009 暗闇への出立
「もう出るんだって? 忙しないねえ」
タイフーン号出立の日、その日の港には多くの人々の姿があった。
そこには港町の住人だけではなく、アラン率いるラムダッシュを始めとするハンターたち、貴族たちや周辺の町の住人、天領軍の面々や領主オルベインなども見送りに姿を見せていた。それほどまでに風の機師団の活躍は大きかったのである。
そんな中で見送りに来たひとりのアマナイの言葉に、相対しているコーシローが疲れた顔で苦笑いを浮かべる。
「そうなんだけどな先輩。俺らも元々長居するつもりで立ち寄ったわけじゃあないからさ。そろそろいかねえと不味いんだわ」
ガルダスティングレーの襲撃からここまで、蛇蝎香で寄ってきた飛獣の討伐や、復興の手伝いなどでも精力的に動き回っていた風の機師団だ。出港するにしても二、三日は休んでからのほうが良いだろうとは当人たちも思うのだが、それでもこの場に長居し過ぎたという感は拭えない。
ジアード天領での風の機師団の活躍は外にも届いているはずだ。それを嗅ぎつけたゴーラ武天領軍が近づいてきている可能性を捨てきれない以上、出れるタイミングで出立しなければ最悪ジアード天領に新しい戦火を運びかねないと風の機師団の面々は理解していた。
「ま、ジナン大天領に行ってハンターを雇うっていう領主様からの依頼もあるしな。だからアマナイ先輩、ふたりで飲むのはまた今度立ち寄った時にでも」
「あはは、今回は機会がなかったからねぇ」
アマナイもここ最近はずっとジアード天領軍の機体修理を行なっていたし、唯一あった飲みの機会はルッタがミルクでタプタプになったハンタークラン『ラムダッシュ』との打ち上げの時だけだった。
「ルッタくんもまた今度ね。次は飲める年になってるといいけど」
「あー、それはまーだ結構時間がかかりそうだねえ」
この世界での飲酒解禁は十六歳であると言われている。つまりルッタがお酒が飲める年になるにはまだ四年近くの月日が必要であった。
「そんときゃ俺らともまた飲もうぜ」
「竜殺しとミルクで飲み交わしたとかぁ、ちょっと格好がつかないしなー」
「分かってるって。そんときゃ良い酒用意して待っててよ!」
ラムダッシュの面々の言葉にルッタもそう返す。ちなみに鮫殺しよりも最年少の竜殺しの方が通りが良いのか、ルッタもあまり鮫殺しとは呼ばれてはいなかった。
そしてそのそばではギアとオルベインも別れの会話を交わしている。
「既に連絡は送ってはあるが、其方らの一押しも欲しい。ハンターギルドへの依頼代行を頼んだぞギア団長」
「任せてくださいオルベイン様。すぐに粋の良いのを見繕って送ってやりますよ」
「ああ、よろしく頼んだ。そして風の機師団の一行よ。其方らがいてくれたからこそ、この天領は今がある。この場で笑い合えるのもすべては其方らの、竜殺しルッタ・レゾンたちの活躍があってこそのものよ。その尽力には我が天領すべてから感謝を。そして良き旅路を!」
そう締め括ってギアとオルベインが互いに握手を交わした。
そして、別れの挨拶を終えたジアード天領の住人たちに見送られながらタイフーン号は竜雲海へと旅立っていく。こうしてランクA飛獣の群れの襲撃という危機的状況であったにもかかわらず、端から見ればそれほどの被害もなくジアード天領は救われた。この出来事はジアード天領の歴史の中でも大きな事件として刻まれ、ルッタ・レゾンという人物の英雄譚の本当の意味での幕開けとなるものであった。
けれども彼らはまだ知らない。気づいていない。放たれた災厄が本当にそれひとつであったのだろうかと? これが人為的に行われたものだとして狙われた天領は果たしてジアードのみだったのだろうかと?
その答えを彼らはまだ知らない。蛇蝎香の影響で他領からの情報が途絶えていたジアード天領はまだ何も知らされていなかった。
襲撃を受けた天領は全部で『四つ』存在しており、事態は今もなお継続中だということに。
そしてルッタたちがその事実を知るのはもう間も無くのことであった。
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