第73話 侵入・潜伏のアビー
調合師アビーは、恐らく調合師に成るべくして生まれてきた。
丈二と八木・ケレの評価である。
固有スキル「鼻の見極」:指定した物の状態を臭いで判断する。
これは、丈二らが想定していた以上の効果を発揮する。
それは、彼女のセンスにもよるのだが。
例えば、回復薬…ポーションの調合においては、各工程の精製タイミングにより、効果の差異が出る。その効果幅は10%程度と言われている。
彼女の場合は、その10%の最大効果の精製を「一度成功」させてしまえば、次からは、それに近い効果で精製が安定させられる。
中級レベルの精製は、丈二が「万科辞典」の権能で調合方法を調べれば、ある程度は作れてしまうため、その作り方を教えることで、彼女はそれをものに出来る。
これも、人によっては習得が出来なかったり、取得制限があったりとするのだが、彼女の場合はそれがない。
ここ数か月、丈二と八木は調合にハマっていたこともあり、それに付き合わされていた彼女は、レベル以上の調合が出来るようになっていた。
しかも「高品質のみ」を作るのである。
とは言え、調合師としてのレベルは8まで上がっており、全体的なステータスも伸びている。そのため冒険者としての実力も上がっており、最近の「狩の日」の彼女の動きは低級冒険者のそれではなく、彼女が好んで使うスティング(剣手裏剣)の命中率はかなり高い。
担当受付嬢のリリアは、その腕を見込んで領主お抱えの調合師に、彼女の作ったポーションを土産に手伝い手としての斡旋を行う。
これは、領主息子とクズの見張りとして内部に潜り込ませることと、彼女自身の為に、この街の最上級調合師の下で、上位の調合技術を学ばせる…いや「盗ませる」ことの2つを目的としていた。
その辺が、彼女の受付嬢として高い評価を受ける所以なのであろう。
※ ※ ※ ※
アビーが領主お抱えの調合師サミュオの元に午前と夕方に手伝いとして赴くようになり半月が経った。
彼女としては、監視の任にあるとはいえ夢のような職場でもあり、毎日が充実していた。また、彼女の正確な精製技術をサミュオも認めていたことから、彼は彼女を「弟子」と認めている。
そんな中でアビーは、師サミュオに連れられ、渦中の人物の一人犯罪者ジアス・ピオンの診断を医師とともに立ち会うこととなる。
◇
立会は地下にある部屋、くしくも、死んだ領主の息子リストアルが少女達の死体を補完していた霊安室。それを「牢」へと改良した部屋で行われた。
部屋の中には、足枷をしたジアスが楽しそうに鼻歌を歌いながら机の上に腰かけており、場所とは似使わない陽気な態度で彼女らを出迎える。
「よぉ~う。今日は俺と何の話がしたくて来たんだぁ?気品高い貴族で偉大なる冒険者の俺様に失礼のないようにするんだぞ?ん~?」
まだ貴族でいられていると思っているのか、上から目線の物言いは銅鉱山の一件と変わりない。そもそも、あの時でさえ、領地を追い出された「生まれだけ貴族」で、銅鉱山での採掘しか依頼がこなせないクズ冒険者ではあったが。
「ジアス。君はもう貴族でもない。それに冒険者ですらない。只の犯罪者だ。」
医師の男がジアスに強い口調で言う。
「はぁ?銅鉱山の英雄の俺様に何を言ってやがるんだ?まぁ、そんな些細なことはいい。で、何の話が聞きたいんだ?って、英雄の俺様が聞いているんだぜ。いいぜ。何でも話してやるよ!はっはは~。」
ジアスは自分に酔った口調で笑う。
医師は彼の狂言とも言える言葉を話半分にし、彼の身体にマナを込め触診をする。
それを「万科辞典」のスキルで見ている丈二から、アビーの耳に装着したイヤフォンを通して問いかけの声が流れる。
『アビーちゃん。どう?おかしなとことはない?』
丈二の声に対して、アビーは観察しながら言葉を返す。
『見ている限りでは特に…かな?ん~。』
アビーは、何かしっくりこない様子で「鼻の見極」をジアスに向ける。
医師は念入りに頭、顔、首とマナ触診を進めていき、それが、ジアスの心臓に施されるその瞬間。アビーの鼻がピクリと反応する。
『ねぇ。心臓にマナを流された瞬間に、心臓の臭いが変わったよ?というか、臭いが書き換わった?』
独り言とも言える声で、彼女は頭の中でポツリと呟く。
『ん。その瞬間見直してみる。』
八木は、画像を戻しその瞬間を見直しているようだ。そして…。
『あ。じょっちゃんこれ見て!!』
『ん?…えっこれ何?こわっ。』
『え?え?え?どうしたのー。私、見れないんだけど~。』
アビーが小さく両手を手を振り催促すると、それに気が付いた師サミュオが「どうかしたか?」と聞いてくる。
アビーは慌てて「何でもないです!何でもないですぅ」と誤魔化すも、顔は丈二達に対して「説明しろぉ」と怒っている。
『ごめんごめん。八木達がこの出来事を「記録」してるのはわかるよね?』
『うん。』
『それでね。その記録を見直することが出来て、「静止」することも出来るのね。で、心臓に医師がマナを込めたときに、画面を静止させたら…。』
『させたら?』
『クズの顔が一瞬「山羊」になった(笑)。後で見せてもらって!キモイから(笑)』
『何それ~。私いま…そいつの目の前にいるんだよぉ~。キモイの嫌だよぉ~。』
『『でも、そいつ元々キモイじゃん。』』
『あ。そっか。』
『ん。これ…多分医師は気が付いていないよね。魔力偽装かな?どう思う?』
『そうなら、銅鉱山の黒幕決定よな?』
『YES』
『あ、わかった。あの気持ち悪いのの心臓に「魔力的な偽装」がされて、医師のマナ診断を「書き換えて」誤魔化しているってこと?』
アビーがスッキリした感じで聞くと、丈二と八木が嬉しそうに答える。
『『いいねぇ。アビーちゃんいいねぇ!』』
『怖いんだけど…。まぁ、合っていたってことよね。』
2人の言っていることが、ある程度は理解できたアビーが、ひとつの提案をする。
『ならさ。この「麻酔薬」を、心臓にぶちゅーって打ってみる?マナと感覚を麻痺させるよ?』
丈二も、それはいい考えだと思う。
ただ、相手はクズであるため、注意を促すべきだなと思う。
『それは「あり」だね。でも、こいつの場合は何を仕出かすか分かんないから、医師の診断をまずはやり過ごして、別室で医師と調合師に事情を説明してから、注意を払って再診断をしようか。』
その提案の改善を聞いて、アビーは覚悟を決めて「コクリ」と頷く。
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