028 十五年モノの実力

『貴様、なぜ今まで埋もれていた? どう考えても新人の動きではないだろうに』

『んなこと言ってもよー。俺がここに来たのは二年前だぜ。そんでこっちに慣れるのに一年かかって、機体に乗ったのが一年前で、ハンターの仕事始めたのは半年前なんだが?』


 模擬戦終了後、明らかにルーキーの動きではないことに疑問を抱いたアベルの問いへのイシカワの答えがそれであった。

 実際イシカワの言葉は正しく、こちらの世界に飛ばされたと言っても物語のような言語理解スキルなどが生えてくるわけもなく、飛ばされた先の天導核を所有する天領領主が異世界転移に対して知識があったことが幸いして異邦人保護組織の保護を受け、ようやく言葉も喋れるようになったところでアキハバラオー最強レアロボ武器商店へと就職。それからイシカワのことを偶然知っていた最強レアロボ店のオーナーの誘いでアーマーダイバー乗りになって活動し始めた……というのがイシカワがこちらに来てから今に至るまでの経緯であった。


「アベルさーん。そのトッツキおじさん、アーマーダイバー乗りは一年だけどね。それ以前に似たものを操作してたんで完全な素人ってわけじゃないんだよねー」


 活動期間の短さにアベルが唖然としたところにタイフーン号の甲板にいるルッタから魔術によって増幅された声でフォローが入った。


『お、おじさんじゃねえし』


 そしてイシカワは三十代がまだおじさんではないと信じたいタイプの三十代おじさんだった。二十代の頃は三十なんてもうおっさんだよな……とのたまわっていたくせに勝手な男である。けれどもその言葉は確実に周囲に響き、「トッツキおじさん?」「なるほど、トッツキおじさんか」等とハンターたちに気づきを与えた。

 イシカワの実力は認めた。けれどもいきなりしゃしゃり出てきたオールドルーキーがデカい顔をするのは気に食わない。そんな思いが合わさることで彼の二つ名がトッツキおじさんに定着したのをイシカワが知ったのはハンターギルドに戻った後のことだった。


『んー、まあそっちアサルトセルの経験の方なら十五年くらいだな。それなりに名は知れてた方なんだぜ?』

『な、なるほど。そういうことか。そういうことは早く言っておいて欲しかったな』


 アーマーダイバーに似たものといえば深海層で稼働しているマキーニという人型兵器のことだろうとアベルは想像した。

 竜雲海の底という厳しい環境の中で深獣と日々戦い続けているマキーニ乗りの技量は高く、時折実力を買われて天領に上がり、アーマーダイバー乗りに転向する者も存在する。

 であれば、イシカワもそうした類なのだろうとアベルはひとり頷き、少しだけ自信を取り戻した。


『フッ、お前も苦労していたのだな』

『まあな。この機体にもまだ馴染みきれてねえんだよ。リアルだと試行錯誤にも時間かかるし整備の問題もあるから訓練時間も制限があるしなぁ。あー二十四時間飛び回りてー』


 イシカワにとってリアルとゲームとのもっとも大きな違いは様々な点で対応に時間とコストがかかり、面倒が付き纏うという点だ。ただロボットを操縦できれば良いというものではないし、墜落も覚悟の激しい練習もできない。

 もっとも馴染みきれていないと言ってもそれはイシカワ視点のものであり、ルッタやリリ等のレベル帯を前提とした話になる。客観的に見れば彼は凄腕のアーマーダイバー乗りであり、イシカワは今この場において十分すぎるほどの実力を見せつけることに成功していた。


「ふむ。負けはしたが、ウチのアベルの実力はランクAクランに所属するハンターとして相応しいものであることを私は理解している。であれば、それに勝利したカイゼルイシカワの実力は確かであり、私は選抜メンバーのひとりに選ばれるに相応しいハンターであると考えるよ。異存のある者はいるかな?」


 そう言ってラインが周囲を見渡すが、待ったをかける者は出てこなかった。手を挙げれば、イシカワが相応しくないことを己の実力で示す必要がある。そしてイシカワに勝てると考えている者はこの場にほとんどいなかったのだ。

 その様子にラインは頷き、それからアベルの乗るカストルへと視線を向ける。


「というわけだ。アベルもよくやってくれたね」

『とんでもございません。ライン様の従者として実に不甲斐ない姿を見せてしまい、申し訳なく思います』

「まあ、そうだね。ではアベル。ダメージは少々あるだろうが、まだやれるかな?」

『は、はい。ライン様? では俺がルッタ・レゾンと?』


 若干トーンの落ちた口調でアベルが尋ねる。

 イシカワはルッタからの推薦だ。当然その実力も近いものがあるのだろうと思って無意識に弱腰になったアベルだが、続くラインの言葉はアベルの予想を上回ったものだった。


「ああ、ルッタ少年の相手は君とカインの二人で務めてもらおう」

『!?』「!?」


 衝撃を受けたのはアベルだけではなく、ラインのすぐそばで警護していたカイン、さらにはその場にいたハンターの多くがそうだった。


「アベルとカインのふたりを相手だと?」

「量産機対高出力型二機なんて勝負になるかよ」

「自分とこのもんがやられたから腹いせか」

「だが相手はソロドラゴンスレイヤーだぞ」

「それだけ期待してるってことか?」

「いくらなんでも限度があるだろう」


 周囲が騒つく。その多くはルッタの不利を前提にしたものであった。量産機と高出力型には出力比約1.5倍という大きな差が存在し、さらに正面から二機相手にするとなれば普通に考えて量産機の勝ち筋など存在しない。けれどもルッタを見るラインの表情は期待に満ちたものだった。


「ルッタ少年。どうだろうか。君の実力がオリジンダイバーにも匹敵するということをこの場の全員に魅せて欲しいんだが……できるかな?」

「ははは、その言い方はいやらしいよラインさん。けど、まあ……了解。それが今作戦の指揮官様のオーダーならきっちり仕事はこなしてみせるよ」


 対して笑みを浮かべる少年の顔はまるでオモチャを与えられた子供のような、実に無邪気で楽しそうなものであった。

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