035 メイサメイクライ

「フッ、そうかい。テオは先にいっちまったかい」

「その言い方だと死んじまったように聞こえるね艦長」

「わはははは」


 ナッツバスターの雲海船からタイフーン号に帰還したルッタとシーリスが最初に向かったのは、タイフーン号艦長にして風の機師団の団長ギアのいるブリッジであった。


「おいルッタ。お前、あのナッツバスターと知り合いだったんだって? 女の子になって帰ってきてないよな?」

「大丈夫。ちゃーんと付いてるよ」


 ラニーの問いにルッタがパンパンと自分の股間を叩くとシーリスがそれを無意識に凝視したが、それからすぐにスッと目を背けた。この女、やはり予備軍なのでは?


「テオの野郎がそう簡単にくたばるわきゃねえが、昔っから手が早かったからな。どこかでトラブってないかと心配はしてたんだ」

「あーまあ、確かに」


 ギアの言葉にテオを知るルッタと古参クランメンバーの面々は頷いた。タイフーン号にいた時からテオは口より手が先に出るタイプで、その上に白兵戦のスキルもクルーの中で一番高かく、エンジニアは船の中では最強であることを周囲に知らしめ続けてきた男であった。なお、その技術はルッタにも受け継がれており、結果として子供のくせに引き金がとても軽い子に育ってしまった。


「ともあれ、無事で何よりだ。良かったなルッタ」

「んー、まあねえ」


 ルッタが軽い口調で返すが口元はにやけている。ルッタはなんだかんだ言ってお爺ちゃんっ子なのである。喜びが顔に表れており、それを見たシーリスたちもホッコリしていた。


「ただ問題なのはルーナたちから教えられたもうひとつの情報の方だねぇ」


 シーリスがそう口にするとギアも顔を引き締めて頷いた。

 ナッツバスターとの交流で得たものは、互いの近況報告やテオの伝言……だけではなかった。テオと再会後に風の機師団を取り巻く状況を調べたナッツバスターは、風の機師団の今後に関わる情報も拾っていて、それをルッタたちはあの場で受け取っていたのである。


「ふーむ。ゴーラの外洋部隊が集まってきている……ねぇ」


 ナッツバスター経由で渡された報告書を細目で見ながらギアがそう呟く。


「今の天領連続襲撃があるからか、こっちにまでは来てないようなんだけどね」

「ふん。チョロチョロとそれらしい雲海船が目撃はされているか。そりゃあ、存在が知れれば協力は要請されるし、断ればなぜいるのかを問われるだろうから隠れざるを得ないな」


 本来天領所属の軍隊はそれぞれの天領に属する領海を通過する際には通達の義務がある。それは八天条約にも明記されており、現在のゴーラ武天領軍は秘密裏に行動しているために基本的にはそれを無視して移動していた。

 とはいえ、八天領の一角が誤って領海に入ってしまったと返せば、大天領であっても対応は後に抗議を送る程度しかできないが、その場にいる目的も明かさぬのであれば疑いの目は向けられ、それは隠密行動に出ているゴーラ武天領軍としてもよろしくはない状況となる。行動が制限されているのは風の機師団ばかりではないということだった。


「まあ、ナッツバスターに察知されるほどに動いてるってことはこっちの尻尾を掴まれた可能性はあるが、今この状況で連中が仕掛けてくることはないだろうよ。あるとすれば、その後だ」


 そのギアの言葉にブリッジ内の全員に緊張が走る。


「ジナン大天領を抜けて、アンカース天領を越えればヘヴラト聖天領まではもう目前。このままヘヴラトの玄関口とも言われているシェーロ大天領まで辿り着ければ、一応の安全は確保できたと考えてもいいだろう。だから連中が仕掛けるとすれば、そこに辿り着く前になるだろうよ」


 八天領はそれぞれが近隣の天領と深い繋がりを持っている。シェーロ大天領と特にヘヴラト聖天領との繋がりは強く、ゴーラ武天領軍も手出しはできなくなるだろうというのがギアたちの見解だった。


「まあ、こちらに連中が来てないってのは朗報だ。マガリにちょっかいをかける可能性が減ったからな」

「確かにそうですな艦長。あいつに変な因縁がつくのは面白くねえ」


 陥落したヴァークレイ天領出身のマガリはもうタイフーン号にはいない。彼はルッタたちがナッツバスターに会いに行く前にヴァークレイ天領跡に向かうハンタークランへと合流し、すでにこのジナン大天領から出立していた。マガリは船には残らず、自分の故郷や家族のために動くことを選択していたのである。


「マガリさん、大丈夫かなぁ」


 ルッタが心配そうにそう口にする。

 すでにヴァークレイ天領は深海層に落ち、彼の家族がまだ生き残っているのかも分からない。

 生きていたとしても、その後は間違いなく流民として苦難の道を歩むことになるだろう。


「問題ないさ。アイツも風の機師団の一員だ。ヤワな鍛え方はしちゃいない」

「それにデッケェ土産も渡してやりやしたしねえ。なあルッタ」


 ギアとラニーがそう言って笑い、ルッタも頷く。


「そうだね。ま、俺がメンテした機体だし、マガリさんなら問題なく扱えるだろうから大丈夫だろうけどさ」


 その言葉通り、マガリには餞別としてアーマーダイバーが一機渡されていた。

 それは以前に銀鮫団から鹵獲していた、いずれ合流予定であった乗り手候補のメイサのための機体だ。

 マガリは風の機師団内では整備士をしていたのだが、元々はアーマーダイバー乗りに憧れていた口で、当人もランクE程度の実力は持っている。当初はその提案を遠慮していたマガリだが、ルッタの「生身でどれほどの助けになるかは分からないが、アーマーダイバーなら間違いなく故郷の助けになる」という説得に負けてメイサ機を譲り受け、ジナン大天領に到着するまでにルッタからレクチャーを受けてそれなりに動けるようにもなっていた。

 実際深海層に留まっている住人を竜雲海上にまで移動させるのにアーマーダイバーはいくらあっても足りるということはない。渡した機体は間違いなくマガリの役に立ってくれるだろう。


「まあ、メイサは泣くだろうけどね」


 シーリスの言葉にラニーが「ワハハ」と笑って誤魔化す。ゴーラ武天領軍から逃げるために移動し続けているタイフーン号には今回のテオ爺のように偶然伝言を届けられでもしなければ連絡は届かないのだが、その逆は可能なのだ。メイサがジャバと共に風の機師団のホームがあるヘヴラト天領に到達していればタイフーン号から送られた連絡は伝わっているはずだし、自分の機体が用意されていることを知れば「きゃー、やったですわー。わたくしのおマシンー」と飛び跳ねて喜んでいるはずだった。


「ま、まあ、メイサも分かってはくれるさ」

「そうね。メイサは分かってはくれるでしょうね。あの子は良い子だから。でも泣くわ。絶対に」

「だなー」


 メイサは良い子だから分かってくれる。でも悲しいから泣いてしまう。ルッタは周囲の様子からまだ見ぬメイサへの理解を深めるのであった。




———————————




 次回からジナン大天領を出て、アンカース天領に向かい始めます。

 マガリの後日談はそのうち書かれると思います。

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