010 戦場一人
「むーん」
「どうしたのルッタ。ジアード天領の方を見て難しい顔をしてさ」
ジアード天領を出た翌日、ジナン大天領へと向かうタイフーン号の甲板上にルッタとシーリスは座っていた。現在のふたりはすぐさまアーマーダイバーで出れるように、ガレージのそばであるこの場に待機していたのである。
そしてルッタの視線は船尾の先にあるジアード天領の方に向けられていた。
「蛇蝎香の影響でジアードに飛獣ががちょくちょく来てたからさー。ちょっと気になってるだけだよ」
先日の犯人がもたらしたものであろう蛇蝎香の効果はガルタスティングレーの群れを討伐してもすぐには消えず、竜雲海の流れに乗って拡散し続けることで島を襲う飛獣の発生回数を増やしていたのである。
その長期に渡って発揮する効果こそが蛇蝎香が禁忌とされる理由であり、寄ってくる飛獣は近隣のものでそれほどランクの高くない相手ではあったが、それでも今の疲弊したジアード天領の戦力では対処するのが厳しい状況だった。
「なるほどね。けど蛇蝎香の効果はだいたい一週間くらいって話だし、ここ数日は襲撃もなかったじゃないか」
その言葉にはルッタも頷く。ここ数日は念入りに天領の周囲を見回り、飛獣の襲撃も落ち着いたようだと確認できたからタイフーン号も出立したのだ。
「まあ、そうだよね。今さら心配しても仕方ないか」
「そうさ。それにウチのお客さんを今のジアード天領に呼ぶわけにもいかないからね。周囲が安全になったならあたしらはさっさと去るに限るのさ」
そのシーリスの物言いにルッタは頷きながら苦笑する。
風の機師団にとっての目下の問題はゴーラ武天領軍だ。しばらく遭遇はしていないが、間違いなく彼らはタイフーン号を、リリ・テスタメントという少女のことを探し続けているはずなのだ。
そしてゴーラ武天領軍がジアード天領まで到達したとして、風の機師団が出るのを島の外で待ち伏せしているだけならまだしも、武力で揉み消すことを前提に疲弊した島に上陸して襲ってきたり、最悪のパターンとしては八天領の立場を振りかざしてジアード天領に協力を強要する可能性があった。オルベインが協力するとはルッタも思わないが、協力しなかったとしてもジアード天領はゴーラ武天領に睨まれる状況になる。
どうあれゴーラ武天領軍がジアード天領に接触する状況は避けたかった。
「まあ遺跡でも目立ったはずだし、時間的猶予は多分ギリギリだろうしね」
「そう考えて動いた方が良いだろうね。それよりもあたしらが気にすべきは連中がすでにこっちを把握していて航路まで読み切り、この先に既に待ち構えていないかってことさね」
そう口にしたシーリスの視線が向けられたのはジアード天領とは真逆、タイフーン号の進路の先であった。現在はリリの乗るフレーヌが先行して索敵を行なっているし、連絡が来てないことから懸念するような状況には陥っていないはずである。
(結局蛇蝎香による飛獣の影響で外に出る船は少なかったし、戻ってきている船はまだなかったから俺たちのことが外にどう伝わってるか分からないのが痛いよなぁ。相手が八天領のひとつなんだから情報収集能力が低いはずはないんだけど)
そんなことをルッタが考えているとそばにあるスピーカーからノイズが走る音が聞こえてきた。それに気づいたふたりがそちらに視線を向けると聞こえてきたのはラニーの声であった。
『ルッタ、シーリス。戦闘準備だ。すぐに機体に乗ってくれ』
「戦闘? 副長、何か見つけたのかい?」
何もなければ、当然こんな通信は入ってこない。
そしてその問いにラニーからすぐに答えが返ってきた。
『先行しているリリからの報告だ。前方5キロメートル先に飛獣の群れがいて、戦闘が起きてるってな』
———————————
「リリ姉。どういう状況?」
ラニーの指示から五分後、アーマーダイバーに乗ったルッタとシーリスはツェットがシールドドローンを展開したタイフーン号を先導する形で浮遊石が多く浮かぶ海域へと到着し、フレーヌとの合流を果たしていた。
戦闘音は確かに響き渡っているが、リリはまだ待機している。つまり戦っているのは第三者ということであった。
『みんな来たね。アレを見て』
ルッタとシーリスはリリの指摘した方へと視線を向ける。まだ距離はあるがそこには竜雲海に浮かぶ無数の飛獣の死骸と、まだ生きている飛獣の群れ。そして囲まれながらも戦い続ける一機のアーマーダイバーの姿が確認できた。
『片方は飛獣の群れ……アレはアクセルビートルか。ランクDの甲殻型。相対しているのはアーマーダイバーのようだが……あの数相手に一機でやりあってるのか』
『不味いね。すぐに救援を』
ブリッジからのギアの言葉にシーリスが前に出ようとするが、それをリリは『ううん。必要ない』と止めた。
『リリ?』
「シーリス姉。どうもアーマーダイバー側が有利っぽいよ」
『ハァ? けどアクセルビートルってのは硬いし速いしでなかなか厄介……って、なんだいありゃあ!?』
シーリスが魔導長銃のスコープを通して戦場を見てみると確かにリリとルッタの言う通りにどちらが優勢かは一目瞭然だった。
『速い。それになんで接近戦ばかり仕掛けてるわけ?』
「近接武器しか持ってないっぽい……かな? 右手も左手も、それに脚部も武器内蔵型? もしかしてアレって全部」
『パイルバンカーさん! パイルバンカーさんじゃないか!?』
そう叫んだのは、ガレージから外をうかがっていたはずのコーシローであった。
———————————
パイルバンカーは強いからいっぱい持っているとすごく強い……という設計思想。
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