第99話 誰?(閲覧注意)
(そうにょ……。確かこの時は、誰もこいつのことに気が付いていなかったにょ。エルビスの近衛兵は2人で……片方が悪魔憑きだったにょ。)
ツブ猫は、エルビスの首が飛ぶシーンを見ながら、首を刎ねながら、笑みを零す女の姿を目で追う。
(だからこそ、忘れているにょ。こいつの存在を……。
冒険者組合組合長の女の側近の存在を。)
~・~・~
その女が、エルビスの首を刎ねたときから、黒猫が寄声を上げて襲い掛かるまでの間……。誰一人としてエルビスに目を向けていなかった。
エルビスを守る存在でもあった『残された近衛兵』でさえ「紅い目」を見ている。
黒猫は、怖かった。
正直、紅い目のあれが、自分と同じ悪魔であっても負ける気はしない。
だが、目の前のこの人間は違う……。脆い存在のはずなのに、腹の底から嫌なものを感じる。
その恐怖が、黒猫の『悪魔』という自分の存在を忘れ、ただただ、回復していく自分の魔力を、単純に全身に纏い突っ込んでいく。
人間の悪意が怖い。人間の悍ましさが怖い。そして、大切な人を失いたくない。
彼の頭の中ではこれらがぐるぐると回ていた。
全力でその人物に突っ込むツブ猫の瞳に、それは、今以上の『異常』として映り込んでくる。
そしてその光景により、ツブ猫は、ただただ奇声を上げて飛びついてくる、普通の黒猫と成り下がる。
「ふむ。所詮悪魔といっても、人間の記憶のあるだけの只の猫ということだな。」
エルビスの首の裏を『
『う……うえぇええええ。』
突如、丈二達の耳に八木が吐く声が聞こえた。
『どうした八木陣!!!!』
―――緊急事態の上書き
実際にこの場にはいない親友の呻き声。
丈二の警戒警報が 〝ぎゃんぎゃん” と悲鳴を上げる。
『エマージェンシーっす。エルビスが、首を刎ねられて……。』
―――食われてるっす。
◇
ケレースは、八木の背中を擦りながらそう言う。
そう言うのだが、彼らには、今そちらを相手にする余裕がなさそうだとケレースは焦る。
だが、何やら、あの黒猫は意思がありそうで、幸いにもエルビスを食べている『女』はそちらを見ている。
……今なら、今だけなら話をする時間がある。
「じんじん。自分の汚物の掃除は出来るっすね? あたしは見ていたこと、見えていることを、ジョジさんに伝えることに努めるっす。」
「うん……。5分だけ任せた。」
『いいっすか? ジョジさん達は、目の前の「バフォメット」と後ろの「女」と、両方に注意を払う必要があるっす。』
『え? 後ろの「女」って誰のことを言っているんだ?』
丈二には、カットレイとアビーにマリダ婆さん、そして、『三つ葉』の3人しか女性を思い出せない。その6人の位置関係は辞典で把握出来ている。
まてよ……。ここに……確かに反応がある。
くっ、振り向いて確認がしたいが、目の前のあれをケレースはバフォメットだと言った。クズに見える『あれ』は、きっとそういうことなんだろう。
だからこそ、そちらから目がそちらから離せない。振り向けない。
ならば、位置確認を迅速に行おう。
―――丈二は、意識を覚醒させる。
『女性……どうして今まで忘れていた。ユーリの存在を。私の右腕だぞ?』
組合長の血の気が引いた顔で、女の名前を言う。
『ユーリ? あのエルフのねぇちゃんかいな? そんなの……おったなぁ? 何や?この感覚の矛盾。』
「並列思考」をフル回転しているカットレイは、『思考の矛盾』に戸惑う。
『四の五はいいと思うっすよ? いいっすか、彼女は、結界が解かれた瞬間にエルビスの首を刎ねたっす。それに唯一反応したのが、マリダさんの猫っす。その猫だけ彼女の存在を把握していたっす。』
ケレースは、後方の状況を「自分がわかる範囲」で伝えるが、自分も彼女を把握出来ていなかったこともあり、それ以上の説明出来ないことが歯がゆい。
『その猫が……? ほんまや、戦っとるなぁ。で、ユーリはんがエルビスの首の後ろを齧っとるな。』
カットレイが、「片方の思考」を後ろに向けて確認をする。
『すまん。ちょっと整理したのだがいいか? まず全員の位置取りだ。小屋の入口付近には、ユーリさんがエルビスを殺し、首を持ちながら、何故か猫と戦っている。』
その会話で状況を整理した丈二が、脳内で整理した内容を伝え出す。
『そこには、ユーリと猫、腰を抜かしている近衛兵がひとり。それと……組合の職員ひとりが倒れている。恐らくは……。』
―――死んでいる。
『そこから右手に5m程度離れた場所。ミッツが倒れている場所に、ベンジーとアビー、神官長とマリダ婆さんが居て、ミッツの怪我をケアしている。』
『そして、前方の悪魔バフォメット……なんだろうな。あれと対峙しているのが、「三つ葉』と組合長と、俺とサニーさんにカットレイだ。現状と位置関係はこの情報で間違いなさそうだな。分かりにくいかもしれないが、把握に努めてくれ。』
前方では、『三つ葉』の3人と組合長が何とか抑えている。
カットレイは……思考フル回転中だな。
でだ、後方が謎すぎる。
……ユーリさんの異変、存在の忘却、黒い猫。
一方、ミッツの回復はベンジーとアビーちゃんに任せているが、正直守りがかなり薄いのが現状……。
今の神官長は何もできないよな。
小屋を封印をする準備に、魔力を宝珠に取られている。
でだ……『マリダ婆さん』は動くよなぁ。黒猫を守りたいだろうし……。
ん? まてよ! 今マリダさんが居なくなるのはまずいよな?
『どらっ娘ちゃん! ミッツンの所を守るっすよ! 今は、女エルフ君を謎の黒猫が対峙して硬直状態っすけど、もし、そこを抜かれたら、次はそこを狙うっすよ。』
ケレースは、まずカットレイにミッツ達を守るように指示を出す。
『次に、ジョジさんとサニーは、マリダお婆ちゃんが黒猫を助けに行くと思うので、彼女を守りながら援護っす!』
丈二が気が付いたことを、ケレースが先回りしてどんどん指示を出す。
悔しいが、堕女神の癖にこうゆう場合になると、『駄目』が取れるんだよな。
と彼は思う。
『理解したっすね? では、ムーブ! ムーブ! ムーブっす!!!』
《『『 了 解! 』』》
ケレースの号令で彼らは一斉に動き出す。
~・~・~
ここまでの、流れをじっと黙って『歪モード』で画面を見ていた若月が、ケレースへの質問の為に、一時停止を依頼する。
『若ちゃん? どうかしたっすか? この場面、そのモードで、あたしに話しかけてくるとは思わなかったっすけど。』
『あぁいえ……。何故この皆さんは、この方を「ユーリさん」と仰っているのですか? どう見ても……。』
若月は、それが相手の術中であることは理解している。
ここまで、存在を潜めていた『彼』の実力も分かっている。
分かっているのであるが、この映像の場にいない、ただスマホで映像を見ているだけの自分が気が付いていることに、誰も気が付いていないその状況が、加えて、その相手への『嫌悪』が、彼女を「苛立たせて」いた。
『本当に、理解に苦しみますね……。さっさと殺せばいいのに。だから、ふたり目が殺されたのですよ? はぁ……。』
『多分それは、若ちゃんだから分かるんすよ。それに、この場にいた人間には、その辺りの認識を歪められているんすよ。きっと、若ちゃんのその苛立ちは、若ちゃんのそれとは異なる「あれ」の歪みに対する嫌悪感っすね。』
……まぁ。あたしも歪んでますんで、画面で見ていて同じことを思った部分もあったので、気持ち分からなくもないっすが。
だからこそ、守れたこともあるっすけど、だからこそ逆に、守れなかったこともあったんす。
女神ケレースは、この明らかに苛立ちを覚えている『歪』な少女を見ながら、心の中で、起きてしまった過去を思い出し、そう呟いた。
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