032 怪物を喰らう怪物

『そんじゃあ次いってみようか』

『ハッ、俺を釣れるかなビッグアングラー』

『馬鹿野郎。俺だ俺。飛蝗喰らいのジャンガが相手だ!』

『カイゼル・イシカワとやりてーヤツはいねーかー?』

『ヒャッハー。竜殺しを倒しゃぁ、実質俺も竜殺しだァア』


 双翼のアベルとカインとの戦闘後、ルッタはイシカワと共に選抜メンバー選びという名目で模擬戦を続けていた。

 無論、疲れが残らぬ程度の、無理の無いようにというオーダーがギアから付けられていたが、ルッタだけでも一方的であったのに、途中でイシカワが参戦してコンビを組んで戦い出してからはもう手のつけられない状況となっていた。


「はっはっは、凄いなルッタ少年は。召集されたハンターたちは当然腕利きのはずなんだが。イシカワとの連携で誰も彼もまるで太刀打ちできないじゃないか」

「いや、ラインさんさぁ。笑ってるけど、アンタの部下が真っ先にやられてるんだけど、アレは本当に良かったのかい?」


 タイフーン号の上で笑いながら模擬戦を見ているラインにシーリスがツッコミを入れるが、ラインの笑みは崩れない。

 実際の実力はともあれ、ランクAクランの主力ふたりがランクBクランの量産機乗りになすすべもなく敗北したなどという醜聞は、普通に考えれば避けたいもののはずだ。或いはルッタの実力を低く見積もって二機ならば勝ちを拾えると思っていたのかともシーリスは考えたが、それにしてはラインの表情に動揺はまったくなかった。


「ああ、問題ないさ。ルッタ少年は私の要求に100パーセント応えてくれた。イシカワについてはさすがにイレギュラーではあったけれど、ルッタ少年の実力は分かっていたからね」


 その言葉にシーリスが目を細める。

 ルッタの実力を初見で看破できた者など、シーリスはリリぐらいしか知らない。であれば少なくとも『けん』においてはラインはリリに匹敵しているのかもしれないとシーリスは考えた。


「アベルたちには悪いと思ったが、ルッタ少年が伝聞通りの実力であることをこの場の全員に知らしめさせるために彼らにはピエロになってもらった」

「何でそんなことを?」

「この作戦はソレほどに困難だから……かな」


 そう言って笑みを消して口を開く。


「今回の目標となる飛獣は現在もランクSになるべく絶賛成長中の育ち盛りだ。先程はSになっていない今叩くなんて言ってはみたが、対峙する頃には核以外はランクSに届いているはずだろう。だからこの作戦は実質ランクS飛獣戦のようなもののわけだ。まあ、君らには分かってるだろうけどね」


 シーリスが頷く。口にしないだけで分かる人間は分かっていた。だからラインはあの場で危うさを感じたハンターも留めるための力をこの場で示す必要があった。


「そんな脅威を相手にするんだ。高出力型二機を相手に余裕を以って圧倒するような、オリジンダイバーに匹敵する存在がここにいると知らしめる必要があったわけだね」

「ムキュ、ならルッタの実力はもうみんな分かったよね。じゃあ……ムキュムキュ……続けてラインがリリとやる?」


 ポップコーンをむしゃりながら観戦しているリリの問いにラインは肩をすくめて首を横に振る。


「やらないよ。だって君は私よりも強いだろ」

「もちろん」

「ポップコーン飛んでる。話してるなら食べんのやめなさいよ」


 シーリスがポップコーンのカスがついたリリの口元をハンカチで拭いているのを見ながら、ラインが頷く。


「私にはシトロニエを譲ってくれたオリジネーターの師匠がいるのだけれどね。その師匠よりも君はずっと強いようだ。そして君は私を脅威に感じてはいない。ルッタ少年には感じているのにね」


 その言葉にリリは何も言い返さない。

 無言がラインの言葉の正しさを証明していた。


「私はなんとなくだが、相手の強さが分かるんだ。だから私はここまで生き残れた。オリジンダイバーに乗れているとはいえ、乗り手としての技量は凡俗の側であるにも関わらず……ね」


 ラインは自身を弱者だとは思ってはいない。けれども優秀止まり、それ以上のものでは無いことも理解している。身の程を弁えていたからこそ、彼はこうして生きている。それもまた得難い才能だった。


「乗り手としては君と戦うこと自体に興味はある。けれども私が敗北することでオリジンダイバーへの信頼性が揺るがされることは避けたい。今は強力無比なオリジンダイバーが二機、ソレに準じたソロドラゴンスレイヤーがひとりいる……と思われることが望ましいのさ」

「ま、そうかもね。実際みんなの雰囲気が明るくなった。頭の良い人はよく考えているわ」


 シーリスの言葉にラインが肩をすくめる。


「私はただ臆病なだけだよ。だからルッタ少年と出会ってすぐに彼の本質は理解できたし、怖くもなった」

「怖い?」

「ん? 君は感じないのかい? 私としては逆に聞きたいぐらいなのだけれどもね。あんな怪物がすぐ横にいて、なんで怖くならないのかな」

「化け物って……」


 シーリスが眉をひそめるが、ラインはリリへと視線を向けて口を開く。


「リリ・テスタメント、君なら分かるだろう?」

「リリ?」

「シーリス。リリは最初から言っていたけど。ルッタはすごいって」

「あー……まあ、確かに」


 ラインとは反応の仕方は違うにせよ、確かにリリは出会った当初からルッタを認めていた。けれどもリリとは違い、ラインは普通の人間なのだ。故に興味よりも恐れが先にあった。また彼がルッタを脅威に感じている理由はただアーマーダイバー乗りとしての実力があるというだけでは無い。


(ああ、怖いな。彼が自然体でいることがとても怖い。彼の見ているものがとても怖いよ。私は)


 ルッタの見ている先にいるモノがラインには視えていた。それは巨大な黒い影だ。その正体までは視えない。けれどもソレが『世界を喰らうような化け物』であることは想像がつく。問題なのは見据えているモノがそんな化け物なのに、ルッタ自身の心には脅えも焦りもないことだ。

 そしてルッタはそれをすでに『殺せると確信している』からこそ、その心に余裕があるのだとラインは理解できてしまう。焦る必要がないから心が平穏なのだと察せてしまう。

 だからこそ怖いのだ。なぜならば怪物を殺せる存在もまた怪物なのだろうから。


(けれども、その怪物が今回は必要なんだ。この戦いにルッタ・レゾンという名の怪物が)


 核心にも似た想いを抱きながらラインはルッタの戦いを見て頷き、アレが敵でなかったことが本当に良かったと心の底から安堵していた。




———————————




 本編開始前の時点で量産機縛りでの脳内ラスボスRTAはすでに完了していた模様。その脳内シミュが正しいか否かはいずれかの未来で明らかになるでしょう。

 そしてラインと同じものが見えてるリリ姉が初期からルッタに惹かれるのも当然なのでした。


 これにて島喰らい編の前半は終了です。当初はここまでで22話くらいで収めるはずが随分と長くなってしまいました。

 戦闘シーンがゴリゴリ入る予定の後編は書き溜め完了後に再開いたしますのでしばしお待ちください。

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