020 同郷の男
「ジアード天領へのハンターの派遣はできない……か。分かっちゃいたが、まあそりゃそうなるわな」
ハンターギルドの建物の中でギアがそうぼやいた。
一緒にいた副長のラニーとルッタたちパイロット組もその言葉にはため息混じりに肩を落とす。
元々風の機師団がジナン大天領へ向かう目的はヘヴラト聖天領へ向かうための経由でしかなかった。現在はそれに加えてジアード天領の領主オルベインからの依頼で戦力不足であるジアード天領へハンターを派遣してもらうという目的もあったわけだが、それは現状では難しいという答えがジナン大天領のハンターギルドからは返ってきた。
何しろ天領奪還のための緊急依頼が発生している状況だ。高ランクのクランの参加はもちろん、その分、通常の依頼の負担は低ランクのクランに回ることになる。であればジアード天領に回す人員は当然ないのだ。
「ねえ艦長。アンカース天領の奪還作戦。それが終わっても回してもらえないの?」
横にいるルッタの問いにギアが首を横に振る。
「ジアード天領よりも被害の大きい天領へも人を回さにゃならんし、すでに落ちてる天領や流民の対応にも人が割かれてるからな。アンカース天領を取り戻した後も当然手は必要になるだろうよ」
「あー、そりゃ全然足りないね」
「そういうこった。どうもジアード天領の連絡船も無事にここまでたどり着いていて、すでに引き返してもいるようだから、オルベイン様にも連絡は行くはずだ。ノートリア天領経由でも人を集めるって言ってたからそっちに期待するしかないな。こりゃあ」
ハンターギルドで聞いた最新の状況はイシカワから聞いた話よりもさらに良くないものという印象であった。
各地に刻まれた傷跡は深く、それを癒すには時間も人手も必要だ。被害全体で見れば軽傷で、予備戦力として追加のハンターを欲しているジアード天領が後回しにされるのは仕方のないことだと言える。ともあれ、結果は良くなかったが伝言係としてのオルベインからの依頼は果たした。
続いての問題は新たに受けた依頼の方だ。
「それで艦長。あたしらのその後はどうなるんだい?」
「緊急依頼『アンカース天領奪還』。無論こいつを受ける以外はない」
ギアが持っている依頼書を睨みながらそう口にする。ランクBクランであれば強制参加……という条件がなくとも、この竜雲海を生きるハンターであれば受けざるを得ない案件だ。
「そして奪還後は今回と同じで人を集めるためにって名目で俺らはジナン大天領には戻らずに先へと進むって話もギルドには通しておいた」
「そりゃまた忙しないね」
「流石にこの状況でゴーラも突っ込んではこないだろうが、これが片付いた後にどうなるかは分からん。どさくさに紛れて好き放題されたら手に負えんからな」
ギアは口にはしないが、最悪のケースは今回の災害の犯人に仕立て上げられることだと考えていた。
無論物的証拠などないが、偶然ジアード天領に立ち寄って騒動に巻き込まれたというだけでもゴーラ武天領が風の機師団に容疑をかけること『だけ』は可能だろう。地理的にヘヴラト聖天領に近い立場のジナン大天領で風の機師団を犯人だと決めつけることはできないだろうが、八天領のひとつから嫌疑をかけられればジナン大天領も一時的な拘束はせざるを得ない。そして連中にしてみれば風の機師団をこの場に足止めさえできればそれでもいいのだ。
例えジナン大天領が協力的でも非協力的でも、のちにヘヴラト聖天領と対立しようとも、マスターキーの案件を考えればリリさえ拘束できるのであれば強硬手段に出る可能性は高いとギアは見ていた。
「そうなったら俺はお別れだなー」
イシカワがそう口にする。ハンターギルドでも仲間の雲海船が来ていないかの確認を取ったが到着している様子はなく、結局彼は風の機師団のゲストとして参加することになっていた。
「またすぐに会えるでしょ」
ルッタの言葉に「まあなー」とイシカワが笑う。
イシカワはすでにクロスギアーズの参加条件を満たしている。つまりはヘヴラト聖天領に辿り着けば必然的に再会することになるのだ。どちらかと言えばルッタが現在の状況でどこぞの闘技場の序列上位と戦えるかの方が心配であった。
「どうあれ、まず生き残らにゃならんがな」
そのギアの言葉にいつも通りなリリを除く全員の表情が引き締まる。
アンカース奪還作戦。
ランクAクラン1組、ランクBクラン4組、ランクCクラン16組からなるハンターギルドでも稀な大規模作戦だ。とはいえ正規の天領軍もなく、彼らだけでこの作戦を遂行し切れるかどうかは未知数だ。
「おや、君は日本人かな?」
そして、そんなルッタたちに声をかけてきた男がいた。
正確に言えば、その男が問うたのはルッタの隣にいるイシカワにである。そしてイシカワが訝しげな顔をして男に対して口を開いた。
「アンタは?」
「ザイゼンカズオ。日本人だ。その反応、間違いないようだな。まさか、こんなところで同郷に会えるとは」
そう口にしたのは三十代も半ばという外見をした、頭部が傷だらけのスキンヘッドの男であった。
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