第74話 悪魔憑きっすよ


 診断が終わると、何も無かったであろう結果をジアスは自慢げに鼻で笑った。


 アビーはその笑みに寒気がしたが、丁重にジアスにお願いをする。

「ジアス。一度別室に私たちは戻りますが、一点気になることがありまして、お薬の調合を相談させて頂きたく存じます。その後に私目にその処置を任されて頂けませんか?」


 久しぶりの目上を敬う態度で接しられたジアスは、有頂天で二つ返事をする。


 ◇


 彼女は、別室にて医師と師に丁寧に謝罪をし、処方の参考になればと自分の能力でジアスを観察していたところ、心臓にマナを込めた瞬間に「何らかの魔力を偽装したような違和感を感じた」ことを素直に伝え、それを確認するためにマナ麻酔薬の処方をしてみたいと提案をする。


 医師は始め、自分の触診を疑われたようで難色を示していたが、師サミュオが「お試しで」と彼女の提案を推してくれる。

 医師も、ジアスの言動が狂人そのもので普通ではないと思っており、それは何らかの疾患によるものであろうと考えていたことから、師サミュオの提案としてならばと妥協する。


 アビーは、お礼と合わせて、「ジアスは自らの不審な行動で事件を拡大させ今の犯罪者の地位になっている人物であるため、麻酔薬投与により何をしでかすかわからない」と2人に注意を促すが、そこは師サミュオに「失礼だ」と叱られる。


 それは、ひよっこのアビーと違いこの2人が、海千山千の領内随一の医師と調合師で、冒険者としての実力も経験も、彼女の非ではなく当然の叱咤であったのが、それが、内心少し怖いと思っていた彼女には心強い。


 ◇


 3人は再びジアスの元を訪れ、アビーがジアスに丁寧に接する。


 可愛らしいを自分への好意として捉え接してくるキモピオンに、アビーは吐き気を我慢しながら、横になったジアスにマナ麻酔薬飲ませ、併せて心部付近にそれを「ぶちゅー」と言いながら針をぶっさし注入する。


 医師が、「そんなことをしたら死んでしまう」とオロオロして言うが、それを見た丈二と八木、そしてアビーまでもが口を揃える。


『『『一向に構わん』』』


 ついそれを口に出してしまったアビーに対して「え?え?え?」と狼狽する医師。

 そを見て、丁度父親のお使いを済ませ帰ってきた女神ケレースの分体が笑い転げていたが、概ね映像で現状を理解した彼女は、映る画面の異変を察して、表情が真剣なものに変わる。


 マナと感覚を麻痺させる麻酔薬を心臓にぶちゅーされたジアスは、逆エビ反りになりながらビクンビクンと強烈に痙攣をし、胸の辺りから黒色の靄を噴き出している。

 

 その顔は、先程映像で確認した山羊の顔をしており、表情は怒髪天と化している。


『アビちゃん。それ悪魔憑きっすよ!ちょっとヤバそうっす!だから周りの人にも…あ!…す。』


 山羊顔を見たケレースが、アビーに師匠達にも離れるよう注意しようとした瞬間、アビーは手に持っていた聖水を『えい!』っとジアスにぶっかけた。


 聖水をかけられ藻掻き苦しむジアスを見て、あっけにとられていた医師が我に返る。そして、瞬時に詠唱を唱えだし、魔法をジアスに向かって放つ。



 ―――光魔法 セイクリットクリア!!!



 医師の放つ魔法の光がジアスを包む。

 クズに纏わりつくいていた黒い靄が消えて行き、山羊顔が酷く歪みガラスを爪で引っ掻いたような悲鳴を上げる。


『うお。医師すげえ。ただのおどおどした叔父さんじゃなかった。』

『光魔法の上級浄化魔法みたいー。』

『あたし得意っすよあれ!』


 頭の中で三者三葉にうるさい感想が流れアビーは眉を八の字にする。


 ジアスの今の顔を見ると、名も知らない医師の光魔法で彼に憑りついた悪魔が浄化されたことがわかる。


 しかし、彼女にとっては、悪魔が憑いていた人間が目の前にいる事実による恐怖より、「素で気持ちが悪い」この男の存在の方がどうにも耐えられそうにない。

 

 それぐらい、口から涎を垂らし昇天しているこの男の顔が、生理的に受け付けなかった。


 ◇


「アビー君だったかな?君には謝らなければいけないね。君はよく彼に憑いた悪魔に気が付いた。私は医師として今日はこちらに来ているが、実のところ聖堂で神官長をしているソウザというものだ。」


 「医師」の叔父さんは実は、「神殿の偉い人」であったらしいが、アビーは動じずお礼を言う。

「あ。神官長様だったのですねー。無茶を聞いて頂きありがとうございました。」


「いやいや。それにしても、聖職である私が気が付かない程の悪魔の隠蔽を見抜ける眼力。大したものだ。」


「眼力といいますか、私のスキルは臭いによる微細な変化を感じ取れる特別なもだそうで、あの時に違和感を感じた、ただそれだけだったのですが。」


 えへへと少し照れくさそうにアビーは笑う。


「それに、良く咄嗟に聖水をかける行動に出れたね。私は恥ずかしながら呆気に取られていたよ。」

 医師改め、神官長ソウザが頭を掻きながら言う。


「あ…。え~と。あまりにも…このクズ野郎が気持ち悪くて。手に聖水を持っていましたのでつい…。」


 何かが憑りついていることが事前に分かっていたので、八木からの指示を受け、アビーは聖水は手に忍ばせていた。

 しかし、彼女が取った行動は、実際には、悪魔を退治する為というより、生理的に受け付けないこの男の姿が気持ち悪かったことによる反射的行動…。


 神官長が褒めたその行動には、理性も算段もなく、ただただ…ジアス・ピオンが気持ち悪かったそれだけであった。


 「あ…そう」と少しあきれていた神官長ソウザであったが、改めて、顔を引き締めジアスの診断を始める。その横でそれを確認しながら、師サミュオは薬を調合していく。


 その無駄のない動き、連携にアビーは感嘆を覚える。そして、百戦錬磨の2人の匠の姿に彼女は圧倒されていた。


 ◇


 それから程なく、悪魔から解放されたであろうジアス・ピオンが目を覚ます。

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