第77話 仮 面(ラスルト)
神官長は、彼のマナ触診での結果から、彼の主観も含めて丁寧に説明をしている。
アビーの観察では、「初診の結果は、特に不審な点を神官長は見いだせなかった」と説明を聞いたラスルトの反応に怪しいことはなかったと思う。
ラスルトの顔に笑顔はなかったが、真剣そのもので領主マルビンの気風にも似て凛としていた。
話は、アビーが違和感を感じ再診断を提案をする話になった。
ここはひとつのポイントであると考えているので、特に気を張り観察する。
しかし、特段異常は感じられず、その話を聞いた彼はアビーの方を見て微笑みながら「ほほぅそれは凄いですね」と褒めてくれた。
その気品は、先程まで眩暈を覚えるほどの狂言と気持ち悪い男を相手にしていただけに、むしろ好意すら感じる。
アビーは、ここで現状を報告する。
『皆さん。今のところは怪しい素振りや反応は一切ないよー。むしろ凛とした態度が立派だなーって思えてきた。キモピオンの反動かなぁ…。』
『こっちも同じ。今のところ凛と正しいラスルト様。』
話はマナ麻酔でのジアスから悪魔が顔を出したことや、神官長の光魔法での悪魔祓いの話に差し掛かるが、アビーのスキル「鼻の見極」には何も引っかからない。
ラスルトは少し考えるような顔や、自ら引き取った盟友の精神崩壊を嘆いているような表情をしている様に見える。それは、組合長にもカットレイ達にも同様に見え、この領主の息子は「白」なのではないかと思えた。
◇
『ん。何か予想と違う展開だなー。』
八木が不満そうに言う。
『せやな。予想してたんのと違い平和なんよな。』
『ラスルトが悪魔で親玉だとか思ったんすか?』
ケレースが皆に聞く。
『私はその覚悟をしてたよー。聖水盛り盛りで忍ばせてるし。でもどうしよ?』
一番困っているのは恐らくアビーであろう。
それを察しているカットレイが提案をする。
『なぁ組合長はん。どう思う?ワシ個人的には「真っ黒な白」なんやけどなぁ。そこでや、あのクズの「思いいれ」の件を使ってゼアスに結び付けて、小屋の調査の話を一気に進めてみてはどうやろ。』
『え?組合長…はん?』
何も聞かされていないアビーはびっくりして聞く。
『あぁ。暁丈二君から説明を受けた際に、彼の事情やこの耳栓での通信のことも聞いてね。アビー君は自由にしてもらった方が結果を出すからと黙っていた。すまないね。』
『ははははー。もう何でもいいよー。』
『さて。カットレイ君の言った提案なのだが、私としても、それで良いかなと思っている。あの小屋は銅鉱山の事件と関わりの切れない男が死んでいた場所なのでね。』
組合長の額に薄っすら汗が籠る。
『僕からいい?。あの息子が狂乱の原因としての可能性ね。こっちの世界の考え方なんだけど、「反社会性パーソナリティ障害」ってのがあってね。良心がない人、他人に迷惑をかけようとも一切気にしない「サイコパス」っていう人がいるのね。』
『そんなんおるんか?ん。それって、過去のゼアスの出来事や、今回のクズに悪魔が憑いていた事態も、実はラスルトが黒幕であったとしても、その何とか障害に当て嵌る奴やったら…。』
『あ。悪いとは思ってないから、何を聞かされても平常運転ってこと?』
『流石アビーちゃん。僕とケレたんは、その可能性ありだと思ってるの。だって、こいつ「白過ぎて」ひくもん。』
『白過ぎかぁ…せやなぁ。ほな。その路線で進めよか?組合長はんもAB氏(アビー)もええか?』
二人は了承し、話の折を見て小屋を調べる方向で話を進めることにする。
そして、ラスルトに対しては、良心が欠落している前提で、引き続き監視をすることとした。
◇
頭の中の会議をしている間に、神官長の説明は、悪魔を祓った後でも、ジアスが悪魔を必要としているような言動を繰り返していたところまで進んでおり、最後にアビーが突き飛ばされた為、彼を拘束し領主に報告。そして今に至ると説明がされ。
当然、その話の最中にはラスルトの心境に変化は感じれなかった。
それどころか、ジアスに突き飛ばされたアビーを労わってくれる。
「取り急ぎ、ラスルトと組合長の意見を聞きたく顛末を説明してもらったが、君達の意見を聞かせてもらえないか?」
領主マルビンが尋ねる。
「父上。私としましては、幼いころから貴族の息子として盟友であったジアスが、こんなことになるとは今でも信じられません。ましては悪魔に取りつかれていたなんて…。死なすには忍びないと思っていましたが、彼の処遇は父上にお任せします。申し訳ありません。」
ラスルトは深々と領主マルビンに頭を下げ、謝罪をする。
この映像を見ていた丈二は、彼の頭を下げた時の表情が無機質なものに変わったように見えた。
寄り添うサニーのタテガミを撫で、箱庭での彼女がくれた「あの優しい風とは真逆」の凍り付くような冷たい何かを、ラスルトから感じたように思えた。
八木もケレースも近い感情を抱いている。
サイコパス特有の知性の高さからの傲慢な感情、自分にとっては他愛のないことの為に、何故頭を下げなければならないのかという屈辱・苛立ちを
恐らくは、その場の空気に巻き込まれていない彼らが、映像という客観的な目で見て…。
それで、初めて感じることが出来たことなのかもしれない顔。
『アビーちゃん。今ラスルトが頭を下げたとき、何か感じなかったー?』
八木が聞く。
『いえー。普通だったと思うよ。でも、何だろう。サイコパスの話を聞いてから観察をしてみると、何ていうのかな?ずっと…同じなんだよね~。』
『ずっと同じってどうゆうこっちゃ?』
『だってさぁ~。「親友?盟友?を助けたかったけど、やっぱり超悪い子でした。ごめんなさい。処分して下さい。」って謝ってるんだよ?普通なら「申し訳ない」て悲しい感情にならないのかなぁ?』
『あーなるほど。僕らが今、気が付いたというか見えたのは、彼が頭を下げた瞬間の氷のような表情なんよね。そうよね。普通は悲しいような顔になるもんね。』
八木が頭を下げた彼の表情を見た感覚と、アビーのスキルに触れない彼の心象は、ある意味で同じなのかもしれないなと、八木は思う。
『話を聞いていて何となく察した。今から小屋の交渉をしながら、探りを入れてみる。』
話を聞いていた組合長がそう言い、領主に対して口を開く。
「ラスルト様におきましては、心中お察し申し上げます。」
「私としましては、今回のジアスの件の顛末を聞いておりまして、特に気になることがひとつ御座います。アビー君、先程の神官長様のお話では、ジアスは悪魔が祓われ「あの人との繋がり」が無くなったと言っていたのだね?」
「あ。はい。間違いないです。」
「あの人との繋がり…領主様は如何考えますでしょうか?」
領主も、この報告を受けてからの思うことは同じであったのであろう。
思い出したくもない…という顔をしながら。
「直ぐに浮かんだのは、ジアスの弟ゼアス…ネクロテイマーのゼアスだな…。」
「私も同じことを考えておりました。その場合、仮にその繋がりがゼアスだとしたら、「彼は生きている」或いは彼の職業スキルか何かにより、「死んでいても兄ジアスと繋がりを持てている」ことになるかと思います。」
「俄かに信じられないが、その可能性も無いとは言い切れない…な。」
領主は目を瞑る。
ここで、組合長シトリアスは、本題の嘆願に入る。
「そうでないことを祈りますが、念のために、冒険者組合で改めて「ゼアスが死んでいた小屋」を確認してみたいと存じます。あの小屋は、あれ以来、領主様の管理下。どうかご許可をお願いします。」
併せて、息子ラスルトにも嘆願をする。
「ラスルト様。リストアル様のことが御座います。そして、今回のジアスのこともあります。辛い気持ちかと存じますが…どうぞご協力を。」
その言葉に併せ、カットレイが気が付く。
『おぃAB氏(アビー)?どうしたんや?顔が真っ白やで?』
『あっ…あ…あ…。カ…カットレイ。この人やばいよ?小屋の話が出た途端に…どす黒い臭いに変わった。死神みたいな感情?何これ…知らない。こんな暗いのなんて感じたことない…。』
必死にそれを悟られないように、アビーは右手で左肩を抑え、震えを我慢してカットレイに答える。
表情は…奴の表情はどうだ!
丈二は、ラスルトの顔をすぐさま確認をするが、彼の表情は変わらない。
だめだ、こいつは…どんな感情の時であれ、きっと顔には出さない。
ただ、アビーのこの怯えは尋常ではない。異常すぎる。
場合によってはヤバそうだぞ!!どう判断する?
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