第98話 紅い目と御し難い猫姫

 見ていた目達は、神官長の込める魔力を目で追い、結界が解かれる瞬間に思いを込める。 


 まず、最初に反応した……いや、身体能力的に脅威となったのは、紅く暗い目の持ち主である。


 結界の外側に構えていた、虎人族のナッツの腹に、髑髏をあしらった趣味の悪い杖の先を刺し込む。


「ぐはぁ……。何が……。」


 何が起こったのか分からずに、小屋の入口まで吹き飛ぶナッツの腹には、大量の鮮血が噴き出している。


「なんや!何が起こったんや!」

 カットレイが、丈二の方を見て叫ぶ。


「くっ。結界が解除となった瞬間に、結界の外から大きな反応があり、そいつが突っ込んできた。すまん、伝える間もなかった。」


 と、丈二が大声で皆に伝える間にも、その脅威は止まらない。


 焦る、対応が後手になる、萎縮する。

 このタイミング、完全に油断をしていたこの強襲に「みたらし団子」の面々は、彼ら自身が懸念していた経験不足が顔を出す。


 丈二も八木も、命を懸けた一瞬の強襲など経験もなく。常に自分達の権能である「万科辞典」と強力に進化していた「気配感知」に頼った立ち回りをしていた反動からか、思考が完全に止まってしまった。


 指揮官のカットレイが、辛うじて「並列志向」で反応して、自分の固有スキルで面々の能力を底上げするも、盟友ミッツが気になり集中しきれない。


 遠くから彼らを観察していた紅い目は、カットレイがこのチームの心臓のひとつであることを分かっており、ひづめともいえる足に力を籠めて、彼女に向かい飛び込んで来る。


「カットレイ! お前狙いだ!」

 丈二は、辛うじて動き出した思考の中、彼女に向って叫ぶ。


「く……そおお!」

 完全に反応が遅れる彼女は、目をつむる。


―――バチンッ!!!


 何かが、弾く音がする。

 カットレイはそっと目を開けと、B級冒険者『三つ葉』のファランクスローズヒップが、大楯で髑髏の杖を凌いでいる。


「流石に、経験不足が出ちゃうよね。この展開は私達も初撃は反応出来なかったものね! でも……これって。」


 ファランクスのスキル、盾受拘束バインドで、紅い目の持ち主の動きが止まる。


 その顔を見た、組合長とカットレイが同時に名前を呼ぶ。



――― 「悪魔バフォメット」 / 「ジアス・ピオンクズ野郎


 ◇


「はぁ?どうゆこっちゃ?」

 カットレイが組合長を見る。


「それはこちらの台詞でもあるのだが……。それよりもだ!」

 組合長が腰に帯同していたレイピアを抜き、風魔法を纏う。


 ファランクスによる盾受拘束バインドで動きを止めていた「それ」は、闇のオーラを放ちローズヒップを吹き飛ばして、その拘束から逃れると同時に、組合長に向かって闇の球を放つ。


「チッ!ウインドフロウ!」

 組合長は纏った風で、闇の球の進行を変え受け流す。


 一行と「それ」は対峙し、幾分かの間ができる。


「おい!ジアス!お前が何故ここに居るんや!それに……ミッツ!ミッツは無事なんか?」

 カットレイは、それに質問を投げかけようとして、盟友の容態を思い出す。


「まぁ。大丈夫だでね。安心してええよ。この虎人族はなんとかするでね。」


 カットレイ達が「それ」と剣を交えたその瞬間に、腹から血を出している姿を見た吟遊詩人で光魔法を使うベンジーがすぐさま駆け寄り、光の回復魔法をかけていた。


「おおきにな。ベンジーはん、そっちは任せるでぇ? それより、にいちゃん達らしくないで?そろそろ目ぇ覚めてぇな?」


 カットレイが、丈二と八木に向かって言う。


「あぁ。すまない。流石に何が起きたか分からずに固まったわ。それにしても……。」

 丈二は、「それ」の顔を見て、額に汗が溜まっているのを感じる。


「やっぱにいちゃんには、クズに見えるようやな?」

「あぁ……。」


 ※ ※ ※


 その映像を見ていた、若月には「それ」が黒いオーラを纏った人間にしか見えていたい。

 その顔は間違いなく、ジアス・ピオンであるのだが、彼がカットレイに向かうときに一瞬見せた、馬や山羊のような足と、それにより生まれた爆発的な突進、そして、その過程で見せる表情が気になっていた。


「この方。ひょっとしてもう死んでいるのではありません?」


 その何気ないひと言に、ケレースと本を読んでいた黒猫の表情が凍り付く。

 この少女は、一体、何が見えているのだ。


「それに、何故一番危険なこの方を他っていらっしゃるのでしょう?フードを被っていますけれど、この方……あの方ですよね?」


「私なら、エルビスさんが殺れるタイミングで、「この方」の首を撥ねていますけれど。はて?」


 完全に歪モードに入っているからなのであろうか?

 それ故の冷静かつ客観的な目による判断なのであろうか?

 はたまた……『同族嫌悪』なのであろうか。


 画面に映る、その場面に居た、「ツブリーナ」以外のものが、気が付きもしなかったものについて、若月は、当たり前のように、ケレースに聞いてくる。


 だから分かるのであろう。


「このままだと、まず3人死にますね。あ!ひとりはもう、ほぼ死んでましたね。あはは。」


 画面の中では、力を取り戻しながら、必死に「この方」を潰そうと走り出す黒猫を他所眼に、気持ちよさそうに顔から汁という汁を出している「エルビス」の首を撥ねる『女の姿』が映る。


 それを見ながら若月が感情のない声で、楽しそうに言う。


「あら、先に死んでる人を殺しましたね。これは興味深い♪面白い『殿方』ですね~。気に入りませんけど……。」


「ここまでとは思わなかったにょ。本当に……御し難い。」


 黒猫は、この時にこの下僕が居たら、展開は変わっていたのだろうなと、遠い日を思い出しながら、大きく欠伸をする。

 本をたたみ、若月の肩の上に乗ると、若月のスマホに目をやり、あの惨劇の場面を、彼女と一緒に見ることにした。

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