022 復讐ではなく、ただ光を求めて

「は? マジで?」


 その言葉に驚きをあらわにしたのは日本人であるイシカワだ。まさか自分がそんな怪しげな組織の標的になっているとは思わなかっただけに目を丸くしてザイゼンを見た。


「なんでそいつらが俺たちをさらうんだよ? 俺なんもしてねえぞ。特にチート能力もないし、まさか知識チートでも狙ってんのか?」


 そう口にしたが、地球を含む異世界の技術というのはアキハバラオー最強レアロボ武器商店の例もある通り、それほど秘されているものではない。

 天領をいくつか渡って探せば見つけられる程度に異邦人は希少ではないし、彼らの知識などフィクションほどに万能なものではなく、利用できるものはすでに利用されている。こちらの世界で応用できるだけの知識量や実行力がある専門家でもなければそれほどの価値はないはずだった。当然知識チートなどを狙ってさらう意味はあまりない。


「私はソレを調べてるんだよ。この頭も奴らに捕まった時にできたものでね」

「何か、大型の虫に刻まれたような感じ?」


 リリの問いかけに「食われかけた……だな」とザイゼンが返す。


「虫に食わせて処分しようとしたんだろう。私はどうにか逃れたが……一緒に捕まった身重の妻はそのまま行方知れずさ」

「それは……」


 ザイゼンの口から出て来た、思った以上の重い話にギアも言葉に詰まる。


「どうやら彼らの狙いは私の子供だったようでね」

「子供?」

「妻はこちらの人間で、我が子は異邦人とのハーフだ。どんな理由かは分からないが、彼らにはそういう存在が必要だったようだな。何かしらの研究に……使うつもりなんだろう」


 静かな言葉ではあるが、そこに強い怒気をギアは感じた。

 そして今語った際に見えた絶望を孕んだ瞳の色を見る限り、少なくとも嘘は言っていないだろうとも。


「それで父親の私は邪魔だったので殺そうとした。頭を喰らおうとしてきた虫を咄嗟に潰してどうにか逃げ切れはしたが、逃げられたのは私ひとりだ。今は自分の女を置いて逃げて来た屑野郎として生き恥を晒し続けているところさ」

「そいつは……辛いな」

「まあ、そうだな。けれども、奴らの狙いが殺すことではないのなら彼女たちが生きている可能性はまだある。妻も、子供も。だから私はこうして連中を追っている……と、そういうわけだ」


 自嘲気味に笑いながらザイゼンがそう言い終えた。


(イシカワさんと違って、この人はこちらの世界でもずいぶんと苦労しているようだなぁ)


 そう考えるルッタをはじめ、周囲の視線がだいぶ同情的なものになったのに気づいたザイゼンが「まあ、私のことはいい」と口にした。


「先ほどの話だが、アルティメット研究会は異邦人を狙ってさらうんだ。私は殺されかけたから、必要か否かの基準はあるのだろうがね。カイゼルイシカワくんには伝わっただろうが、他にも異邦人がいるなら十分に気を付けておくように伝えておいて欲しい。連中は状況に応じて言葉も、金も、権力も、暴力も使う。怪しいと思えるのなら近寄らないことだ。まあ、それはこの件に限った話ではないがね」

「あ、ああ。分かった。アンタも……奥さんと子供、見つかると良いな」

「ありがとう。私もそう願っているよ」


 ザイゼンはそう言ってその場を立ち去った。

 その際に、ルッタは少しだけザイゼンが自分を見ていたように感じた。




―――――――――――




「……彼がルッタ・レゾンか」


 風の機師団から離れつつもザイゼンは最後に、あの場でもっとも小さかった少年に視線を向けていた。

 ザイゼンはアルティメット研究会の捜索のためにハンターギルド内でも相応の権限を持たされており、ジアード天領の顛末についても事前に報告書へと目を通していた。領主が優秀なのかジアード天領軍はそれなりに精強で、自領の軍だけでランクA飛獣の群れを退けたルビアナ天領ほどではないにせよ、善戦はしていたようだった。

 けれども、本来であればジアード天領は落ちていた筈だ。風の機師団がシャークケルベロス二体が率いる飛獣の群れを対処していなければ島内の被害は目もあてられないものになっていただろうし、領民の防衛のために兵力を分散させ、領都の護りが薄いままにガルダスティングレーと対峙したことで、結果として領主共々騎士団は壊滅しかかっていたのだ。


「それを救ったのが彼というわけだ。まだ小さな子供だというのに……だが、あの場であの落ち着きようは確かに普通ではないな」


 今このハンターギルドの施設内は、あの年頃の少年が迷い込めば恐怖で上と下からダバダバとあらぬものが洪水を起こしてしまうくらいには喧々囂々としている。そうした場でああも自然体でいられること自体、あの少年が尋常ではないという証左であった。であれば、報告にあった実力も誇張はあっても偽りではないのだろうと。


「ならばオリジンダイバーが二機に、単独でランクA飛獣を討伐可能な少年がこちらにはいることになる。ならば戦力としては十分。ようやく俺にも運も回ってきたというところかなセレナ」


 未だ諦めきれぬ妻の名をザイゼンは口にする。この周辺の天領にとっては災難だろうが、多くのハンターたちにとっては迷惑な話だろうが、それでもザイゼンにとって今回は過去最大の好機であった。なぜならば……


「ようやく見つけたんだ。絶対に逃しはしない」


 逃げ延びたアンカース天領の民からの証言で、ランクA飛獣の群れと一緒に行動している人間がいることを彼は報告書の中の記述から知っていた。そして、その人間こそが彼の追っている男の特徴に酷似していることも。


「蟲使いヒムラ。妻と子供の行方、その体に教えてもらうぞ」

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