第6話  街と貨幣と小太刀と(1)

 若月編


「ヒビキさん?…ですか。」

 聞き覚えのある名前に若月は心の声を口に出す。


「どうしました?」

「あ。いえすみません。私の出身地にもある名前だったので、つい懐かしいなと思ってしまいました。」


「いえいえいいのですよ。どちらかというと変わった名前ねと昔から言われてきましたので少し新鮮なご意見です。そんなことよりこんな場所で立話もなんですから中に入ってくださいな。お疲れでしょうしお食事にしましょう。」


 そういうとヒビキは店の中のダイニングに若月を通し、途中であった料理をするため厨房に入っていく。


「すごく綺麗な奥様ですね。ちょっとびっくりしちゃいました。」

「だろぉ~。自慢の妻だ。因みに隣の宿屋を切り盛りもしているから贔屓にしてやってくれや。」


「あ。お隣の。」

 隣の宿はヒビキさんが営んでいるから長屋の続きに位置しているんだと納得する。


「あぁ。そよ風の響き停って宿屋と食事処をやっとる。俺は多いと月の半分は素材採掘に出かけてしまうし、帰ってきても工房に籠ることが多いんでなぁ。手が余ってしまうと始めたあいつの生きがいだ。食事の美味さは今から味わってくれ。」


「ありがとうございます!!泊まる場所も探さなくちゃって思っていましたので、是非是非!!」


 門の外で出会い、何も知らない自分にお金のことや街のことを教えてくれたうえ、食事の招待や泊まる場所の斡旋をしてくれたコールマンに心から感謝をする。


「俺から得た金だが、有意義に俺の店とあいつの宿で使ってくれたら俺にとっては丸儲けってもんだ。がははは。」

「あはは。ではお願いします。知っている方がいるだけでどれだけ心強いか。あとお風呂ってあります?」


「湯を入れたタライを用意して体を洗う個室ならあるぞ。温泉のように浸かることはできないがな。石鹸や香油はあいつに聞いてくれ。」


「わわ!暫く…暫くお世話になります!!!」


「おい。お嬢ちゃんがお前の宿を暫く使ってくれるってよ!!」

 厨房のヒビキに声をかける。


「あらあら。まぁ。嬉しいわねぇ。今日の宿代はサービスしますから泊まっていってくださいな。その代わり末永く使っていただければ嬉しいですわ。」

 厨房の入り口から顔をひょっこり出し満面の笑顔で言うヒビキ。


「お食事から泊まるところまで。本当にありがとうございます。いっぱいお返しできるように頑張りますから今日は甘えちゃいます。」


「そういえば、お嬢ちゃんは何を生業にしてるんだ?暫くは今日の銀貨で過ごせるけど働き口がないと流石に何時かはなくなるぞ。」


「私の家は代々剣術を生業にしていて、幼いころから剣術を叩き込まれて育ちました。なので剣を使った仕事があればと思っているのですが、何分、こちらの…いえ。この街の事情を良くわかっていないので。」


 何分こちらの世界の…と言いかけて若月は、この街と言い直す。


「へぇ。驚いたな。その可愛さで華奢な体なのに剣術が得意なのか。なら、定番だが冒険者ってのが身分証を発行してくれるんで、トーマスの言っていた登録カードのことや物品の売買を考えてもいいのかもしれねぇなぁ。但し危険と隣り合わせだけどな。」


「…冒険者。本当にそういう職がある世界なのですね。」

 若月は手をぐっと握り、不安と憧れと、複雑な表情をしながら呟く。


「ん?冒険者がどうかしたのかい?」

「い…いえ。そうですか冒険者ですか。落ち着いたら一度冒険者屋さんに行ってみなくちゃですね!」


「明日娘に連れていてもらえばいい。命の危険を伴う職業だ。説明だけ先に聞いてよく考えるのも手だぞ。」

「何から何までありがとうございます。ところで娘さんは?」


「お待たせね~ご飯ができましたよ~。娘は出かけていて帰るまでもう少しかかるの。なので先に食べちゃてくださいな。」


「お。きたきた!本当に美味いからびっくりするなよ~。絶品だからなぁ。お替りもあるからどんどん食えよ。」


 ヒビキの作ったキッシュとスープ、肉の煮込みは絶品で、そして若月にとっては、こちらの世界ではじめての家庭料理であった。


暖かく幸せな食事を堪能し、この宿にいる間は、食事で苦労することはないと彼女は確信し密かに喜んだ。

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