたとして、彼にはリスクはないのだが、残された彼のことを考えると答えに困る。
それだけ、彼からの真摯な愛は、ケレースに届いており、また自分も心から愛している。
女神に生まれ、『異性と交わう』ことなんて想定していなかった彼女。
彼への興味とその思いは、心地よく。
そして、彼と体を重ねることの、愛おしさ、何処までも飛んでいきそうな快感、そして、人と女神の立場から、何時かそれを失う苦しさ。
だからこそ、自分はこの女神オプスからの提案に自分は乗れる。
それにより、結果彼を救えるからだ。
今の状況を放置すれば、マリダは死に、ゼアスは悪魔の力を手に入れ、少なくとも丈二を含めたフィルムの街を襲う。加えてマリダを失った黒猫の悪魔も恐らく自我を失うことが懸念される。
そうなれば、丈二の命は危うい―――それを救える。
では、丈二の命が救うことが何故八木を救うことになるのか。
それは……地球の神サートゥルヌスと八木が密かに躱した条件が、丈二がこの世界で死ねば地球の八木が死ぬということに繋がる。
正確に言うと、それがマナの無い地球でサートゥルヌスの下での仕事をして得たマナを『具現化』させる為の唯一の方法であった。
だから、それは八木を守ることになり、彼女は提案に乗れるのである。
だが、八木は自分の記憶を残したまま置いてけぼりになってしまう。
それに耐えられる程、彼女への愛は軽いものではないのを知っている。
だから、迷ってしまう……。
◇
暫くの間、ケレースは答えを出せないでいた。
女神オプスもそれが分かり、黙って見守る。
その沈黙の中、謁見の間で遮断されているはずのパスを通して、届くはずのない声がケレースの頭に響く。
『黒猫の悪魔ツブリーナ』の声が―――。
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