第46話 黒猫くえすと(2)
若月編
「マ…マスタアァァ。」
「この猫ちゃん「にょ」って…。「ニャ」じゃなくて「にょ」ですよ…。」
「喋る猫よりそっちに反応しちゃったの!?」
若月は猫が喋ったことにびっくりしなかった訳ではない。
ただ、獣人を2日前に初めて見た彼女にとって、この世界の猫なら喋れるのかもしれないと思ったに過ぎない。それよりも「猫が喋るならニャです!」と猫好き女性の本能がそれを言わせた。
「あ。こちらの街の猫はお話が出来るのではないのですね?」
「猫人族は喋るけど、猫は普通に喋らないからね?」
「じゃあ、猫の鳴き声は、「ニャ」じゃなくて「にょ」と鳴くのですね?」
「…普通に「ニャ」よ。」
「で…ではでは。この猫さんは、喋べれる語尾がおかしい珍種猫さんなのですね!」
「まぁ平たく言えばそうね。。」
マスターは、口元に手を当てて、少し考えて言う。
「この黒猫は、半年前に亡くなった隣のおばあちゃんのペットだったんだ。村のはずれで拾ったらしくてな。最後に頼まれて俺が引き取ったんだが…こいつ正確には猫じゃないんだわ。」
「???」
「ビュレトと呼ばれる猫の魔物のようなもので、もっと正確に言うと
「前世の人の記憶…。」
「多くを覚えているわけではないにょ。小さな人間の子供の記憶と言葉くらいにょ。はわわ~。」
ビュレットという種族の黒猫が欠伸をしながら伸びをする。
「俺も、おばあちゃんから託されたときにはじめて知ったから、まだ半年位の付き合いなんだけど、本好きってので、こいつとは気が合ってね。そこから、ここや図書館で一緒に本を読む仲になったんだが…最近忙しくてね。」
「それで、一緒に図書館に行ったりする人を探していらしたのですか?」
「そそ。で、実は、俺も冒険者なんだ。基本こっちが本職に成り掛けてはいるが、うちのギルドは「狩りの日」というのを決めていてね。定例的に仲間と依頼をこなすことにしてるんだよ。で、その狩りの日が明日でクリアするまで数日って訳。」
「わかりました。ご事情は理解したつもりですけど、猫ちゃんのこととか…私知っちゃいましたけど大丈夫ですか?」
新人冒険者で実績も何もない彼女に、多分結構な秘密を伝えて大丈夫なのかと若月は思う。
「うん大丈夫。リリアの目信じてるから。」
マスターは白い歯を見せ笑顔で言う。
「にょにょ。街の外もこの子と行くのかにょ?」
黒猫は若月のテーブルにぴょんと飛び乗りマスターに尋ねる。
「ん?そのつもりで冒険者組合に頼んでるんだが?」
「そんにょら、裏の道場でお前この子と戦うにょ!」
「えぇ?今からか?嫌だよめんどくせぇ。」
「戦うにょ!」
「わ…わかったよ。若月ちゃん悪いんだけど、これも仕事の内ってことで、軽く模擬戦してくんない?こいつこう見えても責任感が強くて、外に行くなら危険だから自分の目で確認をしたいようなんだ。」
マスターは肩を竦める。若月もお仕事の内とそれを承諾する。
※ ※ ※ ※
酒場の裏には水場も兼ねた庭があり、その奥の平屋の建物が道場のようだ。マスターの後に追いて行き中に入ると広めの土間が広がっている。
ここは、彼のギルドの練習場だそうで、皆で金を出しあって作ったと誇らしげに自慢された。
「剣士だったよね?木刀これでいいかな?少し短め。」
ほいっと渡され軽く振る。これで良さそうなのでそう伝える。
「んで、剣相手に悪いが剣が得意じゃないんで、この木棒を使うよ。」
マスターは適当に獲物を選び構える。
「大丈夫です。実家が剣の家元でしたので、槍のお相手もしていました。」
「へぇ。なら早速、軽く行こうか。魔法なし、スキルなし。道場が壊れるような攻撃もなしで。」
「はい。」
犬の背中に乗った黒猫が「軽くじゃないにょ!ちゃんとやるにょ!」と五月蠅かったが、マスターはそれを無視をして黒猫に指示を出す。
「つぶ、若月ちゃんが構えたら始の合図を任せるわ。」
若月は剣の握りを確認し、下段に構える。
「はじめるにょ!」
黒猫の合図と共に、お互いの空気がひりつき、時の流れがゆっくりになったと錯覚を覚える。
◇ ◇ ◇ ◇
間合いが整い、互いの空気が変わったと同時に若月は額に冷たく流れるものを感じる。
対峙しているのは、流石冒険者。くるるは強そうじゃなかったと言うが、お店を開く程依頼をこなしている
木棒を持ったこの男は、肩幅より少し広めに左足を前に出し、気持ち短めに持った棒先には集中力を感じる。それでいて脱力をし力みを感じない。
(隙がありません。私も少し入らないと返されて終わりますね。)
―――スッと体の力を抜き表情がなくなる若月。
(へぇ…これは確かに…。)
若月の剣先に籠る気質の変化に彼の足はジリッと足半分程後ろに下がる。
その足半分程下がりきる刹那、下段の構えそのままに、マスターの前に出した左足に若月が左逆袈裟で斬りかかる。
マスターは、前に出した棒先を左下に落とし左逆袈裟をいなしながら左足を引き軸足を右に変え回りながら彼女の左肩元を狙う。
肩元を狙われた若月は、半歩すり足で前に出てそのまま木刀で棒を受ける。若月としては持ち手を狙った返し技であったと思われるが、流石にずらされ間合いを取られる。
今度は、マスターが5センチ程上下にフェイントを入れながら突きに来る。
若月は刀身でいなし胴へを斬りに行くが木棒の中心付近で止められ、半身引く。
と。同時に前に出て上段から切り抜く。
マスターも神がかった見切りでそれを交わしそのままカウンターを出そうとしたとき、若月の剣が足元の死角から跳ね上がる。
―――月影ッ!
右逆袈裟からの胴斬りが綺麗に入る。
「ぐふっっ。痛って~。何だ今の。俺の負けだあ。」
マスターは腹を抑えながら土魔法新緑の癒しで傷を癒す。
「そこまでにょ!」
黒猫が若月の勝利を告げる。
―――がっ、若月の剣が止まらない。
表情は変わらず無感情だが、口元だけ薄っすら笑って斬りに来る。
「ふん。熱くなりすぎにょ。」
黒猫が前足を舐めながら尻尾を振ると黒い霧のような何かが若月を捕らえ、縛り上げる。
「あ。え?捕まってしまいましたわね。まだ〝これ″を倒し切れていませんのに。」
表情は変わらない。
すると、ハスキーに似た小型犬が近づき若月の顔をぺろりと舐める。
…優しい風。
彼女の表情がいつもの少女の顔に戻り、笑顔で頭をペコリと下げてこう言った。
「ありがとうございました。良い
「うん。
流石あれを…だな。
でも、この子は一体、本当に何をして、どう育って、こうなったのだろう?
いや…きっと「あれ」に…あれで、あれこれ…。
結論、コールマンやリリアから聞いていた以上に
そう。このBARのマスターも、まごうことなき、この彼女を見て興味深々と彼女の過去を想像する
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。