031 それぞれの目線

『はい、終わりだよ』


 そんな少年の声が響き渡る。

 まるで何でもないワンゲーム終えただけのような口調だが、量産機一機でランクAクランの主力二機を一分とかからずに仕留めた光景には、観戦していたハンターたちも呆気にとられた顔をしていた。

 ここ最近の話題の中心にもなっていた少年ルッタ・レゾンの戦績は彼らも知っていた。ハンターギルドが全てを認定しているのだからある程度は盛られてはいるにしても、その実力は確かだろうと……一応の理解はできているはずだった。

 けれども彼らはまだ自分達の頭の中の常識に囚われていた。強いのは確かだろうが所詮は量産機だ。操縦の巧みさでどうにか攻撃をかわしつつも善戦止まりで終わりだろうと。

 また、その予想には黄金の夜明けのクランリーダーであるライン・ドライデンがこの二対一の模擬戦を提案したから……という憶測もあった。一機では厳しいが二機ならルッタが負けてもその実力の高さは示せるだろうし、ランクAクランの面目も保てるだろうと、そんな落とし所を想定していたのだ。けれども終わってみればルッタの圧勝だ。驚かないはずがない。


「はっはっは、おいおい。あの双翼さん方が負けちまったぞ。すげーな。なあノイマン。お前さんなら勝てるかい?」

「冗談キツいぜツァイス団長。俺じゃあ双翼の片割れひとりが相手だとしても勝てんだろうさ」


 そんなやり取りをしているのは空賊狩りを専門に活動しているランクBクラン『スカルクラッシャーズ』のクランリーダー、ツァイス・カールとエースアーマーダイバー乗りのノイマン・リヒターだ。対象となる標的の関係上、対人戦に特化している彼らから見ても目の前の模擬戦は圧巻だった。


「弱腰だねぇ」


 ツァイスの煽りにノイマンは肩をすくめる。その様子にガハハと笑いながらツァイスが「それで」と口にした。


「お前さんから見てどうだい? ありゃぁ機体か、少年か、どっちかを弄ってそうかね?」


 ツァイスの問いはルッタ・レゾンの強さの源泉についてだった。発掘兵器か、或いは増魔人のような改造人間か。年頃を考えれば異常な実績の秘密を知りたいと思うのはハンターとして当然のサガだし、空賊を相手にしている彼らは基本的には悪に厳しく、子供に無体を働いている糞野郎の集団であれば相手がたとえ風の機師団であろうと牙を剥くつもりであった。けれどもノイマンは首を横に振った。


「一番最初に加速系のパーツを使ったようだが、そこから先は量産機相応の性能に留まってる。外見こそ竜を見立ててかぶいているが、あの機体はただの量産機だ。特別なモンじゃない。動きが滑らかで詰まりがないし、整備の方は行き届いているようだがな」


 ノイマンがそう断じる。


「少年についても見る限りは魔力を増やしてどうこう……という感じじゃあないな。少なくとも人の枠組みから逸脱してはいない」

「だが強い」

「ああ、だから強さの秘密があるとすれば『ジャッキー流剣術』……アレが理由の一端なんだろうさ」


 そう断じるノイマンと同様のところに目をつけた者は、この場には他にも多数いた。

 そのひとりが風の機師団に並ぶ古参のランクBクラン永久戦士団のクランリーダーにしてエースのザクロ・ベイカーであった。


「ジャッキー流剣術。初手のカイン機のカウンターに用いたのが竜狩り、アベル機の動きを封じたのは車輪釣りと言ったか。アレを相手にするのは難しいだろうな」

「ザクロ団長でも厳しい相手なのですか?」


 部下の言葉にザクロがわずかばかり肩をすくめて笑う。

 彼の部下たちはザクロの強さに惚れ込んで付いてきている面々だ。それは表面上の強さ……というだけでなくザクロの男気に惚れ込んでいるという面も強いが、それでも自身のリーダーが最強であると信じて疑ってはいなかった。

 実際にザクロが最強であればランクBに留まってはいるはずもないのだが、ともあれ当人は実直な男で嘘を口にはできない。


「竜狩りは相手の速度が高ければこそのカウンター技だ。言葉通りに対竜技なんだろう。俺のザンバッカではそもそもその速度域に届かんから使われることはないだろうが、次に放たれた車輪釣りは初見殺しだ。アレは知らんと避けられんわなぁ」


 ザクロも最初は機体を回転させてその速度で連続の斬撃を喰らわせるものだと思っていた。アベルもそう考えたから突撃を踏みとどまって距離を取ろうとしたのだろうが、ワイヤーアンカーは視覚外から降り注いで機体に絡み付いていた。元々ワイヤーアンカーのワイヤーは細く、それが高速で動いていては捉えづらい。恐らくアベルは正面のルッタ機に集中して頭上から迫るワイヤーアンカーには気付けなかったはずだとザクロは理解していた。


「団長でもですか?」

「応よ。知った今なら抗せるかもしれないが……逆にフェイントに使われる可能性もあるわな。『ジャッキー流剣術』恐るべしってところだろう。しかし、それにしても」


 ザクロが目を細めて呟く。


「あの年頃にしては操縦が巧過ぎる。その辺りには秘密がありそうよな」


 ジャッキー流剣術、さらには当人の操縦技術の高さに周囲が湧いている中、また別の想いに駆られている者もいた。


「ルッタくん。あの頃から凄いと思ってたけどあんなに強かったのぉお。あああああ、あの時喰っとけば良かったぁぁああ」


 そう叫んでいるのはランクBクラン『ナッツバスター』のクランリーダーであるルーナ・シャルダンだ。


「団長、それで出禁になりかかったでしょー。テオ爺さんに銃口向けられたの忘れたんすかー?」


 呆れ顔で己のクランリーダーを見ている黒兎人の副長チルチル・リンランがそう口にした。


「整備士として雇いたいって言ったのに、性奴隷として雇いたいって勘違いされちゃったのは失敗だったわねー」

「いや、うちらの素行見て判断したんであって勘違いしたわけじゃあねえと思うっすよ」


 女性のみで構成されたクランであるナッツバスターは勘違いされがちだが男嫌いの集団ではない。勘違いをした男のナッツを何度かバスターしているのは事実だが、彼女らは基本的に性に奔放で立ち寄った港町で男娼を集めては船内で仲良く回して楽しんでいる方々であった。

 そして会話の内容から察せられる通り、彼女たちはルッタとは知らぬ間柄ではなく、テオドール修理店の常連客であったのだ。


「ともあれルッタくんとは久々の再会だー。一晩どお? とか迫られたら拒む理性はないわー」

「お願いっすから他所様のエースでお子様に発情しないでくれませんかねー。間違いなく殺傷沙汰っすから」


 チルチルが顔を引き攣らせてそう口にする。同じランクBでも風の機師団とナッツバスターとでは格が違う。その言葉に「ま、それは置いておいて」「置いておくんじゃなくて諦めて!」とやり取りがあったが、それでも会わないという選択はなかった。何故ならば……


「偶然とはいえ、会えたからにはテオ爺さんの伝言は伝えておかないとね」

「それはそうっすね。ルッタくんも心配してるでしょうし」


 ふたりは知己であるテオより、ルッタに会えた場合には……と伝言を預かっていた。

 そう、ヴァーミア天領で別れたルッタの育ての親である老人は無事ゴーラ武天領軍から逃れていたのである。




———————————




 シーリスの説明の時にナッツバスターには気づいていたけど、めんどくさいことになりそうだったのでスルーしてたルッタくん。

 描写的にもルッタくんにピクっとか反応させたらナッツでバスターにビビった感じに見えるし、ルッタくんはまだ性的には中性よりでまだNGだったので削りました。ルッタくんが男の子してる姿は多分物語後半で見せてくれると思います。

 ちなみにナッツバスターはルッタくんの就職先候補のひとつでした。こっちのルートに入った場合、ルッタくんはアーマーダイバー乗れるならまあいっか……というノリでおねショタハーレムってたと思われます。風の機師団に拾われて良かったね?


 最近感想あまり返せていませんが、すべて楽しく見させていただいています。いつも応援ありがとうございます。

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