第90話 配役交渉

 さてと、と丈二は交渉術をONにして「三つ葉」の3人を呼ぶ。


「何?何? 私たち3人を呼び出して。狼のご主人様は、夜の私たちのご主人様になってくれるの?」

「ふぇ?突然びっくりしたぁ。違いますよ。 領主側への悪だくみを相談したくて……。」


「あら。君を今夜、襲っちゃおうって話してたのを聞かれたのかと思ったわ。」

 ローズヒップが、舌を舐め覗き込んで来る。


「ごくり。 ご……御冗談を~。ははは。」


 流石に、冒険者のアイドルでもある彼女たちを相手をすると、想い合っている冒険者組合の受付嬢リリアに殺されると丈二は思うが、彼も男である。

 唾を飲み込み、彼女たちを上から下へと目線で追ってしまう。


 実は、ここで彼女たちのお相手をしても、リリアとしては仕方がないと思うのであろう。 それは、男女関係を束縛する条件がこの世界では乏しく、むしろ、丈二は何人でも娶って構わない。


 一夫多妻も認められる代わりに、多夫一妻も許されている。言うなれば完全な男女平等主義なのである。


 以前に、ケレースが丈二に「この世界でハーレムを作ることも出来るっす」と言ったのはこのためであり、異世界人だからとか、特別な力があるから等のご都合主義のハーレムとは、彼女の言った意味合いは、少し違うのである。

 当然、貞操の観点も男女同じな訳で、この場合は丈二が「狩られる側」であった。


 それ以外にも、リリアが丈二を怒らない理由があるのだが、ここでは、丈二とリリアがお互いを思っている関係であるとだけ書き記して、詳細はまた後日語るとしよう。


 ◇


「で。悪だくみ?」

 フリージアが、首元から鼻先まで顔を近づけて聞いてくる。

 近い……。 彼女の可愛い幼な顔が近い。


「コ……コホン。 実はですね。今回の遠征なのですが……。」


 かくかくしかじか。


「で、でしてね。 それもあって、追撃者がいると思っているので、小屋に結界を張らせて……ごにょごにょごにょ。」

 三つ葉の面々も、いい感じに悪い顔になってくる。


「フフフ……。あのMPK、関わったらPKOK。言った。私。 ふぇふぇふぇ。」

 うん。上手に乗せれました。


「面白いでしょう? ふぇふぇふぇ。」


 ふたりの三日月口に、呆れるローズヒップとライティアも、内心では、あの領主側の態度に対して面白く思っている訳もなく、この作戦に、心ときめかせているのも事実だ。


 ◇


 一方で、組合長は、神官長とマリダ婆さんに、このことを打ち明けていた。

 ジアス・ピオンの悪魔付きの一件を見ている神官長は、無益なことをしないのであればと二つ返事であったが、マリダ婆さんは少し複雑な思いでこの話を聞いていた。


「悪魔……ねぇ。」

 チラッと、黒猫に目線をやり、複雑な心境を整理しようとすると、黒猫の正体を知らされている神官長が、マリダに声を掛ける。


「気持ちはわかるが、今回の関わっている悪魔は……恐らくバフォメット。 神殿としては何より優先させねばならぬ。」


「いえね。言い方があれなんですけど、悪魔にもよるのだなぁと。それだけです。 私は、神官としての責務を果たすだけですから大丈夫ですよ。」


「ありがとうございます。」

 組合長としては、引っかかる発言ではあったのだが、そこを今気にする場合ではないなと、唯々、2人にお礼を言い小屋の扉まで戻る。


 扉まで戻ると、カットレイがベンジーに詳細を話しており、これで、全員がこの作戦に乗ったこととなった。


 ※ ※ ※ ※


 今回の領主側の頭であるエルビス・クベルサスは、主人である領主の息子ラスルトから、「ゼアスの痕跡が領主の立場を不利にさせないよう、細心の注意を払え」とだけ伝えられていた。

 この時点で彼は、クズことジアス・ピオンの悪魔付きの事情すらも、聴かされていないのが実のところであった。


 それでも、彼は律儀な男であり、ラスルトが描くシナリオの通りに、半年前の痕跡を綺麗に拭き取ることに専念し、奇しくも同行している、臭いで様々な判断が出来る犬の獣人対策に勤しんでいた。


「おい。 私の見る限りだと、特に変わったものは無いと思うが、気が付いたことがあれば報告をしてくれ。それに拭き掃除は念入りにするのだぞ。 領主様にご迷惑をかけられない。」


「はっ。今のところ不審なものはありません。しかし、宜しいのですか? 先に入った我々が、こんなことをすれば、怪しいだけのような気がしますが。」


「構わんよ。 領主の管轄する小屋を掃除して怒られる筋合いが、そもそもないのだからな。」

「し……しかし。 いえ。分かりました。」


「おい。そちらはどうなんだ?」

 机を掃除していた近衛兵に、エルビスは聞く。

「…いえ。」

 近衛兵は、無気力にそう答えただけであった。


 それを聞いて、よしと一言エルビスは発し、2人の近衛兵にハッパをかける。

「それでは、奴らを中に入れるが、領主の近衛兵であることを肝に銘じた立ち振る舞いをしっかりとな。」


「「はっ。」」


 ◇


 エルビスは扉を開け、何もなかったようキャラバンの面々に言う。

「お待たせしてすまない。我々としても昔の盟約ではないが、領主としての責務があってな。 もう構わないので、入って調べてくれ。」


 それを聞き、皆が中にぞろぞろ入ってくる。

 エルビスは、その面々の緩やかな顔を見て、「この場は、ゆるく過ごせば、やり過ごせる」なと安堵する。


 ◇


 中に入った人数は結構な大人数であったが、中は見た目以上に広く、一団が中に入っても、そこまでの狭さを感じない。


 サニーが、担いでいた二人の追撃者を何もない壁側に降ろすと、エルビスが「こんなどこの馬の骨かも分からない連中を、小屋の中に入れるとはどうゆう了見か」と怒ってきた。

 だが、そこはカットレイが、「お前の命を」狙って来た確率が一番高い、重要な捕虜だぞ? 領主の代理として逃がしていいのかと脅し制し、黙らす。


「さてと、外の魔物が気になるわね。 私とライティアが、外を見張るわ。」

 ローズヒップ・ライティアの『三つ葉』2人組が外に出ていく。 これは、打合せの通りだ。


「私。裏切者。疑わしい者。 居たらPK。」

 アークメイジのフリージアは、笑いながら炎を出したり消したりして、エルビスを見ている。


「ひいいい。」

 エルビスが、近衛兵の後ろに怯えて隠れたところを見て、彼女は「ふふふ」と笑い、小屋の隅に持たれ掛け、内部で不審な動きはないか凝視しだす。


 ◇


 フィルムの冒険者でB級のエースが、各々の役割の通り所定の位置に移動したところで、丈二が通信を聞いている面々に、ゆっくりとした口調で号令をかける。


『さて、準備は整ったな。「負ける気がしない化かし合い」のはじまりだ。』


 通信を聞いている面々が、ゆっくりと各々の配役を演じだす。

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