024 災厄の胎動

「さて、まずは最初に話しておくべきことなのだけれどね。今回の我々の目標はアンカース天領を襲撃したランクA飛獣の群れを討伐し、天導核を確保。そうして天領を奪還することにあるわけなのだけれども、参加をするのはここに集まってもらったハンターたちのクランのみとなる。まあ要するにジナン大天領軍の参加はないという話さ」


 最初に告げられたラインの言葉に室内にいた半分の人間が騒ついた。事前に情報を得ていた、或いはある程度の察しがついていた者ならば動揺はさほどないだろうが、そうでない者にとっては寝耳に水の話であったのだ。


「ははは、良い反応をありがとう。このことを疑問に思う者もいるだろうが、ジナン大天領軍は現在別口に兵を送っていてね。つまりは襲撃を退けたものの現時点でもまだ飛獣の残存数の多いルビアナ天領への増援と、落ちたヴァークレイ天領の領民救助を行っているわけだ。加えてアンカース天領から脱出してきた領民の救援もだね」


 その言葉にはジナン大天領軍へと疑念を抱いた者も納得せざるを得ない。被害を受けたのはアンカース天領だけではない。ルッタたちが救ったジアード天領を含めた四つの天領すべてが人手を欲しているのだ。ジナン大天領軍はより多くの民を救う方向での舵を切り、現時点で命を救うために動き続けている。


「さらに今回の件で近隣の飛獣が活性化しているとの報告もあって、ジナン大天領の防衛にも人員を割いている状況だ。ここまで言えば分かる通り、アンカース天領まで回す戦力はない」

「ライン団長さんよぉ。だったら、俺らもそっちに回った方が良かないか?」


 そして、そんな問いが出るのも当然のことだった。すでにアンカース天領は飛獣に敗北している。であればまだ残っている天領や救える人間を守る方が重要だろうというその意見は正しく思える。けれどもラインは首を横に振った。


「そうもいかない事情があるのさ。ヴァークレイとアンカースはどちらも天導核まで飛獣に奪われたわけけど、両者には大きな違いがある。ソレが何か分かるかいルッタ少年?」


 指名で唐突な質問を向けられたルッタは目をパチクリとさせたが、答えはひとつしかないのだから返答はすぐに口から出てきた。


「そりゃあ、アンカースの天導核はまだ生きていて島が落ちていないってとこでしょ」

「そうだね。じゃあなぜまだ島は生きているのかな?」

「ヴァークレイのはすぐに喰われた。でもアンカースのはまだ喰われてないってことだから」


 事実関係から考えればルッタの言葉は正しく、そこから導き出せる答えはそう多くはない。


「襲ったランクA飛獣が死んでるんじゃなきゃ、多分だけどアンカース天領を襲った飛獣は天導核を食べるよりも己の核にすることを選んだんじゃないかな?」


 そして続くルッタの言葉に室内が凍りついたかのように静まり返った。


「ランクS飛獣に進化するためにさ」


 部屋の中でパチパチパチと場違いな拍手の音が響き渡る。


「正解だルッタ少年。ちゃんとお勉強はしているようだね」

「おいおいおい。待ってくれライン団長。つまり俺らはランクSと戦うわけか?」


 その答えを聞いて出てきたのは悲鳴のような抗議の声であった。


「話を聞いていないね。まだランクSじゃない。まだ成っていない。だからその前に叩こうって話なんだよ」

「いや、そうだけどよぉ。もう島が奪われてから結構経ってるじゃねえか。いつランクSに成ってもおかしくはねえだろうが」

「過去の例に倣えば後一週間は猶予がある。今、ランクA飛獣は己の内のリソースのほとんどを使って新しい核に相応しい器へと進化中だろう」


 ラインの言葉に複数の箇所からゴクリと喉の音が鳴った。


「島は若干竜雲海に沈んでるということだから核にするのに影響が出ない程度には天導核もリソースに使ってはいるんだろうね。ただ、これは好機でもある。今ならアンカース天領は竜雲海内にわずかに沈んでいるから、島の中心まで雲海船も入れる」

「そ、そうだけどよ。けど、それって実質的には」

「うん。君らの懸念も分かる。ただね。そもそもの話なのだけれども」


 ラインが目を細め、周囲を威圧するように見渡しながら


「奪還作戦とは言ったが、正確に言えば天領を取り戻すというのは本来の目的に比べれば『二の次』のことなんだ」


 酷薄な笑みを浮かべ、笑っていない瞳を向けてこう告げた。


「分かるだろう? 今回の依頼の本当の目的はね。島を襲ったランクA飛獣が人類の天敵へと変わる前に速やかに抹殺することなんだよ」

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