第45話 黒猫くえすと(1)
若月編
朝の冒険者組合は混んでいる。
担当者のリリアも3人組の獣人の対応をしており、少し待ことになった。
「何や何や」と女の竜人族が言っているのだけは聞こえてくるが、その声は活気があり朝の冒険者の熱気を演出している。その内、虎人族の男性がリリアと握手をしており、どうやら良い依頼を斡旋して貰ったらしい。
その依頼登録をしている時にリリアは若月に気が付き手を振る。
すると、何や何やと言っていた竜人族の女性が若月の方を見て「新しい担当の子かいな」とリリアに聞く。リリアから昨日からの新人で若月ちゃんと紹介があり、若月は頭を下げた。
竜人族の女性は「ほお」という顔をして、通り過ぎざまに
「新人さんかぁ。今日も無理はせんでお互い頑張ろなぁ。」と、下げた若月の頭をなでてエールを送る。
先輩冒険者からのエールに若月は少し顔を赤くし、「ありがとうございます。」ともう一度頭を下げると、それを見た3人は笑いながら組合を出て行った。
(絵にかいたような偽関西弁でしたねぇ…。)
と心の中で笑っているとリリアが改めて若月に声をかける。
「お待たせです。若月ちゃん。依頼の受注でよかった?」
「はい。リリアちゃんのおすすめをお願いします。」
はいはーいとリリアが奥に行き依頼書を確認に行く。
その間に周りから数人声を掛けてくる輩がいたが、すべて「お構いなく」と笑顔で返した。満面の笑顔でオウム返しで対応されるため、一律肩を落として帰っていく。
初めは、可愛い女の子の新人冒険者が絡まれるお決まりのパターンかと、心配していた他の組合職員も、その対応を見て今は笑っている。
リリアも依頼書を持ち、笑いながらこちらに戻ってくる。
「あはは。若月ちゃんのその対応は新しかったよー。最初に声かけてきた人達、昨日コールマンさんに追い払われた人達なんだけど、あの人達は新人にマウントとって気持ちよく仕事に行くのを日課にしてる…」
『小物でクズなんだけどね。』
とリリアはボソッっと若月に耳打ちし、「あんな苦虫を噛んだような顔で出て行ったのを見たの初めてだったのよ?」と笑う。
「あはは。コールマンさんの奥様に教えて貰いました。それでも絡んできたり掴まれたりしたら、剣の鞘で何を叩き潰せばいいのよって。」
「あははぁ…流石ヒビキさん。」
「それはそうと。お待ちかね!本日のリリアちゃん特選街依頼はこれでーす。」
「わー。ぱちぱちぱちぱち。さてさてどれどれです!」
依頼書を覗き込む若月に合わせリリアが依頼の説明をする。
「本日ご用意したのはこれ。酒BARみたらし団子の看板猫「つぶりーな」のお世話です~♪」
「みたらし団子!看板猫!お世話!いいですねいいですね。私、猫、好きです!」
「え~。お世話内容ですが、街のお散歩と餌やり、街の外で適度な運動?ん~これさせるのか…まぁ、詳しくは店主に聞いて欲しいとのこと。因みに、この依頼が気に入ってくれたなら1週間くらいは毎日お願いしたいみたい。報酬はなんと1日銅貨5枚で、午前中に終われば午後から別の依頼に行ってもOK。どうよ!」
「是非是非!お願いしますです。合間に猫ちゃんもふってもよろしいですよね?」
「うんうん。大丈夫~。私ここのお店良く知っているけど、運動したら大人しいからつぶちゃん。後、わんちゃんもいるから一緒にもふってあげるといいよ~。」
「な、なんと!いいのでしょうか。こんな天国みたいなお仕事!」
「あ~でもちょっと癖もある子だから、頑張ってね。アハハ。」
リリアはこの店を贔屓にしているようで、その猫も良く知っているようだ。この方が通っている店ならきっと依頼主さんはいい人なのだなと若月は思う。
「私早速行ってみますので依頼の受諾をお願いします。」
「は~い。登録プレートをお願いします。あ~それと午後から時間があったら依頼受ける?」
「えっと…どうしましょう。初日ですしお時間ができたら伺います。」
「はい。登録完了です。了解だよ~!ではでは若月ちゃん頑張ってね!。行ってらっしゃい。」
リリアに行ってきますと元気に言って、教えてもらった場所に向かう若月。
※ ※ ※ ※
依頼のあったお店は、中央区画のメイン通りから少し中に入った住宅区画との境にあった。
夜になると中央から帰宅する人々や冒険者や生産者達が利用している飲み屋のようで、少し大人の雰囲気を漂わせるBARスタイルのお店。
食事やエールで楽しく騒ぐというよりは、疲れた一日をゆっくりと静かにお酒で癒すそんなお店で秘かなファンが多いらしく、リリアもその口だそうだ。
お店についた若月は、木製の趣のある扉についたドアノッカーを数回叩く。
すると中から、「開いてるからどうぞ。」と声が聞こえる。
若月は「お邪魔します」と中にはいると、入って左手のカウンターバーで、ずぼらに黒のスラックスにベストを着こなした男が、その日の仕込みなのだろうかオリーブに似た実をナイフでカットをしている。
どこかで見たことがあるなぁ?と思いながら挨拶をする。
「はじめまして。冒険者組合の依頼を…あっ!」
「お洒落カフェのマスターさん!」
カウンターにいたのは、くるるお勧めの川沿いカフェのマスターだと若月は気が付く。
「あれ?君は今朝のくるるちゃんと一緒にいた、名前はええっと…若月ちゃん!」
名前を憶えていてくれたんだと若月は内心喜ぶ。
「カフェって…あはは。まぁそれはいいとして、依頼は君が受けるのかい?」
「はい。受付嬢のリリアさんご紹介で、猫ちゃんのお世話に参りました。」
肝心な猫ちゃんは…と。店内を見渡すと、ハスキーのような小型犬と抱き合うように寝ている黒猫を発見する。
「そっそ。この猫の世話をお願いしたいんだ。こいつは少し変わっていてね。ちょっとだけ賢いんだ。人の言葉も理解しているし、俺の影響もあるんだが、本を読むのも好きで図書館がお気に入りでな。まずは散歩がてら図書館にこいつと行ってもらって、帰りに買い出しをお願いしたい。」
マスターは、何でもないことのように、猫を図書館に連れて行って欲しいと若月に告げる。
「ふぇ?本を読む猫ちゃんなのですか?言葉もわかる?これはこの街では当たり前のことなのでしょうか。」
不思議な話と思いながらも、これがこの世界の当たり前なら、また赤面することになる…と思い、若月はマスターに聞く。
「いやいや、言ったろ。少し変わっているってね。まぁ起きたらわかるよ。」
ニヤリと少し悪い表情でマスターは答え、仕込みの手を休めて若月に飲み物を出す。
「少ししたらこいつ起こすから、これ飲んで待ってて。で、よければ味の感想が欲しい。」
若月の前に、黒く濁った飲み物が出される。
この香り…。
一口その飲み物を飲むと、これが何なのか確信を持つ。こちらにもあるんだなと感動した。
「この苦みと渋み、美味しいです!お砂糖かミルクがあれば、もっと私好みになるのかなって感想は…恐縮ですね。」
「お。これが分かるか!これはカッフェと呼ばれる飲み物でな。東方の国ラティールってとこで取れる豆を濾したものなんだ。砂糖は少し高いからハチミツを入れて、朝の屋台で出そうと思ってな。そっか~そうだよなぁ。ミルクだよな~味が円やかになるんもんな~でも鮮度がなぁ~ぶつぶつ…。」
美味しいと言われマスターは上機嫌のようだ。
実際、元の世界でコーヒーが好きであった彼女にとっても、酸味と渋み、コク共に元の世界で飲むコーヒーと遜色がなく美味しいと思っており、それが表情に現れ、彼にも伝わっていた。
「さっき君がカフェって言ったからさ。ひょっとしたら飲んだことあるのかなって思ったんだ。」
「出身が東の方ですので何度か…あははは。」
「東方、日の出でる国の出身かぁ~いいねぇ。」
「あははは…。」
何とも答えにくい表現をして来くるマスターに、若月は回答を困る。
そんな会話をしていると、ハスキーっぽい犬が目を覚まし黒い猫の首の襟元を咥えてこちらに近づいてきた。黒猫も目を開け前足で眠たそうに眉をかく。
その、如何にも猫という仕草に、既に若月はメロメロで、黒猫の下の目線から指を出し挨拶をする。
「つぶりーなちゃん。今日から一緒に本を読みに行く若月ですよ~。きゃぁ可愛いです。可愛いです~。」
若月の指で頬を撫でられ、そのまま頭と喉元をわしゃわしゃされ黒猫も目を細めグルグルと喉を鳴らし、彼女のことを気に入ったようだ。そして目を細めたまま若月に対して、猫は
「姉ちゃんのナデナデ気に入ったにょ!こいつから聞いてる冒険者だにょ?今から図書館デートに洒落込にょ。ヨロシク頼むにょ!」
「ふぇ?え?にょ???」
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