029 竜狩り
「……ハァァアア」
大きく息を吐きながら、額の汗をアベルが拭う。
イシカワ戦では慣れない近接戦闘により肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が大きく、それはまだ残り続けていた。とはいえ戦えないというほどではないのだから、今は己の主人の指示通りに目の前の敵に集中するしかなかった。
『アベル兄さん。大丈夫かい?』
「ああ、問題はない。機体も身体も損傷というほどのものではないさ。気力は持っていかれたがな」
カインの問いにアベルは素直に今の状態を吐露して笑う。そのアベルが乗る機体カストルの横には、同じくカゾアールタイプの高出力型で緑のラインの入った銀色の機体ポルックスが並んでいた。搭乗しているのはアベルの弟カインだ。
ポルックスの装備はカストルと同じく魔導銃と魔導光槍、中型の方形盾で、ふたりは黄金卿ライン・ドライデンを護る、双翼の二つ名で呼ばれるアーマーダイバー乗りであった。
ライン抜きの黄金の夜明けを率いてランクA飛獣の討伐も完遂させたほどの実力を持ち、まず間違いなくアーマーダイバー乗りの上澄みであるはずのふたりは緊張した面持ちで青と黒のカラーをした機体と対峙していた。
イロンデルタイプの量産機であるソレは竜頭を胸部に付け、尻尾まで生やして、さながら竜戦士といった風貌をしており、歴戦の戦士を思わせる雰囲気がある。
『外見だけなら量産機には見えないんだけどね』
「ルッタ・レゾンは貴族ではないし、魔力も多くはなかった。当然量産機以上の出力は出せないはずだ」
だからと言って油断できる相手でないのはアベルもカインも理解している。
己の主人が二人がかりでと指示を出した以上、見掛け倒しはありえないし、また今回の模擬戦の目的を考えれば『ルッタ・レゾンは本気のふたりを相手してなお凌駕する実力を持っていなければならない』はずだ。
「確かヤツは
加えてアベルたちは知らないが、模擬戦用にブルーバレットはバックパックウェポンのタクティカルアームからガトリングガンを外して魔導散弾銃が付けられており、武器も模擬戦仕様にはできない牙剣から通常の魔導剣二本差しと魔導銃に替えられていた。
(両手に魔導銃と魔導剣、それにもう一本魔導剣を腰に差し、バックパックウェポンには魔導散弾銃を添えつけるか。どういう戦い方をするんだ?)
アベルが眉をひそめながらブルーバレットを観察するも、その意図は読めない。
けれども戦いの準備は既に終わり、後は開始の合図を待つのみ。そしてタイフーン号にいるラインが手を挙げた。
「それでは、続けて黄金の夜明けの双翼と風の機師団の
その声とともにラインの手が振り下ろされ、最初に動いたのはブルーバレットだった。
『そんじゃあ行くよッ』
「初手からイシカワと同じ!? だが」
突撃するブルーバレットは初動から魔導銃を撃ちながらテールブースターを発動させて距離を詰めてきた。
対してカインも同じように魔導銃を撃ちながら飛び出していく。
『所詮は量産機だろうがッ』
カインたちの機体は瞬間出力に優れたカゾアールタイプベースの高出力型だ。ブルーバレットにはテールブースターの上乗せがあるとはいえ、短時間の最大出力であれば速度域においては並ぶことは可能であった。
(カインめ。逸ったか。いや違う。クソッ、腰が引けるのか俺は!?)
出遅れたアベルは自分の判断の遅さに舌打ちしながら続こうと動き出すが、次の瞬間には「は?」という声が出た。
『そんな馬鹿なッ』
カインから信じられぬという想いの込められた声が発せられた。
ルッタとカインの高速機動戦闘は互いに牽制弾を撃ちつつも回避行動も交えることで避けながら距離を詰め、近接戦の間合に入ったことで両者は即座に魔導銃を捨てて剣、或いは槍に武器を持ち替えた。差があったのはその直後だ。僅かに減速したカインの機体ポルックスに対し、ブルーバレットは速度を落とさずにもう一本剣を抜いて近付き、両者の距離がゼロになったところでブルーバレットが曲芸のような回避行動をとりながらポルックスを斬り裂いたのだ。
「なんだ今の動きは!?」
魔導剣の出力は模擬戦仕様。当然実際に斬られた訳ではないが大破判定と見做されてカインの機体は停止。
わずかに距離をとっていたアベルはその動きに目を見開き、そして通信機からのルッタの声を聞いた。
『これがジャッキー流剣術『竜狩り』だ!』
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