第112話 魔核

 この悪魔×人間の意思疎通が思わぬタッグを構築している間、聖霊ノトスの分身体である『サニー』は、自身の持つ力のすべてをこのタイミングに費やしていた。


 丈二の眷属であり、女神の園『箱庭』での上司である女神ケレースの分体が、主人である丈二の権能を魔改造して、自分と主人を結ぶパスで彼らの会話が聞こえてくる。


 その会話の流れが進むにつ入れて、サニーはその邪魔をさせない、その時間を確保することが最短の解決に導けると判断をする。


 幸いにも3体いた魔物は、残りカメレオンの魔物と死人2体となっていて、アビーの作った謎聖水で死人1体も弱体している。だからサニーは全力を尽くしてその戦局を保てていた。


 魔法で死人を切り刻みながら、一番厄介なカメレオンには、空中を走るスキルを惜しみなく使ってかく乱を繰り返して注意を自分に向け続ける。


 体力はどうであろうか? 残り1/3程度まで減少しており、回復魔法も魔力残量も底を尽きそうでそれどころではなかったが、ギリギリのそのタイミングで悪魔と人間が手を繋いだ。


 ◇


「オオカミ……聖霊かにょ? 時間を作ってくれて助かったにょ。そして時間がないにょ。」

 黒猫は、サニーとカメレオンの魔物の間に入り、サニーを労う。


《すみません。ここで一度下がります。》


 サニーは黒猫とスイッチをして、丈二のいる小屋の入口付近まで下がる。

 足の震えから満身創痍なのが伺え、丈二から回復魔法を受けている間も息が整わない。


《サニーさんすみません。本当に助かりました。休んでいてください。》

 丈二は、彼女にそう伝えると黒猫の支援に戻る。


 ◇


 黒猫のツブリーナは、悪魔である所以を如何なく発揮する。

 

 悪魔バフォメットとのまさかの共闘で、明確な方向性が自然と持てた彼らは、ラスルトの罠……置き土産とも言える彼らの迷いが晴れていた。


 弱った死人に黒猫は黒い靄をぶつけ、痛みを感じないであろう体に物理的な衝撃を与える。

 聖水で復活が鈍くなっているその体に唸る死人を横目に、マリダが聖魔法で止めを刺す。

 先程までが嘘のような速攻攻撃による殲滅で、残りはカメレオンだけとなるが、それの持つ透明化も、丈二の地魔法による移動阻害と縛り付けに併せて、カットレイの必殺アースフレイムがカメレオンの足元から四方に炎の柱をみまう。


 八木から聞いていたカメレオンの弱点は火と聞いていたことによる作戦ではあったが、効果はてきめんで、「ギョアアア」と叫ぶその敵に黒猫は鋭い爪に闇の刃を纏わせて、首を一瞬で刎ね、そして背骨の下にある魔核を、少しだけ回復したサニーの風魔法に飛ばしてもらった丈二が、棍の先で背骨ごと叩き潰す!


『今にょ! このタイミングで自分の魔核を悪魔のプライドを掛けて奪い取ってこいにょ!』

 頭の中で、黒猫の悪魔が、山羊顔の悪魔に叫ぶ!


『まかせておけ! お前たちとのこの奇妙な絆、再戦の思い消させはせんぞ!!!』


 バフォメットの思念は、恐らくは自分の核の在りかを探っているゼアス・ピオンの真横から地下深くに眠る自分の核に向かって、薄くなった封印の歪を縫うように思念の塊を落とし込む。


 ◇


 明らかに変わる部屋の中の空気。

 恐らくは、口が開いたであろう封印―――。


 ニヤリと笑い、その封印の傷をこじ開けようとするゼアス・ピオンに向けて黒猫の黒い霧が刃となって襲い掛かる。


「チッ! うざったい。あれらを倒したくらいで!」

 その魔法を直前で搔き消し、黒猫を睨みつけ「ブツブツ」と詠唱をしだすネクロテイマーを見て、丈二が笑う。


「待っていたぜ? その瞬間。」


 植物の蔓が窓から伸びてくる。手足を蔓が縛り上げ動きを止め、口と首を締め上げる。

 あわよくばこの攻撃で首を絞め切り止めとしたいが、そうはいかないであろう。

 バフォメットに時間を与えればそれで彼の勝ちである。


 念には念をと、棍を彼の首筋に身体を回転させて叩き落す。


「ウグッ!!」

 棍の打撃の鈍痛にゼアスは、切歯痛憤の表情を浮かべ顔を赤くし丈二を睨む。


『思いのほか、物理的に殴られることに耐性がなさそうだね。この人。魔法は搔き消しちゃうけど。』

 八木がその状況を見て丈二に言う。

『ほんじゃ、追加で2発。』


 丈二が回転を更に加えて、棍の両端を続け様に2連続で殴りつける。

 苦痛の表情が更に色濃くなるゼアス・ピオンであったが、彼の影から現れた魔物が蔓を切り落とす。


「縛られてくれるのは、ここまでかな? まぁ上出来だろ? 余裕の笑みが無くなったもんな、クズピオンの弟? 下僕? の僕ちゃん。」


 その丈二の挑発に、眉をピクリとさせるゼアスであったが、その怒りを抑え込むように深呼吸を一度する。


 そして、大きな声で狂ったように笑い出すゼアス・ピオン。

 丈二を睨みつけながら、勝ち誇りながら、「よくもやってくれたな、仕返ししてやる」と言っている子供のような表情で、ゼアスは笑う。


 恐らくは、封印されたバフォメットの魔核を手に入れたのであろうか? ここまでは、想定の通りだ。


 そのゼアスの目的を達成したような顔に、彼らのシナリオが最終局面に移行したことを察して、最後の仲間バフォメットの『あの意思』を信じるように祈りながら、一同は狂ったように笑い続けるゼアスを見る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る