第95話 自白剤と依頼者

 エルビスは正直に言うと高揚していた。


 ここに来るまでの間、旧知の中ではある冒険者組合長シトラウスは別として、冒険者達、そして神殿共の目線に、馬鹿にされたような、時には憐れむような意思を感じていた。


 しかし、今の状況。多くの魔物がこの小屋に押し寄せている。

 原因は、自分達領主側の人間を狙ったと思われる賊の所業であろう。

 そのお陰というのも違うのかもしれないが、あのB級冒険者でも名声をはせる『三つ葉』の者たちも、生意気な竜人族が率いるD級冒険者の連中も、冒険者組合だけでなく、神殿の神官長達でさえも、今は私に……。



―――今は私に懇願をしているのだ。宝珠を使って助けてくださいと。もっと。もっとだ! もっと懇願しろ! もっともっともっともっとだ!



 生真面目で、それなりの信頼を持ち合わせ、この歳まで領主の為に仕えた男のその喜びと欲望を……『それ』は見逃さなかった。


 丈二達一行の目線は、既に「真っ黒確定君」であるラスルトの近衛兵に向かっており、今回も大活躍の見極めの功労者アビーでさえも、何も疑うことなく、そちらに目が行っている。

 エルビスと確定君以外の全ての人の意識は、エルビス以外に向けられていた。『ただひとり』を除いて。



 エルビスは、黒目を上下に震わせ、涎を少し口の先から垂らし宝珠を起動させる。

 ここから短い一生となるエルビスは、その快感を自分の意識がこと切れるまで、味わい続けることとなる。


 ◇


 小屋全体を宝珠による結界が包み直す。

 水色のシャボン玉のような膜が小屋から4~5M離れたところまで包み、光を一瞬放ち結界となる。


 「真っ黒確定君」であるラスルトの近衛兵は、ビクンと体を震わせるとジアスのときと同様に、発狂に似た叫び声で吠え、その顔には羊の悪魔の顔が浮かび上がる。


 アビーは直ぐ様、その臭いを嗅ぎ分けてジアスに憑いていた悪魔と照合し、それと「同一」であることを確認して、目でカットレイに報告をする。

 丈二は丈二で、その悪魔にマーキングを試みると、一旦マーキングの成功を確認できたと同時に、悪魔憑きは浄化され、紐付けた光は彼のビジョンから消えてしまう。


「ん。マーキングは成功した。だが、それが浄化されると同時に消滅した。それ以外に、何も成果がこちらはないな。」


「でも、あの『悪魔』はキモピオンに憑いていたので間違いなかったよ!」


「おお! 流石アビーちゃん!」


「その顔……毎回怖いよぅ。」とアビーが言おうとしたその刻――。


「エルビス様! エルビス様ぁああ!」


 確定君と共に近衛兵として来た男が、エルビスに駆け寄り叫ぶ。

 崩れ落ち、痙攣をしているエルビス。

 その顔は『歪な幸福』に満ちており、涙と共に涎を垂れ流していた。


 神官長と、マリダ婆さんがエルビスに近寄り彼を診て、心拍がかろうじて健在であることを確認して、光の回復魔法を試みると、ある程度だが、彼の状況は落ち着いたように思われた。


『何が起きたか……分からないが、今は結界の状況を確認するぞ。』

 組合長から間髪入れずに指示が入り、カットレイがそれを伝えて一同が動く。


 ここまでは、エルビスの件含めて多少の誤算はあったが許容範囲だ。

 丈二は、感知を強め、その効果が結界内に留まっていることを見極め、サニーに確認をする。

 サニーの風感知も、同様のようで結果委により感知範囲が限定されている。


「狼さんのご主人様。取り合えず「出れない」ことを確認したよ。そっちは?」

 『三つ葉』のローズヒップが、丈二に確認を求める。


「こっちの確認もOK。結界はなされたたと思う。お疲れ様!」


 丈二は、右手の親指を立てて、皆に向ける。

 ただ、少しだけ釈然としないなぁ、と思いながら。


 ◇


「早速、色々と聞かせてもらいましょか!」

 捕まえていた追跡者2人を見ていたミッツが、待ってましたとニヤリと笑う。


「アビー先生。『例のもの』を用意して頂けますでしょうか。」

「アイアイさ~。」


 アビーちゃんバックから、聖水と麻酔薬、そして魅惑薬を調合した特性「自白剤」を取り出し、丈二に向かって、ポイっと投げる。


 それを確認した丈二は、口を吊り上げながら、「気付け薬」と一緒にお注射にセットする。

 アビーは、彼のその奥で、フィルムの街の『三つ葉のアイドル』が、同じく邪悪にも口を三日月に吊り上げていることに気が付いてしまったが、見てみない振りをし、引きつりながらも、健気な笑顔を保つことに努めた。


 ミッツが、追跡者のうちのひとり「サイリス」の身体を持ち上げて、彼の腕の服を捲ると、丈二は「ぶちゅうう」と注射で自白剤を注入する。


「ぐわああああああ!」


 一瞬で目を覚ますサイリスであったが、それからの彼の口は、交渉術で巧みに誘導され聞かれる質問に、ただただ答えるだけの傀儡となっていた。


 ◇


 傀儡となったサイリスには、ある程度の自白剤等への耐性があったのだが、アビーの固有スキルで効果が底上げをされていた薬の前では、成す術もなくひとつひとつ答えていく。 


 彼の名前は、サイリス。コートネームはAR32。

 そして、彼らの組織は、ベリーア帝国の裏犯罪組織「ブラックバズス」。

 聞き覚えのある組織名である。


 そう。CT76:本名ゼアス・ピオンが現在所属している組織である。


 目的は、キャラバン一行の暗殺。

 依頼者の名前…


 依頼者の名前は…『ジアス・ピオン』。

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