027 七割の実力

『バッカなぁ!?』

『チッ』


 瞬く間に背後に回られてパイルバンカーを打ち込まれた。けれどもアベルはそれをほとんど勘で避けながら距離を取った。

 一瞬の攻防。それを見ていたギャラリーの囃し立てていた声は静まり、だからイシカワの舌打ちの音はより強調されたかのようにその場に響いた。


「なるほどな」


 その様子を見ながらラインが頷く。


「ドジ……七割……確かに粗いか」


 己の従者が一瞬で敗北しかけたにも関わらず、ラインが冷静にそう口にする。


「粗いですか?」


 信じられないものを見たという顔をしたカインが壊れたブリキ人形のようにギリギリと首を主人に向けながらそう問う。

 カインの中でイシカワという男の評価はわずか数秒で激変していた。乗り手は三十代の新人でその態度は不遜。機体は高出力型でありながらも偏った構成。ふざけた男だという認識は変わっていないが、その実力は想定をはるかに上回っていた。

 対峙したアベルを自分に置き換えて考えた時、避けられたのかと考えても否という答えしか出ない。ある程度の腕のある乗り手ならばほとんどが同様に感じただろう。離れた位置から客観視できたが故に相対しているアベルよりも理解できていたかもしれない。

 そしてこの場には、それが分かる程度には腕のある乗り手ばかりだ。カイゼルイシカワの存在は彼らの脳裏に強く焼き付けられたのだ。

 一方で一瞬で敗北しそうになったアベルの評価もまた逆に高まった。アレを避けられるほどの乗り手などそういるものではない。だからこそカインは問わざるを得なかった。そんな恐るべき一撃に主人であるラインがケチをつけたことに。


「機体に振り回されている……というのは言い過ぎだが、ミートさせようとしたポイントと実際のソレに乗り手の想定とのズレがあるように感じた。でなければアベルはアレで終わっていただろうな」


 アベルの一瞬の防御は見事ではあったが、それは本来の技量というよりは運に任せた結果である面が大きい。そうした運を引き寄せられるのもまた強い乗り手の条件ではあるが、けれどもイシカワの攻撃精度に若干の乱れがなければ確実に決まっていたとラインは見ていた。


「ほらドジった」

「リリ姉の採点はから過ぎだと思う」


 一方でリリはヘッジホッグを指差して肩をすくめ、それをルッタに嗜められる。

 ここに来るまでにヘッジホッグを整備したルッタからすれば、イシカワの機体はブルーバレット以上にクセがあり過ぎるピーキーな仕様であった。イシカワはタイミングがシビア過ぎてゲームのRTAでは倦厭される高難易度グリッチの如き操作を寸分違わず繰り返すような戦い方をしており、高出力型であることを差し引いても己ではあの機体をまともに扱えないだろうとルッタは評価していた。


「けど、距離感は掴めちゃったんじゃないかな」

「ん。銀色のもしくじったし、これで勝負は見えた」

「しくじった? 兄が?」


 驚くカインにリリが「そう」と返す。


「この戦いで勝率が一番高かったのは相手の間合いを掴めていなかった初手の一撃だった。アレをカウンターで返せなかったのなら、ここから先は厳しい」


 その言葉にカインが唖然としている間にもイシカワ機の猛攻は続いていた。緩急を付けたブーストとパイルバンカーの攻撃に反撃の糸間すら見えずにアベル機は防御に回らざるを得ない。攻撃を返したところで、避けたところでヘッジホッグはバックブーストですぐに体勢を立て直すし、不規則な挙動でそもそも照準が定まらない。打つ手がまったく見えないのだ。


『ぬぅうおおおお!』

『ヒャッハー。やるねぇアンタ』


 空中を縦横無尽に飛び回りながらイシカワが追い詰めていく。模擬戦用に杭の先の魔力刃の出力が衝撃吸収になっているとはいえ、パイルバンカーの衝撃は大きく、それが連続で迫ってくるのだからアベルのダメージは計り知れない。

 決してアベルの技量が低いわけではないのだ。彼自体は間違いなく上澄みの存在。けれどもアベルはここまで極端な近接戦のスペシャリストに対する戦い方など知らない。イカれた機体でイカれた攻撃を繰り出し続ける変態のことなど知らない。であればアベルの勝ち筋はリリの言葉通りに初手でカウンターで仕留めるか、或いは無様でも距離をとり続けて削る以外に活路はなかったのだろう。

 やがてはアベルの精神が摩耗し、わずかに挙動が乱れたところにイシカワがニヤリと笑ってヘッジホッグを飛び込ませる。


「両者そこまでだ!」


 そして、パイルバンカーが当たる直前にラインから終了の声があがり、その場でアラームが鳴った。

 それにカストルの中にいるアベルから抗議の声が漏れかけたが、それは発せられることなく押し止められる。パイルバンカーは彼のコックピットの直前で止められていた。勝負は完全についていたのと察したのだ。


『クソッ。懐に入られた時点で……いや近付かれた時点で俺の負けか』


 コックピットの中でアベルがそう呟く。完敗だった。近接戦の鬼、トッツキ魔人相手に近接戦闘を持ち込まれた時点で勝負は決まっていたのだと今更ながらにアベルは理解した。

 そして観戦していたハンターたちもその実力を認めざるを得ず、その後にイシカワが選抜メンバーの一員に選ばれることに異を唱える者はなかったのである。




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わー(闘ってる時だけは)主人公みたいだー

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