034 伝言
「そっちも色々とあったんだねえ。ナッツバスターがランクBになってたってのもヴァーミア天領まではまだ届いてなかったよ」
「そっかー。あたしらがBになったのは半年ほど前だから、まあそんなもんでしょ」
案内されたナッツバスターの雲海船内の客室で切り出されたのは、まずはナッツバスターの昇格についての話であった。
シーリスは知っていたようだが、ルッタはここに来るまでナッツバスターがランクBになっていたことを知らなかったし、ヴァーミア天領でも聞いた覚えがなかった。
地元で活躍していたクランがランクBになったのであれば普通は大きな話題になるのだが、この世界は竜雲海の濃い魔力のせいで長距離通信が難しいために、情報伝達は通常雲海船経由による人伝てとなる。そのため、ルッタがいた頃のヴァーミア天領にはまだナッツバスターの昇格の話は到達していなかった。
「あっしらが以前にテオドール修理店に訪れたのはもう二年前っすわ。あっしらもアレから随分と狩ったけど、ルッタくんはそいつをサクッと抜いて行きやがりましたね」
チルチルの言葉にルーナも頷く。
先ほどの模擬戦では、ナッツバスターも終いにはアーマーダイバー部隊すべてを投入して挑んだのだが、ルッタとイシカワのコンビネーションに対してなすすべもなく敗れていた。
その光景はルーナとチルチルの脳裏にもまだ色濃く焼き付いており、ルッタの噂の多くが事実であるだろうと確信させるのには十分だった。
ちなみにシーリスはイシカワにルッタをNTRれた気分になっているため、その話題が出ると若干不機嫌になったが、あの連携はイシカワがルッタとほぼ同レベルでの戦闘力であることに加えてアサルトセルでの協力プレイのセオリーを知っているが故のものだ。未だリリでさえ真似できない境地であるため、シーリスには何も言えない。ただイシカワの好感度は自然と減少していくのであった。
「それにしてもナッツバスターとルッタが知り合いとはねー。この業界はやっぱり狭いわ」
「テオ爺の店の常連だったからね。ルーナさんたちはヴァーミア天領周辺だと物足りないからってんでよそに移ったけど」
ハンタークランは自身の実力と生息する飛獣のランクが合致した天領で活動しなければ上を目指せないし、高ランクになれば一つどころに留まらず、風の機師団のように渡り歩く必要も出てくる。
ナッツバスターはランクCに昇格した際に地元を出て、ランクBになった現在は風の機師団と同じように高ランクの飛獣を求めて天領を移動し続けるようになっていた。
「何度か立ち寄ろうとしたんだけどねえ。でも、ウチらも色々あって忙しかったし」
そう言って笑うルーナだが、彼女が以前のようにダイバースーツを着ていないことにはルッタは気付いていた。
(まあ、そういうこともあるよね。ハンターなら)
誰も口にはしていないが、ルーナからは潜雲病にかかった人間特有の気配をルッタは感じとっていた。恐らくは体のどこかに魔力の結晶が生えてきているのだろう。
潜雲病は体内から魔力結晶が生え、人体が石英化する病だ。それは竜雲海の上で生きる者には当然のように付き纏うリスクであり、ハンターとしては覚悟すべきモノだった。特に竜雲海を常に飛び回るアーマーダイバー乗りは発症しやすく、発症後は操縦するだけで生えた結晶が機体と干渉して痛みが伴う。そうなれば乗り手としては終わりだ。ルーナも恐らくは同様で、こうして平然と話せるようになるまでには苦痛と絶望、それから今までの自分を諦めることを血の涙を流しながら選んでいるはずだった。だからルッタもそのことを口にはしない。
そしてルッタのここまでの旅路を言える範囲で話し、それにルーナやチルチルが驚いたりした後、ルーナが「なるほどねー」と言って一息ついた。
「濃いねえ。ホントルッタくん濃いわー。そりゃ話題にもなる。それでね。風の機師団と出会ったエピソードで悪い奴に追われて涙ながらにお別れしたおじいちゃんいたでしょ?」
「うん。テオ爺ね」
「そう、あたしに散弾銃突きつけて脅してきたクソジジイ」
「アレは自業自得っすよ」
チルチルがそう口にするが、ルーナは無視して話を進めていく。
「実はその爺さんとちょっと前に偶然会ってね」
その言葉にルッタが目を見開いてガタンと音を立てて立ち上がる。
「テオ爺と会ったの?」
「そ」
「あんのクソ爺、生きてたんだ」
そう口にしながらもルッタの顔には笑みが浮かんでいた。
「そんでテオ爺さんからの伝言だよルッタくん」
年頃の少年らしい笑顔を見せるルッタを満足そうに眺めながらルーナがこう口にした。
「ヘヴラトで待ってるから早く来いってさ。ちょっと元気が有り余ってるようだったから、早く行ってあげた方が良いかもね?」
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