第8話 街と貨幣と小太刀と(3)

 若月編


「持ってみてもいいか?」

 コールマンはその美しさに「ごくりっ」と唾をのみ小太刀を受け取る。


「こいつはすげぇなぁ。お嬢ちゃんのコインの精度もすごいが、こいつはダンチだ。鑑定をしてみてもいいか?」


「鑑定ですか?」


「あぁ。俺はマテリアルスミスで素材と作品の性能を見ることができる。中には人そのものを見る鑑定の持ち主もいるみたいだが、俺の場合は物質だけだ。」


「そんなことが出来るのですね。私がこれを隠さず見せるのもコールマンさんを信頼しているからです。それに私が何故ここにいるかもお話しなければいけないでしょうし。好きなだけ調べてもらっていいですよ。」


「ありがてぇ。こんなものを鑑定できる機会なんて滅多にねぇ。」


 そういうと、コールマンは眼に力を籠める。すると彼の眼は青白く発光する。

「す…すげぇなぁこいつぁ…。オリハルコンとミスリルを特殊な鋼に融合させ錬成された素材。切れ味や耐久力が段違いにヤバい。それに魔力耐性と特性がある。こんなの魔剣…国宝級以上の代物だぞ。」


「名刀漆太刀がひとつ「漆鴉月下小町」と言われるものだそうです。私の技量に比例して強くなる業物と渡されました。」


 若月は少しうつむき目を閉じながら言う。


「う~ん。技量に比例してってのは恐らく、魔力特性のことであろうな。この剣は魔力特性は極めて高いのだが色がついていねぇ。これは予想でしかないが、嬢ちゃんの成長に合わせえこの剣にその力が付与されるってことだと俺は思う。」


「魔力…成長…。」


「ああ。成長をするに至って一番の恩恵は体力や筋力はもちろんだが、スキルや魔法の恩恵にあるだろ?それを自分と同様に剣にも付与できるって感じだ。相手のそれに対して剣が耐えれる能力値が魔力耐性であり、また付与する側の魔力を何処まで受け取れるのかというのも魔力耐性による。」


「一方使用者の魔力をどの程度強さに反映させることができるか等の付与効率を魔力特性と言っている。ただ魔力特性は様々な形があるんだ。そこはまぁ冒険者になったらギルドないし組合に聞いてくれ。」


「そう…なんですね。魔力が剣に影響を与えるというのが技量につながるのですか…。魔力そのものが理解できていない間は…。」

 若月は難しいなぁと苦笑いをする。


「魔力がわからない…かぁ。やはり嬢ちゃんは訳ありってことなのは良くわかった。それがわかったとして今は何も聞かねぇ。てか、お嬢ちゃんの訳ってのを最初に話すべきは俺じゃねぇわな。」


「え…?」


「まぁ。さっき言っていた「ここにいる理由」なんてのも、誰しも話せないことのひとつやふたつあるもんだ。この武器を見ていれば、今日あったばかりの人間にホイホイ言えるようなもんじゃない。相当の覚悟で俺に見せたんだろ?」


「それが分かるのに理由を聞くほど俺は野暮じゃねぇ。それに暫くはここにいるんだ。だったらまずはこの街に慣れることから始めればいいってことさ。」


「え…。」


 涙が出た。


 不自然なほど何も知らない私。なのに所持している希少な装備。お金についてもそうだ。鑑定が出来るコールマンが見たこともない素材でできている。

 そんな自分の異常さに目をつぶり、言いたくないなら言わなければいいと言ってくれているのだ。


 言いたくない訳ではない。正直、相談もしたい。だが言い方…伝え方が分からないのだ。


 こちらの世界に迷い込み女神に謁見してから5日余り。

 チュートリアル的な少しの狩りと能力向上。それだけしか、まだこの世界でしたことがない彼女にとって、相手に自分に起きた事象を伝える術は持ち合わせていなかったのである。


 だから、コールマンからのこの世界の情報はありがたかった。

 だが、まだ分からないことしかない。だから伝え方が分からない。


 そして、コールマンからの優しい思いが、その思いに対する緊張の糸を切り、彼女の目に涙を溜めた。


「うっ…うっ。あ…ぁり…ありがとうござい…ます。ふえ~~~ん。」

 涙とともにやっと言葉が出た。


「おっおい!!な…泣くことはないだろ?何か俺はしたのか?」


「あらあら。泣いてるじゃない。ご飯を食べていて何故そんなことになっているのかしら。さっきまであんなに楽しそうにお話していましたのに。」

 狼狽するコールマンの後ろから、部屋の掃除をすませたヒビキが声をかける。


「い…いえ。違うんです。こちらに来てからのお二人の優しさが嬉しくて。あと…私お二人にお話をしたいことがあるのですが、まだ気持ちの整理ができていなくて…それで。」

 くしゃくしゃになった顔を手で覆いながら若月はいう。


「あらあら。大丈夫ですよ。いいのいいの。若月さんは若月さんの事情があるのです。誰でもそうよ。」

「でも…でもぉ。」


「いろいろと大変だったのですねぇ。若月さん、多分私はあなたのお悩みに少しだけお助けが出来るかもしれません。気が向いたら何時でもいらしてくださいね。」

 さぁ。食後のお茶にしましょうと、ヒビキはお茶を入れてくれる。ホッとする。


「みなさんすみません。はい。落ち着いたらちゃんとお話ししますので、その時は相談に乗ってください。」

 できる限り満面な、涙でひちゃけた笑顔で答える。


「おう。その笑顔が嬢ちゃんらしいぜ。」

 ほっとした表情でコールマンが笑う。

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